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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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突然の帰還

「ここは…一体?」


 クルスが魔石を砕いたかと思えば、いつの間にか、私達は小高い丘の上にいた。何はともあれ、状況確認のために眼下を覗き見れば、視界いっぱいに広がったのは廃墟と化した城下町だった。小高い丘と思い込んでいたのは、城下町から坂を上がった場所であったらしい。あまりの衝撃故か、はたまた一時的に波が引いたのか、頭痛は気にもならなくなった。


(…廃墟…ん?あれ?)


 己で言っておきながら、どうにも違和感を感じて目を細めてみれば、すぐに気が付いた。倒壊した家屋にしても、整備されていたであろう通りにしても、微塵も色褪せているようには見えない。まるで、昨日今日までは町としての形を残していたかのように色鮮やかなのだ。打ち捨てられ朽ちた—と表するよりも、凄まじい衝撃波に瓦解した—と表した方がしっくりくる。妙に埃っぽい風も、それが故ではなかろうかと感じられた。


「クローディア様!?どこでありますかっ!?」


 この事象を引き起こしたクルスにも、ここがどこであるかは分からないらしい。修道士達はなおも苦しそうに呻き、泡を吹いていた。どうにもできないのがもどかしい。


「瞬間…移動…いたた…」


 再び襲ってきた頭痛に膝をつくも、何が起きたのかは理解した。あの巨人から逃れるため、私達は別の場所へと転移したのだ。顳顬を押さえつつも、感動に打ち震える。この魔術は、元の世界へと帰り着くことを目的とした私にとって、大きな一歩に他ならない。術理を教えてもらえれば、この上ない収穫になることだろう。心躍らせたい思いはあれど、今なお続く頭痛と、修道士達の現状を思えば、それはなかなか難しかった。


「おい!お前ら!」


 瓦礫をかき分けて、こちらに近づく者達がいた。ノアの鐘の皆だ。皆も一緒に転移していたらしい。そうなれば、アイマス達もいるのだろうか。


「クルス、説明してくれ。これはどういうことだ。それに、修道士達が—」

「修道士達のことは、私にも分からないであります」


 クルスにカームが詰め寄り、修道士達が苦しんでいる理由を問い質そうとしたのだろうが、クルスはそれをバッサリと切り捨てた。ノアの鐘と共に行動していた修道士は3人であったらしく、全員、男性陣が抱き抱えていた。マギステル達同様に、随分と苦しそうに見受けられる。


「いたたたた!痛いわよサハナ!?あまり力を入れないでちょうだい♪」

「あらん?乙女はこれしきの痛みで音を上げないものよん?」

「月の触りに比べたら、へっちゃらでしょう!?」

「お前らにはないだろーが!?」


 明け透けに下ネタをかますゴリアテだが、オネエという立ち位置故か、あまり不快には感じない。むしろ、頭痛さえなければ、私は笑ってしまったかもしれない。まるで漫才みたいなやりとりに、ノアの鐘の無事を改めて喜んだ。


『アイマスらもいました』

「お〜、無事だったか〜」


 ラヴァがアイマス達を誘導してきてくれたらしく、ノアの鐘とは別の足音が近づいてきた。こちらでも修道士達は苦しんでおり、アイマスと由香里が二人ずつ、計四人も担ぎ上げている。見習いの少女もアイマスらと共におり、これはソティが背負っていた。


「…あれ〜?ソティはなんで平気なの〜?やっぱりお前〜、修道士じゃないの〜?」

「…そんなことはないので御座います」


 呪術陣を組み立てながら、アシュレイがニタニタといやらしく笑う。言われてみれば、何故ソティは苦しんでいないのだろうか。膨れっ面を作り顔を背ける様には、強がっている素振りは見受けられない。本当に辛くないのだろう。修道士だから苦しんでいる—という訳でもないのだろうか。謎である。


「ほい〜、痛覚遮断〜」


 ガン—とアシュレイが杖を打ち鳴らし、ふわり—と、何かが広がる。私の頭痛はあっさりと消えた。あまりにも簡単に消えたため、立ち上がるや否やアシュレイへと詰め寄る。


「なんだよ!できるなら最初からやってよ!?」

「マコトのためにやった訳じゃね〜。修道士のためだよ〜」


 その言葉を裏付けるように、修道士らの顔色は次第に良くなってゆく。やがて、皆が一人で立ち上がれるまでに回復すれば、アシュレイは改めて言った。


「これは〜、あくまでも皆の痛覚を遮断しただけ〜。原因を取り除かないことには〜、感じないだけで〜、痛みは延々に続いているから〜。無理は禁止だよ〜」


 己の目を揉み、なるほど、痛みそのものがなくなった訳ではないのか—と、少しだけ残念に感じる。まあ、私の頭痛は自業自得だ。もう少し大人しくしていよう。


「真、何があったの?説明をお願いできる?」

「あ、由香里」


 側にやってきた由香里らに、これまでの経緯を伝える。リッチーのこと、巨人のこと、そして、転移のことだ。黙って聞いていた由香里であったが、やはり転移の話に入ったところで、ピクリと反応した。元の世界へと帰る。これは私達の悲願だ。口にこそ出さないが、気になって仕方ないに違いない。一通り説明した後は、由香里が口を開くのを待った。


「そうだ、あの巨人だ。ありゃなんだ!?」


 思い出したかのように口を開いたのは、由香里ではなくリーブリヒだった。堪え性のない性格は、相変わらずであるらしい。由香里は苦笑し肩を竦めて見せる。その仕草は、リーブリヒに場を譲ったのものだろう。私としても由香里に伝えるべきことは伝えたため、口やかましく容喙するつもりもなかった。


「知らね〜。本当に、なんだありゃ〜—だよ〜。どうにかできる気がしね〜」

「我らも、あんなものは見たことがないのであります」


 1000年を生きるアシュレイが、お手上げ—とばかりに首を振れば、クルスやファーレンも首を振る。誰もが知らない以上、話すこともなく、巨人の話題はそれで終わった。


「こちらの報告をしたい。いいか?」


 次いで声を上げたのはアイマスだ。実に沈んだ顔をしている。誰からともなく許可を出せば、視線すら上げずに淡々と語り始めた。


「まず、あの巨人はおそらく、私が原因で呼び出されたものだと思う。…すまなかった」


 アイマスが深く頭を下げたため、ラヴァを睨みつければ、ラヴァは慌てて首を振る。彼がアイマスに何かを言った訳ではないらしい。ならば、アイマスには思い当たる節があることに他ならない。疑ったことに対して抗議の視線を向けてくるラヴァはすておき、アイマスの続きを待った。


「詳しく話せ」


 当たり前のように場を仕切るリーブリヒに首肯を返し、アイマスは続ける。


「少年を見つけたんだ。保護しようとして追いかけるも、追いつくことができない。そればかりか、開けた場所に出るたび、夥しい数のゾンビに襲われた。どうにも、おかしい—という思いはあったが、見つける度、少年は傷だらけになってゆく。それがあまりにも痛々しくてな…見捨てることができなかった」


 アイマスの心情は、なんとなく分かる。彼女はあれで結構優しい。特に、子供を見る目には、いつも温かな色があったものだ。ソティや由香里も何も言わない。きっと、同行していた彼女らもまた、アイマスと同じ思いだったのだろう。


「ラヴァの念話が聞こえた時、ようやく少年を捕まえるところだったんだ。あと少しで手が届く—というところで、少年が梟みたいに、首をぐるりと回してな…笑ったんだよ。ご苦労様—とな」


 そこで罠だと悟ったのだろう。けれど、時すでに遅し。召喚は成ったのだ。私は全てを理解した。完成間近の六芒星など、どこから現れたものかと思っていたが、六芒星に息を吹き込んで歩いていたのは、アイマスらだったのだ。


「…生きている住人は、見つからなかった。成果なしだ」


 アイマスの報告は終わり、実に重苦しい空気に包まれる。さしものリーブリヒも、目を泳がせるばかりで、かける言葉が見つからないらしい。私も何も言えず、ただただ静寂があった。


「ま、仕方ないわね♪」

「そうねん。あたしでも、きっと同じことをするだろうしねん」


 ところが、場の空気など糞食らえ—と言わんばかりに、ロドリゲスらは快活に笑う。それでもアイマスは責任を感じているのか、消極的な声を上げようとするも、これはゴリアテが遮った。


「冒険者ってね、結構、ドライなのよ。金にならない仕事はしない。命をかけてまでやることじゃない—ってね。それは仕方ないことだと思うし、否定もしないけど。けど、貴女は違った。少年を助けたくて、奮闘したはずよ?貴女だけじゃない。ソティも、ユカリも。それに、修道士の皆もね」

「…そうでありますな。罠の可能性を感じていたならば、まず最初に己が命を気にかけるでありますな。それでも、子供を追ったことは、称賛に値するであります。私などはきっと、罠だと気付いた瞬間に葛藤し、動けなくなることでありましょう」


 ゴリアテの言にクルスが続く。貴女、分かってるじゃない—と、オネエの3人はやたらと嬉しそうだ。


「し、しかし—」

「しかしもカカシもねえ。アイマスはアイマスの最善を貫いた。それを責める奴なんざ、ここにはいねえ!」


 なおも続けようとするアイマスをリーブリヒが切り捨てれば、皆もそれに頷く。当然、私も頷いて見せた。


『皆に危険を及ぼしたことを気にしているようですが、結果的に全員無事だった訳ですから』

「そういうことだ。まあ、私達だって何かできた訳ではない。成果なしだ。おあいこだな」

「そうか…はは…みんな、優しいな…」


 それっきりアイマスは黙りこくる。皆に礼を告げると、少し離れた瓦礫の上に腰を下ろした。どうにも、今日のアイマスはおかしい気がする。隣の由香里に、何かあったのか?—と尋ねようとするも、後で話す—と、目線で制された。


「それに、しても…ここって…あの…アンラ…じゃ、ないです…か?」

「え!?」


 クシケンスの言に耳驚き、私のみならず、各々が周囲を見回す。どこまでも瓦礫の山が続き、人の姿らしきものは見当たらない。けれど、言われてみれば、今私達が立っている特徴的な石畳には見覚えがある。それに、遠目に見える跳ね橋の残骸らしきものはどうだ。あれは王宮の正門ではないだろうか。


「まさか…大聖堂通り?…」

「では、あれは…大聖堂だとでも?」

「そんな、どうして…」


 それまで体力の回復に努めていた修道士達だったが、塔門の瓦礫らしきものを認めると、ここがどこであるかを察したらしい。ガクリと肩を落とし、項垂れた。見習い少女の落ち込み様もまた凄く、膝をつき、唇を震わせていた。


(ラヴァ…)

《…言われてみれば、確かにアンラかと…》


 やはり、ここはアンラで間違いないらしい。この特徴的な石畳は、大聖堂へと続く道であり、すぐ目の前の瓦礫の山は、倒壊した大聖堂なのだろう。ならば、川の向こうに見える残骸は、王宮に違いない。一体、何がどうして廃墟と化しているのか。私達が留守にしている間に、何があったというのか。


—ガラガラ—


 背後で瓦礫の崩れる音が聞こえたため、皆焦り、慌てて得物を手にする。遅れて弓を手にするも、番えたのは魔力の矢ではなく、腰の矢筒に挿した木の矢だ。流石に、まだ頭痛があるのかもしれない現状では、魔力を使う気にはなれなかった。


「真?」

「ごめん、説明は後回し」


 そんな私を訝しんで声をかけてきた由香里だが、それよりも警戒が先だ。一体、何が出てくるのだろう。人かもしれないが、魔物かもしれない。MAPが使えないと、これほど不安になるものか—と、歯噛みした。


「だあっ!くそっ!やってくれたな!」

「お主ら!早うどけっ!男臭いわい!」

「ほっほ。男なんだから、当然だろう。そう言ってくれるな」


 けれど、瓦礫の下から聞こえてきたのは人の声だった。安堵の息を吐くと共に、慌てて瓦礫を撤去する。瓦礫の下に埋まっていたのは、モスクルと、知らない男女だった。


「クローディア様!」

「大師匠!?大丈夫ですか!?」

「うむ、大事ない。すまぬな、クルス。ファーレンも」


 クルスとファーレンに手を引かれて顔を出したのは、魔人族の少女だ。まだ成人前だろう少女—クローディアは、身の丈に合わない長杖を瓦礫の下から拾い上げると、周囲を見回して嘆息した。


「…おお、こりゃ酷いな。全く、化物め。どうするかのう…」

「爺言葉…」

「真、聞こえるわよ」


 由香里に掣肘され、口を噤む。ファーレンなどはこちらを見て苦笑していたが、おっかないクルスやクローディア本人には聞こえなかったらしい。埃を払い、目深にフードを被ると、さっさと何処かへ歩き去ろうとする。それを止めたのはモスクルだった。


「お、おい待て!どこへ行く!?」


 モスクルに制止されたクローディアは、何を当然のことを—と、言わんばかりの表情で振り返る。そのジト目に気圧されたのか、うっ—と、たじろぐモスクル。力関係は彼女の方が上であるらしい。


「何処もクソもないじゃろが。対策を練らねばなるまい。無策では勝てぬぞ。見たじゃろう?あの力を」

「いや、まあ…しかし、どうするつもりだ?」

「決まってるじゃろ—」


 私達は置いてけぼりで、二人は会話に興じている。何一つ説明もないため、内容はさっぱり分からなかったが、とんでもない力を持つ化け物が現れたらしい。アンラにも、アトリアと同様の巨人が現れたのか?—と、縁起でもないことを考えたりした。


「マコトや」

「はい?」


 珍しくやり込められているモスクルが面白くて、二人のやり取りをそのまま見ていたのだが、そんな私に声をかけてきた者がいた。モスクルやクローディアと共に、瓦礫の下から這い出てきた茶髪の男だ。アンラの魔術師ギルド員なのだろう。纏う外套には見覚えがあるのだが、いまいち、男には見覚えがなかった。


「ほっほ、やはり分からんか。わしだよ、デンテだよ」

「…は?」

「え?」

『なんと!?』


 私をはじめとした、アエテルヌムの皆が絶句する。デンテは白髪で、長い髭や伸びた眉が特徴的な、好々爺然とした老齢の魔術師だ。しかし、目の前の男性はどうだ。精悍な顔付きは老齢にほど遠く、満足に皺すらない。どう見てもデンテには見えなかった。


「え〜と…」

「ほっほっほ。まあ、そうなるわな」


 なおも訝しむ私達へと向けられたのは苦笑だ。自称デンテは水球を瞬く間に生み出し、己の周囲を駆け巡らせ始める。二つ、三つと水球が増えてゆく度、その制御能力の高さに目を見開くこととなった。これは、紛れもなくデンテの技に他ならないのではなかろうか。


「…え?まさか…おじいちゃん?」

「うむ」

「…本当に?」

「うむ」


 モスクルヘと視線を向ければ、モスクルはクローディアとの会話を終えており、こちらに視線を向けていた。何とも言い難い微妙な表情は、一体何を考えてのものだろうか。


「事実だ。デンテは色々あってな。…あ〜…若返った」

「…え?雑…」


 モスクルの言に、私ではなく隣の由香里が眉をしかめる。確かに雑な物言いだ。詳細な説明が欲しいところである。


「色々って何さ?」

「…悪い。言えん」


 しかし、突っ込んで聞こうとしても、モスクルは教えてくれない。その頑なな態度は、蟻の巣の時を彷彿とさせる。けれど、今回は退く気はない。デンテは私達の師なのだ。それが、若返った—の一言で済ませられては困る。何をしたのかは知らないが、副作用の様なものがあってはまずいのだ。もっとも、9割は好奇心だが。


「ちょ—」

「まあ、待て。害はない。それはわしが保証する」


 モスクルを追及しようとした私を制してきたのは、クローディアだった。背後にクルスとファーレンを従えるちびっ子は、その可愛らしい見た目に反してラスボスを思わせる風格がある。気圧された訳ではないが、それ以上の追及はやめておいた。


「お主らがアエテルヌムか。ご苦労様じゃったな」

「え…あ、はい」


 そのクローディアから労われれば、何ともおかしな心持ちになる。口調と見た目とのギャップが酷いせいだろうか。


「それにしても、緊急離脱とはの…何があった?」


 次いでクローディアが尋ねたのは、私達ではない。己の背後に控えるクルスだ。クルスは一度首を下げた後に、発言しようとしたところをファーレンに奪われた。


「それがですね!凄かったんですよ!アトリアの町は、何と言いますか…こう!こうです!こう…リッチーとか出てきて、あ、それは倒したんですけど、物凄く黒くて大きな巨人が出ました!」

「…そうか。よくぞ皆を守ってくれたの」


 鼻息荒く報告するファーレンに苦笑しつつ、クローディアは二人を労う。ファーレンは満面の笑みで敬礼し、クルスは再び首を垂れた。


「あの…緊急離脱って…何ですか?」

「む?」


 声を上げたのは由香里だが、クローディアは即答しなかった。由香里を上から下まで具に観察した後、僅かに視線が細まる。何事かと訝しんだが、尋ねるよりも早く、クローディアは袖の中から魔石を取り出した。


「お主らは、皆、黒い魔石を渡されたことと思う」

「…ええ、はい。…その、なくなってしまいましたが」


 クローディアの言に、由香里が申し訳なさそうに縮こまる。私も同じく縮こまった。由香里同様に、黒い魔石はなくなっていたからだ。確かに鞄にしまっていたのだが、台座だけを残して消えていた。


「ああ、それで良いのよ。あれは使い切りじゃ。術の負荷に魔石が耐えられんからの」


 けれど、クローディアは責めるではなく、可愛らしい笑みを浮かべた。てっきり、怒られると思っただけに、どういうことか?—と、由香里と視線を交わす。これには興味があったらしく、私達のみならず、皆がクローディアの話に耳を傾ける。デンテやモスクルもだ。


「この魔石にはのう、二つの機能がある。一つは、持ち主の生命エネルギーが減少した場合、急速にこれを補填する機能。もっとも、闇属性であるため、効果はそれほど高くはないがの。もう一つは、条件を満たした時、持ち主を強制的に、わしの元まで転移させる機能じゃ」


 嘘だろ—と呟き、リーブリヒが手のひらを見つめている。消えた魔石を惜しんでいるのかもしれない。クローディアは苦笑し、なおも続けた。


「それで、耐えられん負荷というのが、転移の方なのじゃがな。これは擬似転移じゃ。詳細は省くが、二つの空間を繋げて、片方の空間から切り離す—というのが実際の動きじゃな。発動条件は…一つめの機能—生命エネルギーの補填、これが発動した場合。あるいは、誰かが強制転移を発動した場合の二つじゃ」

「…こ、国宝…級…じゃ、ないです…か?」


 クローディアの言に、ワナワナとクシケンスが震え出すと、ラヴァの首に巻き付けてあったチェーンを名残惜しそうに撫で始めた。はぁはぁ—と荒い息遣いがここまで届けば、流石のラヴァも顔を引き攣らせて逃げた。

 

「まあ、のぅ。…じゃが、事態が事態じゃし…わしもアンラも離れられん状況にあったからの。だから、それを逆手に取ったのじゃ」

「逆手に?」


 どういう意味かと尋ねれば、クローディアは再び魔石を手に取った。徐に魔石へ魔力を流し込み、魔石に刻まれた内部の術式を見せてくれる。見事な連立—否、立体魔法陣には、ラヴァも唸るほどだ。


「こっちの魔石は座標じゃ。強制転移が起動すれば、わしの魔石を指標として飛ぶことになる。流石にアトリアからアンラまで離れれば安全じゃろ?…ま、出し惜しみはなし—と、言ったところじゃな。命あっての何とかじゃよ」


 そんなことを言ってはいるが、クローディアは実に寂しそうな笑みを浮かべるではないか。聞いて良いものか分からなかったが、どうにも気になり尋ねることにした。


「その…本当によかったの?無理してない?」


 私の言葉遣いが気に入らなかったのか、クローディアの背後でクルスが目を細める。慌てて、ですか?—と敬語で聞き直せば、クルスは満足げに頷いた。


(怖っ!やっぱりクルスは怖い子だ…)

《貴女ねえ…少女だからといって…》


 ラヴァにまで苦言を呈され、聞かなきゃよかった—と、頬を膨らませた。そんな私の百面相に、クローディアは笑う。表情豊かな子じゃな—という年不相応の感想の後、理由を教えてくれた。


「わしらのリーダー…今は、まあ…ちょっと遠くに行っておるのじゃがな。そやつでなければ、この魔石は作れんのよ。なんじゃ…生きておるのに言い方が不謹慎じゃが、形見のように思うていてな。実のところ、出すのを少しばかり躊躇った。無理しておるように見えたとするならば、そこじゃろ」


 本当に聞かなきゃよかった—と、重苦しい心持ちになる。ちょっと遠くに—などと言ってはいるが、ちょっとやそっとではないのだろう。でなければ、形見扱いなどしない。


「普通の魔石もあるにはあったが…アトリアには負の龍脈が集まっておったのじゃろ?不死系魔物(アンデッド)は怖いからのぅ。やはり、お主らを守るには、闇の魔石である必要があったのよ。数が足りてよかったわい」


 その言葉に、ますます空気は重くなる。リーブリヒはすっかりと小さくなり、私やマギステルも申し訳なさに項垂れた。アイマス?多分、今日はもう顔を上げられないだろう。


「…え?た、足りたんじゃよな?まさか、全員に行き渡らなかったのか?誰か、戻ってきておらん者がいるのか?」


 私達の反応から勘違いをしたらしく、クローディアは大いに慌てる。背後に佇むファーレンに視線を向ければ、ファーレンは空目を作って考え込んだ。何でだ。みんないるだろう。聞いた相手が悪いよ、クローディア。


「ちょうど、人数分でありました。皆、間違いなく生還したのであります」

「…な、なんじゃよ…驚いたわい」


 ほっ—と胸を撫で下ろしたクローディアだったが、そんなクローディアは己の失言に気がついていない。私は気づいていた。あの発言のすぐ後、クシケンスがメモ帳を手に取ったからだ。


「クローディア、さん…お、お話を…」

「うん?なんじゃ?」


 応答するや否や、クシケンスにがっしりと肩を掴まれるクローディア。何事か!?—と、慌てふためいているが、背後に佇むクルスは殊更に反応したりはしない。いや、僅かに眉が寄っていた。きっと、輸送機の件で、同じことをやられたに違いない。


「魔石…作れるんですか?」

「…あ…」


 ここで、クローディアは己のミスを理解したらしい。覆水盆に返らず。吐いた唾は飲めない—だ。即座にクシケンスの怒涛の質問攻めが始まり、クローディアは目を回すことになる。こうなったら長い。


(魔石って、アンラのギルドが製造・販売してるって話だったよね?)

《そのように聞いてましたね》


 そう。魔石の技術は、アンラの冒険者ギルドが、更に言えば、モスクルが秘匿していた。てっきり、デンテと結託して悪巧みしているものだとばかり思っていたが、クローディアらのリーダーは魔石が作れるらしい。そのクローディアだが、アンラ神聖国の者でないことは一目瞭然だ。何せ、クルスやファーレンと同じエンブレムを背負っている。外套に縫い込まれた、黒の髑髏だ。となれば、彼女やそのリーダーもまた、メットーラ所属の冒険者なのだろう。これはどういうことかな?—とモスクルに視線を向ければ、モスクルは目を逸らし、デンテは苦笑していた。


「—はああ〜。そ、そんな簡単なことでいいんですか?本当に!?嘘ではなくて!?神に誓って!?」

「ああ、ああ、誓う!誓う!と、とりあえず離れんか!近いわい!」


 可哀想なクローディア。角が擦れあいそうな距離で詰め寄られている。恐るべし、知識欲の権化。けれども、本人も魔人族であるためか、そこまでの驚きはないらしい。既に落ち着きを取り戻しており、他の者達には聞こえないよう小声で対応していた。


(…それにしても…おかしいね)

《そうですね》


 私達が訝しんだのは、もう一人いる知識欲の権化が大人しいことだった。アシュレイだ。通常ならば、クシケンスに負けず劣らない勢いでクローディアを問い詰めているはずである。どうしたものか?—と、アシュレイの姿を探した。


(…ん?何してんの、あれ?)

《…隠れてますね》


 どこに行ったのか?—と辺りを見回せば、ソティの背後に隠れている奴がいる。フードを目深に被り、ソティが動かないようにガッチリと押さえつけていた。ソティは実に迷惑そうだ。


「…アシュレイは聞かないの?」

「そ、そうです…よ?アシュレイ…さん!これは、聞いておいた…方が…」


 わざとらしく大きな声で呼び掛ければ、クシケンスも同志に声をかける。アシュレイはより一層小さくなってソティの背に張り付くが、頭部の角と、胸部の脂肪は隠し切れていない。その余分な脂肪の1割でいいから、分けてほしいと思った。


「アシュレイ…じゃと?」


 けれど、ここで思わぬ人物が反応を見せた。クローディアである。目は大きく見開かれ、徐にソティの背後を確かめるべく歩き出す。流石のクシケンスも、何かあると見たのか道を開けた。


「アシュレイ?…クローディア・ヴァン・アシュレイ?」

「チ、チガイマ〜ス」


 クローディアがソティの背後へと回り込めば、アシュレイはソティの前へと逃げる。アシュレイを追うクローディアがソティの前へと回れば、今度はソティの背へと逃げるアシュレイ。障害物として扱われるソティは、実に迷惑そうな顔を浮かべたまま、何故か私をガン見している。助けを求められているらしいが、どうしようもない。


「わしじゃ、わしじゃよ。モーラじゃ!分かるじゃろ!?」

「エ〜?チョット〜、ワカリカネマス〜」


 私を含めて、皆が皆、呆れた顔でアシュレイを見つめる。酷い大根役者もいたものだ。どう考えても知っている。アシュレイは、クローディア?モーラ?とにかく、彼女を知っているのだ。ぐるりぐるりと、未だにソティを壁にして逃げ回るアシュレイに嘆息した。


「…ねえ。ちゃんと応えてあげなさいよ♪」

「そうよん。何があったは知らないけれどん、他人のフリは酷いわん」

「私も、そう思うわあ。遊びだったなら、ちゃんと謝りなさい」


 オネエ3人組に窘められたのか、諌められたのか。アシュレイはその歩みを止めると、クローディアに向き直る。はぁ—と深く嘆息し、フードを取り払った。


「…やはり、やはり…お主、クローディアじゃな?クローディアなのじゃな?」

「…違う〜」


 けれど、アシュレイはキッパリと跳ね除ける。クローディアの顔は悲しみに歪み、これには流石にムッとした。けれども、何か言ってやろうか—と前に出ようとしたところで、由香里に止められる。なんで止めるのか—と視線で訴えるも、由香里は首を振った。やめておけ—と、いうことなのだろう。確かに、他の誰もが口を出そうとはしていない。あのリーブリヒすらも、難しい顔のまま腕組みして二人を見つめている。仕方なく、私も口を噤んだ。


「な、何故じゃ!?お主はクローディアじゃ!クローディア・ヴァン・アシュレイじゃ!見間違うものか!魔人族には、同じ角は二つとしてない!だが、わしとお主の角は同じじゃ!これをなんと説明する!?」

「あのな〜、よく聞けよ〜」


 必死に訴えるクローディアに、面倒くさそうに嘆息するアシュレイ。この態度にもムッとしたが、由香里は未だに私の肩を押さえつけていた。動けない。いや、そもそも、結構痛い。ちょっと、力を込めすぎじゃないですかね由香里さん。


「私はあの時、何て言った〜?」

「え?…あ、あの時じゃと?」


 屈み込み、目線をクローディアと合わせるアシュレイ。先ほどまでの態度は消え去り、優しげに微笑んでいる。


「今日からお前がクローディア〜—と、私は言ったぞ〜?ボンクラ〜。だから〜、私はクローディアじゃない〜。今は単なるアシュレイ〜」

「…な、なんじゃよそれ。相変わらず性格の悪い…なら、己から名乗れば良かろう…」


 何のことかは分からなかったものの、二人にはそれで通じたらしい。感極まったのか、アシュレイの言葉にボロボロと大粒の涙をこぼすクローディア。アシュレイもまた、涙を目尻に溜めていた。


「今更〜…どの面さげて会えって言うんだよ〜」

「どの面も…なかろうよ…普通にしておれば、良いじゃろが」

「無茶言うなよ〜」


 泣きながら笑い合う二人だったが、やがて、アシュレイがクローディアを抱く。強く引き寄せすぎたのか、角がぶつかり合い、ゴツン—と、良い音が鳴った。


「…ごめんな〜。ごめんなクローディア〜」

「…何を謝る…謝ることなど何もないわい」


 クローディアも小さな手をアシュレイへと回し、二人はしっかりと抱き合うと、しばらくは肩を震わせ続けた。まるで母娘の再会のように思えて、誰も口を挟む気になどならなかったことだろう。事情は知らなかったが、良かったね—と、内心で二人を労わる。私も知らず知らずのうちに、あふれる涙を拭っていた。


「ああ、くそ!ダメだ…この手のやつはダメだ」

「リーは本当に涙脆いわよね♪」

山精族(ドワーフ)の血が混ざってるからな」


 滝のように涙を流し続けるリーブリヒを、ノアの鐘の面々が代わる代わる撫でてゆく。その度にリーブリヒは手を払おうとするのだが、そうすると、涙の滂沱たる様がありありと見て取れる。


山精族(ドワーフ)って…涙脆いんだ…)

《感情の起伏は小さいように思っていたのですがね…》


 私とラヴァは、新たに仕入れたどうでもいい知識により、感動の波を越えてしまう。少しだけ損した気分になった。

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