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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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アトリア解放戦 その五

「光よあれ!」


 もっとも簡単に詠唱の済む、光の属性魔術だ。光源を浮かべるというものなのだが、あまりにも簡単に発動させられるため、これといった名称はない。この程度なら無詠唱化する必要もなく、それでいて不死系魔物(アンデッド)への効果は絶大だ。ライト最強説の浮上である。余談だが、私はライトとか呼んだり、格好をつけたい時などは、光明などと呼んだりもする。


「クルス〜!もうパンピカは禁止〜!」


 アシュレイがリッチーに走り寄りながら、クルスに向けて苦言を呈している。パンピカ—というのは、スタングレネードのことだろう。確かにびっくりした。


「アシュレイこそ、あまり近付きすぎるなでありますっ!」

「私は平気〜!魔人族だも〜ん!」


 カラカラと笑いながら、アシュレイはなおも接近する。魔人族は人間族に比べて闇耐性が高い。それに加えて魔石がある今、リッチーが撒き散らす瘴気の影響などない—と、踏んでいるに違いない。


『ヲヲヲヲヲヲ…』


 ライトの光から逃れるように、リッチーは上空へと逃れる。これには、余計なことをしやがって—とばかりに、アシュレイ、クルスから睨まれた。


「いやいや、だって怖いじゃん!シャドウ・アンカーとか、何さあれ!?反則だよ!安全策を取りたいじゃん!?」


 二人の剣幕に気圧されながらも口答えする。それに、クルスが怖いため口にこそ出さないが、彼女がスタングレネードをかました時などは、この数倍は逃げていた。それと比較すれば、ノーカンである。


「人間と高位の不死系魔物(アンデッド)。地相争いで、勝ち目があるなどと思うなであります!」


 恨み言を叫びつつ、ワイヤーを巧みに操り、瞬く間にリッチーへと距離を詰めてゆくクルス。それに負けず劣らずのスピードで左右から接近するのは、ファーレンとマギステルだ。凄まじい度胸である。怖くないのだろうか。


(にしても、クルスが地相を知ってるとはね…魔法師じゃないの?)


 地相とは、広義には土地の様子や地形を示す言葉でるが、この世界においては使われ方が少し違う場合がある。術理を扱った際、その付近に漂う魔素が、励起されることをも指すのだ。例えば、リッチーが闇属性の魔術を使えば使うほど、このアトリアの町に漂う魔素は—精霊石を配しているとはいえ、多少の魔素はある—闇属性へと傾いてゆく。すると、闇属性魔術は行使が容易になり、威力も向上する。逆に、反属性である光属性魔術は行使が困難になり、威力は低下する—といった具合だ。クルスの言った地相争いとは、地相をどちらに傾けるかの綱引きと言えよう。単属性しか扱えない、魔法師には無用の概念である。なお、ライトは威力こそ低いものの、地相への影響は、なかなかに大きかったりする。連射も利くし、やはりライト最強説が浮上するのだ。


《勤勉な魔法師なのでしょうよ。…ストーン・ランスを》


 空を飛ぶラヴァに承諾を返し、リッチー目掛けて石の槍を射出した。土属性魔術は即座に物理現象へと変じてしまう。ところで、リッチーは魔力体である。そうなれば、物理では効果は薄い。


(本来ならね)


 だからこそ、有効に作用するのだろう。全く躱そうとしないリッチーを目前にして、石の槍は魔力の弾丸へと還った。言うまでもなくラヴァの仕業だ。


『ちっ!』


 けれども、リッチーは既のところで霧と化し、魔力の弾丸を避けた。当たった—と、ぬか喜びしたのだろう。珍しくラヴァが舌打ちしていた。


「なら、こっち〜!」


 さて、霧状に変じたということは、炎に弱くなる—ということに他ならない。アシュレイは経験則としてそれを知っているのだろう。見事な炎を両の手に作り出すと、躊躇なく放つ。クルスらにはなんの遠慮もなしだ。もっとも、クルスも振り向きすらせずにそれは回避するのだが。正直、何が起きているのか目で追うのがやっとです。


「援護、します!」


 そして炎を一段と大きくするのはクシケンス。天才は本当になんでもありだ。放たれた魔術に介入し、その構成を書き換えるなど、ラヴァクラスの制御能力ではなかろうか。嫉妬してはいけないのだが、嫉妬せざるを得ない。


『ヲヲヲヲヲヲ…』


 しかし、リッチーは即座に実体化すると、大きく腕を払う。たちまち、そこから黒い三本の鉤爪が顕在化し、空間ごと炎を斬り裂く。空中に刻まれた傷痕は、魔術の残滓と共に、しばらくそこに留まり続けた。


(うっげ、無詠唱かよ…)


 闇属性魔術の中〜上級に位置するダーク・スカーだ。やはり、地相は闇属性に大きく偏っていると思われる。でなければ、ノーモーションであれはないだろう。これを放置するのは危険だと思うのだが、また余計なことをして、睨まれるのは避けたいところでもある。


「いや、やっぱダメでしょ」


 即座にライトを数個まとめて浮かべる。睨まれたって構うものか。皆に何かある方が問題だ。


(この手のいやらしい敵で、格上と戦うのは初めてだしね)


 私の浮かべた明かりは、空中を漂い、周囲の闇属性を打ち消してゆく。さあ、どう逃げる?—と気を引き締めて構えるも、リッチーは逃げようとしなかった。私のことを照明係としか思っていないのか、忌々しげに、こちらに顔を向けただけに終わった。


「隙ありです!」

「もらいました!」


 そんなリッチーの左右から、ファーレンとマギステルが襲いかかる。漆黒の小手と、釵をクロスさせるかのような勢いで叩き付けるも、やはり、リッチーは霧となり、こともなげに躱して退ける。やり辛いな—と、歯噛みした。


『ヲヲヲヲヲヲ…』

「うわっ!危ないです!」


 お返しのジャドウ・アンカーを躱しつつ、ファーレンとマギステルは再び距離を詰めるべく様子を窺う。ファーレンはリッチーと対峙したことがあるのか、動きに迷いがない。マギステルはそれに合わせている感じだ。


(あれ?)


 対して、クルスの動きはどうにもおかしい。彼女もまた、リッチーとは戦ったことがあるのだろう。駆けつけた当初などは、ファーレンなどよりも果敢に攻めていたものだ。ところが、今は攻撃の手を緩めるどころか、止めていた。近付こうともせず、銃を撃つこともない。何か考えあぐねているのか、リッチーへと視線を向けたまま黙念としていた。


(どうしたのかな?)

《知りませんよ!それよりも、手を動かしてください》


 上空からリッチーに牽制を加えるラヴァは、私の疑問に答えてはくれなかった。それもそうだな—と、クルスから視線を離そうとしたその時、構えていた銃を下ろすクルス。かと思えば、ギロリ—と、こちらに鋭い視線を飛ばしてくる。


(はて、背後に何があったかな?)


 振り返って後方を確認するも、何もない。そりゃそうだ。クルスは明らかに私を見ていた。用があるのは私だろう。


(無理無理無理。怖い怖い助けてラヴァ!ラヴァさん!)

《いや、取って食われる訳じゃないでしょうに…》


 危機的状況下にあることを伝えるも、ラヴァは取り合ってくれない。食われることはないかもしれないけれど、撃たれることはあるかもしれないじゃないか。踵を鳴らして近付いてくるクルスから、あえて視線を外して気付かないフリをする。ライトがそんなに気に障ったのだろうか。過去に戻れるなら、先の私をぶん殴りたい。ライトはやめろ—と力説したい。


(ほわぁ!?来た!来ちゃった!頼みます!通り過ぎて!私への用事じゃありませんよーに!)

《…もう何も言いませんよ》


 わざとらしくリッチーに視線を向けたまま、踵の音に耳を傾ける。どうすべきか—と、必死に思案した。


「おい、鶏ガラ」

「悪かったな!?」


 鶏ガラ—と呼ばれたことで、ついついカッとなり、クルスに反応してしまった。鶏ガラ—というのは、中学の時のあだ名だ。悪戯半分に男子がそう口にしたものだが、思いの外クラス中が盛り上がり、私のあだ名は鶏ガラに決まったのである。ちなみに、小学校の時のあだ名はゴボウだったりする。


「ふわっぷ!」


 しまった—と、即座に視線を逸らす。クルスの目付きが物凄いことになったからだ。過去に戻れるなら先の私をぶん殴りたい。耐えろ—と力説したい。


「お前、ライトを何個同時に上げられるでありますか?」

「…え?」


 けれど、撃たれはしなかった。しばし間の抜けた顔を晒し、早く答えろ—と、凄まれたところで我に返る。10個はいける—と、控えめに答えておいた。


「…10…でありますか…」

「あ、あ!でも!出力は相当上げられます!」


 不満げに考え込むクルスの様子に慌てて付け足す。何をするつもりか知らないが、ライトに用があるらしい。クルスは私をチラリと見た後、残っていたライトに視線を向ける。やがて、満足したのかクルスは大きく頷いた。


「よし、それなら、大役をお前に任せるであります。励むであります」

「え?あ、はい…ど、どうも?」


 よく分からなかったが、とりあえず頷いておく。クルスは怖い。逆らおうという気にはなれなかった。


「まず、これから先、リッチーがどれだけ地相を闇に傾けようとも、反属性を使うことを禁ずるであります」

「え!?いや、でも…」


 クルスの言に口答えしようとした。クルスは怖いが、それでも譲れないことはある。そんなことを許してしまえば、リッチーの行使する闇魔術は強力になるばかりだ。確かに、地相争いでは勝ち目はなかろうが、闇属性への傾きを弱めることは私でもできる。これは、きちんと説明して、理解してもらわねばならない。


「あのね、クルス—」

「リッチーは—」


 私の発言を押しつぶすかのように、圧を伴った声音でクルスが語り始める。私は気圧され、口を噤む。なんだよ—と一瞬ムッとしたが、一先ずは聞くことにした。


「リッチーは、地相を大きく闇に傾けることで、攻撃性を増す魔物であります。逆に、地相が十分に闇属性に傾いていない時は、防御や回避に専念するばかりで、無駄に時間がかかるであります」


 語りながら、クルスはリッチーを指差す。確かにクルスの言う通り、リッチーはほとんど攻撃を繰り出していない。逃げる、避けるを繰り返すばかりだ。


「だから、あえて地相を闇に傾けて、攻撃するチャンスを作るのでありますな」

「な、なるほど」


 クルスの説明は、納得ゆくものだった。ライトを使った時に睨まれたのは、それが理由であるらしい。視線からして、アシュレイも知っていたに違いないが、教えてくれないのは厳しさからなのか、はたまた優しさからなのか。あるいは単に意地が悪いだけかもしれない。


「あ、ちょっと待ってよ!なら、スタングレネードは!?」

「それを今から、説明するでありますが…あの時は焦ったであります。ラヴァに感謝でありますな」


 そう言って、クルスはクスリと笑う。クルスがスタングレネードを放ったその時、私達はリッチーのすぐ側に身を潜めていた。クルスらに気を取られている間に、不意打ちでリッチーを仕留めようとしたのだ。スタングレネードが何かを知る私が、慌てた声を発したことで、それも無に帰したのだが。


《感謝しなさいよ!》

(聞いてんじゃねー!)


 クルスがきた—と、散々騒ぎ立てたものだから、一応、私の方に気を向けてくれていたらしい。文句をこぼしながらも、ラヴァへ感謝を伝える。スタングレネードがすぐ側に転がった時、閃光や爆発音を防いでくれたのがラヴァだ。ぎゃー—と騒ぎ立てただけの私とは違い、頼りになる相棒である。


「闇属性に大きく地相が偏れば、奴はデモンズ・ドグマと呼ばれる魔術を行使するのであります」

「…デモンズ・ドグマ…」


 その術の名は知っていた。闇属性魔術において、最も凶悪な魔術と称される術だ。発動すれば、付近一帯は闇に呑まれ、跡形もなく消え去る—というものであるらしい。あるらしい—と煮えきらない物言いなのは、行使に至る者が現存していないからだ。人類種は闇属性の適性が極めて低く、闇属性の術理に明るくないのである。人類史を紐解いたとて、闇属性に極めて高い適性を持っていた、夜闇の魔王(故人)が行使に至る—と、物の本に記されていた程度である。


(…使える?ラヴァ?)

《無理ですね。いくら私が全属性を扱える天才的な大精霊だとは言えど、デモンズ・ドグマを発動させることは容易ではありません。生きとし生けるものは、古今東西、闇属性と相性が悪いのが相場です》


 ラヴァでも無理らしい。そんな魔術まで使えるのか—と、改めてリッチーの怖さに喉を鳴らす。確かに、攻撃のチャンスは増えるが、ハイリスク、ハイリターンであるように思える。やはり、時間がかかったとしても、地層は闇に傾けない方が良いのではなかろうか。


「実は、そこが狙い目であります」

「え?」


 けれど、クルスはニンマリと笑う。我に秘策あり—といった様子に、どういうことかと聞き入った。


「リッチーがデモンズ・ドグマの魔法陣を展開した時に、地相を崩すのであります」

「あっ!」


 ようやく理解した。デモンズ・ドグマとは、闇属性の極めて高度な魔術だ。リッチーでも闇属性いっぱいいっぱいに地相を傾けねば使えないのだろう。そこで、地相を崩せばどうなるか。リッチーは魔術の制御に失敗し—


「…反動をくらう」

「…その通りであります。そして、その瞬間は、リッチーの魔石が無防備に晒されるのでありますな」


 語り終えた—とばかりに背中を向けるクルスを見て、あっ—と声を上げる。ふと思い出して、肩越しに私を見つめるクルスへ尋ねた。


「もしかして、あのスタングレネード…あの時、もう終わるとこだったの?」


 私達が家屋の陰から恐る恐るリッチーへと近付いていったあの時、クルスはスタングレネードを投げたのだ。今の話が事実なら、スタングレネードの光で、リッチーは魔石を晒したことになる。言われてみれば、私が叫んだその時、リッチーは詠唱をしようとしていた気がする。もし、そうだったとするならば、申し訳ないどころの話じゃない。


「…さあ?どうなっていたかは、今となっては分からぬであります。では、頼んだでありますよ?マコト」


 特に責めるでもなく、呆ける私を置いて、クルスはさっさとリッチーの元へ跳んだ。ワイヤーを巧みに扱い屋根を駆け上がる背中を見つめながら、彼女を誤解していたことに、きまり悪さを覚えた。口は悪く目付きも鋭いが、心根は優しい女性のようだ。


(ううう…自分が恥ずかしい…)

《何を今更》


 うっさい—とラヴァを黙らせた後には、旅の恥などかき捨てだ—と、開き直る。こうなったら、特大のライトを打ち上げてやる。その隙を見逃してはならない。私も勇気を出して、リッチーへ近付くことにした。


(今、地相はどんな感じ?)

《かなり闇に偏ってはおります。しかし、まだ攻撃よりも防御・回避に軸を置いてますね。もう少し—といったところですか》


 屋根の上では、ファーレン、マギステルと共に、クルスも激しい攻防を繰り広げている。ラヴァはグリムの時とは違い、補助に徹していた。遠目にアシュレイらと、手斧を持つ修道士の姿を認め、リッチーに見つからないよう建物の陰を移動する。かなり怖かった。


「アシュレイ、クシケンス」

「おお〜、きたかお邪魔虫〜」


 二人に声をかければ、視線すら寄越さずに小馬鹿にしてくるアシュレイ。これには、流石の私もむかっ腹が立つ。


「もう!知ってたなら教えてよ!意地悪!」


 声を荒げてアシュレイを罵れば、まあまあ—と、修道士が宥めてくる。クシケンスも知っていたのか?—という思いを視線に込めて送れば、クシケンスは慌てて首を振った。


「わ、私は…知り、ません…だ、だって…リッチー、なんて…初めて、見ました…」


 クシケンスの発言を聞くに、どうやら、私がクルスから教えられたリッチーの特性は、既にアシュレイから聞いているらしい。ならば、どうして私には教えてくれなかったのか。本当にアシュレイは根性がねじ曲がっていると思う。


《タイミングの問題でしょう。そう、いじめなさるな》

(…うん…分かったよ)


 ラヴァからも宥められ、一先ずは心を落ち着ける。アシュレイは微塵も気にした様子を見せていないのが腹立たしいが、不勉強な私が悪いのだ。彼女を責めるのはお門違いである。酷い言葉を浴びせたのは、詫びるべきだろう。


「…ごめんなさい。意地悪は言い過ぎたよ」

「…何が〜?」


 気のない風を装っていたアシュレイだが、チラリとこちらを一瞥すると、心持ち顔つきが優しくなったように感じた。即座に謝ったのは正解だ。けれども、何が?—と、尋ねてきているのは、一体どういうつもりなのか。分かっているだろうに。


(…何がって…何だよ…)

《くくく、マコトは素直で可愛い—ということですよ》


 ラヴァの言に首を傾げる。しかし、よくよく見れば、アシュレイの口元がヒクヒクと動いているではないか。笑いを噛み殺しているらしい。やはり性悪だと思う。これ以上は付き合う気にならなかった。


「で、今は何をしてんの?」


 ジト目でアシュレイへ尋ねれば、アシュレイも巫山戯た態度は表面上引っ込める。身体を少しだけずらして、私からも見えるようにしてくれた。


「足止めの罠〜」


 アシュレイが見せてくれたのは、家屋の壁に描かれた複雑な魔法陣だった。付近の魔素を集める魔術のようだ。確かに、リッチーはちょこまかと移動する。あっちに行ったりこっちに来たりと、前衛は随分と振り回されるのだ。なるほど、付近には闇属性の魔素が満ち始めている。それがここに集まるならば、リッチーは好んでこの場所にくることだろう。


「ふうん…ねえ、先の炎はどんな魔術だったの?」

「あれは〜、火属性に闇属性を加えたもの〜。あいつが遠くへ逃げ出さないように〜、少しでも闇に地相を傾けたの〜」

「…うぐぐ…足引っ張ってすみません…」


 会話する余裕はあるようだったので、ちょっとした興味から尋ねたのだが、これは藪蛇だった。居た堪れなくなり肩を竦ませる。まあまあ—と、修道士のお姉さんに慰められた。


(ちくしょ〜、私にソティ並の光適性があれば…こう、ターン・アンデットみたいに格好よく仕留められるのに…)

《それでもリッチーは厳しいと思いますよ?》


 アホみたいな妄想を描いてみせれば、ラヴァが苦笑混じりに拾ってくれた。言われたことはもっともであり、そうだよね—と肩を落とす。確かに、場を完全に光属性の地相で満たすことができれば、不死系魔物(アンデッド)は消滅する。それこそ、光属性に対する強力な耐性でもない限り。浄化法術などが、まさにそれだ。けれど、リッチーはそれを許さない。そうはさせじと闇属性で地相を満たそうとしてくるのだ。上空に展開される闇の雲を撒き散らす魔法陣が、その典型だろう。これでは、浄化法術を発動させたとて満足に機能しない。


(はぁ…地相の張り合いじゃ勝ち目ないなぁ…)


 地相争いに勝てるならば、光属性の地相を形成するのが手っ取り早い。そうすれば、リッチーといえども、何もできずに消える他ない。しかし、私達は天使や悪魔、精霊でもなければ、神でもない。地相操作には魔法や魔術を利用せねばならず、限りあるMPでは、出来ることなどたかが知れている。


(クルスは地相に詳しいばかりか、リッチーの癖までちゃんと把握しているんだよね…上から目線だった自分が恥ずかしい。穴があったら入りたい…)

《いつまで落ち込んでるんですか…そろそろ切り替えなさい》


 気落ちする私の様子に見かねたのか、ラヴァが苦言を呈してきた。視線を上空へと持ち上げてみれば、ラヴァはファーレンらにプロテジョン・マジックを施している。私の出番はまだ先のようだ。


(うん、有難う…ラヴァ)

《どういたしまして》


 ラヴァの言う通りである。敵を前にして塞ぎ込んでいてはいけない。十全を発揮できなくなるからだ。反省は糧にし、次に活かせば良い。振り返って嘆くではなく、前に進むことにした。


「うし、落ち込むのはやめ。アシュレイ、私に出来ることない?」

「ない〜」


 意気揚々と尋ねたのだが、アシュレイは素気無く切り捨ててきた。手伝えることはないらしい。ショックを受ける私など目もくれず、こっちの方がいいかな?—と、壁に描いた魔法陣のテコ入れを続けるアシュレイ。激しく落ち込む私を支えてくれたのは、修道士のお姉さんに、クシケンスだった。


「まあまあ」

「そ、そうです…よ。私にも、出来ることなど…ありま、せんから…」

「クシケンス〜。錬金陣で強化よろ〜」


 言ってるそばから、クシケンスにお呼びがかかった。裏切り者—と、血の涙を流さんばかりに目力を込めてクシケンスを睨みつければ、クシケンスは目を逸らす。修道士のお姉さんだけが慰めてくれた。


「発・動」


 さて、アシュレイが魔法陣に魔力を通わせれば、周囲から魔素が集まってくる気配が感じられる。これは凄い—と、性悪呪術師の評価を改めた。


「んじゃ〜、離れるよ〜。私らがここにいたら〜、魔法陣の意味がなくなるからね〜」

「…あ、そっか」


 アシュレイの言に、手渡されていた魔石のことを思い出す。これは闇属性を吸収する性質があるそうだ。すぐさま、その場から退散した。


『ヲヲヲヲヲ…』

「うひょ〜、すげ〜」

「あ、あんなに…苛烈に、なるん…ですね」


 家屋の陰に身を隠し、じっとその時を待つ。屋根の上へ視線を向ければ、リッチーはガンガン前に出ており、闇属性の魔術を連発していた。そんなリッチーへと果敢に張り付くファーレンは器用に躱しているが、マギステルは被弾が目立つ。それでも無傷なのは、魔石とラヴァのおかげだろう。耐性凄い。


「おっ?いった〜」


 リッチーがアシュレイの施した魔法陣に気が付いたらしい。瞬時に移動すると、魔素が十分に足りたのだろう。徐に魔法陣を展開する。その凄まじいことと言ったら、どうだ。言葉を失うほどに巨大で複雑な魔法陣は、一目見ただけではとても再現できそうにない。


「…これは…」

「凄く…大きい…です…」


 クシケンスの台詞に、思わず笑いそうになる。こっちにきてまで、その台詞を耳にするとは思わなかった。動画サイトをサーフィンしていた日々を思い返して、望郷の念に駆られた。


「光よあれ!」


 ようやくやってきた出番に、満を持してライトを打ち上げる。いくつもの巨大な光源が、リッチーめがけて迫れば、リッチーの魔法陣は霧散した。


「やった!」


 ぼやけていたリッチーの姿が、急激に実体化する。襤褸を纏った骸骨で、腰骨から下はない。魔術制御をしくじった反動か、大きく後退したものの、ガクリと肩を落としたまま、抵抗する様子はない。魔石は、胸にあった。


—ドン—


 クルスの構える重火器が火を噴き、リッチーの肋骨が数本まとめて吹き飛ぶ。魔石にも少なくないダメージを与えたらしく、リッチーはもがき、苦しみ始めた。そこへ駆け込むのは、ファーレンにマギステルだ。


「トドメです!」

「はいっ!」


 二人は再び左右から迫り、強烈な一撃を魔石へと加える。遠目からでも、分かるほどに魔石は粉々に砕け、リッチーは身体の端から灰に変わった。勝ったのだろう。私は現実味が湧かず、しばし固まる。リッチーを倒した—と実感できたのは、空を覆っていた暗雲が晴れてからだった。

 

「おおお!」

「や、やりました…」

「完勝だ〜」


 その場にいた女4人で喜び合い、クルスらの元へと向かう。クルス達はやや疲労の色を見せたものの、まだまだやれる—とばかりに、こちらに笑って見せてきた。


「お疲れ様。凄かったね?」

「いえいえ、私など…ファーレンさんについてゆくのが精一杯で」


 息を弾ませるマギステルに声をかければ、マギステルは恐縮して謙遜する。しかし、ファーレンの動きは次元が違う。おそらく、レベル的に見ても、ダブルスコアの開きがあるのではなかろうか。それでいて、タイミングを合わせられるだけでも、十分に凄いことだと思う。


「いやいや。合わせてくれてやりやすかったですよ?」

「本来ならば、ファーレンが歩調を合わせる立場であります」


 私同様にマギステルの働きを認めたファーレンだが、その背後に佇むクルスからの苦言に首を竦めた。


「おおっと、いけない。早いとこ、アイマスさん達の元へ戻らなくては」


 棒読みで踵を返すファーレンを皆が見送る。アイマス達がどこにいるのか分かっているのだろうか。教えてやろうと思い立ち、MAPを再起動した。


「待ってよファーレン、アイマス達は—」


 あれ?—と首を傾げる。アイマス達は町の南東にいた。それ自体は別にいい。いや、なぜ商業区(そんなところ)に?—という思いはあるが、問題は他にあった。


「どうしました?」

「ごめん、ちょっと待って。…ラヴァ」

『ええ、ちょっと私も引っかかりました』


 MAPを起動させた瞬間、気を利かせたであろうラヴァが魔力反応を一時的に見せてくれたのだ。それにより、町の至る所に禍々しい魔力反応が窺えたのだが、どうにも、その反応に違和感を覚えたのである。


「ラヴァ…出力上げて」

『いや、しかし…』


 私の要請に、ラヴァは渋る。当然だ。情報量を増やせば、私は頭痛に膝をつき、役立たずへと成り下がることは確実だからだ。それでも、見ておくべきだと思う。只事ではない気がする。


「いいから」


 どうなっても知りませんよ—と、渋々ラヴァは出力を上げる。MAPには再び膨大な量の魔力反応が表示され、情報を処理しきれなくなった私の頭は、猛烈に痛み出す。ううう—と頭を押さえて蹲るものの、未だに違和感の正体が掴めなかった。これは、大先生の力を借りざるを得ないだろう。


「アシュレイ…南、南西、北西、北、北東」

「…南、南西?ん?ほくせ…何の話だよ〜?」


 要領を得ない質問に、アシュレイがプリプリと怒っているらしいが、今の私には即答する余裕がない。後を継いだのはラヴァだ。


『歪な魔力反応です。何というか、ただ大きいだけではなく…負の性質を強く帯びているというか…』


 ううん?—と、考え込むアシュレイの声が聞こえる。大先生でもダメか?—と、落胆しかけた頃、アシュレイは声を上げた。


「…六芒星じゃね〜?完成間近の〜」

『それだ!』


 完成間近の六芒星?—と、痛む頭で無理矢理考え込む。警戒すべき六芒星の魔法陣と言えば、すぐに浮かぶのは召喚陣だろう。


『アイマス!止まりなさい!』


 珍しく慌てた様子のラヴァが、アイマスのみならず、全体に念話を飛ばす。どういうことなのだろうか?—と訝しむよりも先に、異変は起きた。


「…手遅れでありましたな」


 肌を刺すかのように、得体の知れない魔力が辺りに満ちたのだ。これは只事ではない。落胆したかのようなクルスの声音は、これ以上の調査続行が不可能であることを如実に語っていた。


「そんな、これは…」

「あわわわわ、僕達、どうなっちゃうんですか!?」


 一体、何がどうした?—と、私も目を開きたかったが、目の奥を責め立てる頭痛により、それもままならない。けれど、暗闇しか見えなくとも、何か異常が起きているのは分かった。もしかすると、目を閉じていることにより、周囲の魔素の動きが、より鋭敏に感じ取れたのかもしれない。


「魔力が…急激に、どこかに流れてくよ…」

「だろ〜ね〜。あ〜、こりゃ…お手上げだ〜」

「ど、どうしたら…」

『…撤退すべきです』


 何が何だか分からないが、危機的状況にあるらしい。痛む頭を押さえながら、ゆっくりと片目を開いた。猛烈な痛みが襲いかかってくるも、この状況を確認しない訳にはゆかない。薄目で耐えながら視線を彷徨わせる。


(暗い…何これ?雲は晴れたはずじゃ…)


 ぼんやりとした視界に映り込んだのは、凹凸の目立つ石畳だ。けれど、色合いが随分と暗く感じる。リッチーを倒したことにより、闇の帳は消え去ったはずだ。しかし、石畳を見る限り、そうではない—と語られているみたいで、言い表せない不安に駆られる。ゆっくりと顔を持ち上げ、家屋の屋根、その向こうへと視線を送る。そこには、まるで墨で塗りつぶしたかのような巨人がいた。輪郭はぼやけており、紫にも灰色にも見える。爛々と赤く輝く双眸は、まるで不死系魔物(アンデッド)を思わせるが、それとはまたどこか違う雰囲気を纏っていた。幸いなことに、明後日の方向を向いている巨人は、こちらに気付いた様子も、動き出す様子もない。


「…なに…あれ…?」


 誰ともなしに尋ねたが、答えられる者などいなかった。クルスやファーレンはもとより、アシュレイにも分からないらしい。ファーレンの手を借りて立ち上がったが、とてもではないが、アレに歯向かう気になどなれない。MAPで魔力を感知するまでもなく、ヤバ過ぎるのが見て取れたからだ。グリムなど、比べるべくもないほどの怪物に見えた。


「…引き際でありますな」

「…そ、そうですね」


 クルスとファーレンが、巨人を見上げたままで言葉を交わす。誰もそれに反論しない。当然だ。巨人は、どう考えても私達の手には余る。クルスやファーレンといった強者が撤退を決めたのだ。彼女らが無理と判断した以上、私達にできることなどない。


「やれやれ。これの世話になるとは…」


 呟きながらクルスが懐から取り出したのは、アトリアに入る前、彼女が私達全員に手渡してきた魔石だった。それで何をするつもりなのか?—と尋ねようとしたのだろう。マギステルがクルスへと徐に近付いた。


「ぐっ!?」

「ああっ!」


 その時だ。マギステルら修道士達が、急に肩を押さえて蹲る。かと思えば、絶叫を上げながら、のたうちまわり始めるではないか。尋常ではない様子に、何事か!?—と私達は目を見開くが、マギステルらにかまけてはいられなかった。騒いだことで、巨人に気付かれたからだ。薄目で巨人の様子を窺えば、彼は双眸をこちらへと向けてきていた。


「くっ!退くであります!」


 言うや否や、クルスは手にしていた魔石を砕く。刹那、暗闇に吸い込まれたかに感じて、思わず目を閉じた。


「な、何が…?」

「うおお〜」


 やがて、クシケンスとアシュレイの二人は、共に驚愕に声を震わせ始める。鼻腔をくすぐる風の匂いが変わったように感じられて目を開けば、私達は廃墟の直中に立ち尽くしていた。

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