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異世界転移したけれど、さっさとお家に帰りたい  作者: 焼酎丸
第5章 アンラ神聖国に蠢く闇
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再生者、修道士達を送り届ける

「あー、まもなく、王都アンラの上空を通過するっスよ。皆さん、ちゃんと見ておくっス。美しい水の都っスからね」


 機内アナウンスのスイッチをOFFして、はあ〜—と、深い溜め息を吐く。次いで、どうしてこうなった—と、頭を掻き毟った。


「俺は何やってるっスか!?」

「煩いで御座るぞ、サブロー」


 隣の操縦席では、機内食を摘みにして、ゴローが酒を飲んでいる。乱気流などを読む役目を任せたはずなのだが、待てど暮らせど穏やかな空が続くばかり。まだ一刻程度しか経っていないにもかかわらず、ゴローはすっかりと飽きてしまったらしい。


「煩くねえっス!何で副機長のゴローが、酒を飲んでるっスか!?」

「煩いで御座るぞ、サブロー」

 

 まるで俺が悪いみたいに、ジロリと鋭い視線を投げかけてくるゴロー。この視線には流石に気圧されて、口を噤んだ。


(…あー、もう!損な役っスよ!)

「煩いで御座るぞ、サブロー」


 最後の警告—とばかりに、指を突き付けられた。考えただけでもアウトらしい。理不尽だと思う。


(ああ、願わくば、何事もありませんように—っス)


 やってられるか—と、不貞腐れてシートに深く身を預けた。アメランドを経ってからこっち、アンラ大平原を南下する空の旅は順調極まりない。そもそも、オートパイロットであり、行路は全て入力済みなのだ。後は勝手に着陸するのを待つばかりであるが、何せ空の旅だ。落ちたらどうしようもない。アーサーさんさえいれば、全員無傷で済むそうだが、そういう問題ではない。


(修道士の皆も、よくもまあ、気にしないもんっスよね)


 イチローらはキャビンで修道士達の対応をしているのだが、アトリアを発ってからこっち、修道士らは随分と明るくなったらしい。危険な旅から解放されたことで、元々の明るさを取り戻したのかもしれない。空の上に馴染過ぎだとも思うが。


「ぐがー、ぐがー」

「…まじっスか?」


 ついにいびきが聞こえてきた。横目で様子を窺えば、分かっていたことだが、ゴローは寝ていた。もう色々と信じられない。どうして皆、この訳分からない金属の塊を、そんなに信じられるんだ—と、頭を抱える。ついには、俺がおかしいのか!?—と、己の正気を疑わずにはいられなくなった。


—コンコン—


 操縦室のドアを叩く音に振り返るも、重厚なドアには窓もなく、誰が来たのか分からない。とはいえ、おそらくは再生者(レナトゥス)の誰かに違いない。いや、それしかあり得ない。仕方なくシートのレバーを引き、操縦席から立ち上がる。面倒くさい—と内心でぼやきつつ、己でドアを開けた。


「あら、サブロー?機長が席を離れてはいけませんよ?」

「…それは、ゴローに言ってくれっス」


 微笑を浮かべながら意地の悪いことを言ってくるジローに、ジト目を向けてゴローを指し示す。まあ—と、渋い声こそ上げたものの、ジローは特にゴローを起こそうとはしない。代わりにでもないが、俺に機内食を手渡してきた。


「私が見ておきますから、サブローは食べてしまってください」

「…ジローは優しいっスね」


 本来ならば、機長がフライト中に席を離れるなど言語道断なのだが、これについてもクルスは事前に許可をくれている。それでも俺が席を離れないのは、見ていないと怖くて仕方ないからだ。そんな時、ジローの気遣いは有難い。


「…あはは、全く分かりません。よくサブローは分かりますね?」


 腰を下ろして、操縦席へとシートを動かしたジローは、お手上げ—とばかりに笑って見せる。操縦席に座った意味は、ないに等しい。


「俺もそんなに理解してる訳じゃねっスよ。最低限だけしか聞いてねっスから」


 壁に取り付けてある折り畳みシートを引き出しながら、ジローの質問に応じる。そもそも、皆がちゃんと覚えようとしてくれれば、俺が一人で苦労することもなかったのだ。


「すみませんね…私達、古い人間には…今一つ、こういったことが難しくて」

「…古い人間っスか…」


 林檎にフォークを突き刺して、口に運ぶ。ジローの口にした、古い人間という言葉の意味を、ぼんやりと考えた。


(確かに、イチローらと会話してると、時折、あれ?—っと思うことはあるっスからね。俺とは、常識が違うんスよね)


 イチローやジローらは、学がない。いや、正確に言い表すなら、知識が極めて古い。時折、思い出したかのように—本当に思い出したのだろうが—豆知識をひけらかすことがあるが、多くの場合、現代では当たり前のことだったりする。それを指摘すると、皆揃って項垂れるのだ。そういう部分は、年上のはずの4人が可愛く見えたりするから面白い。


(ま、ナイフやフォークすらない時代の人間だった訳っスからね)


 初めてこの身体をもらった時のことだ。オサカの作った食事を食べようと、皆でテーブルを囲んだ時、4人はナイフとフォークを見て、首を傾げたのだ。俺もまた手掴みで食べることを当たり前のように考えていたが、その存在だけは記憶の淵にでもこびりついていたのか、すぐに思い出せた。ここから考えても、俺は割と近代の人間に違いない。


(ナイフが世に出たのは、おおよそ30年前。貴族達が使い始め、一般にまで普及したのは、約20年前…同時に、今度はフォークが貴族に広まった…)


 帝国の支配地である港町で、古い書物を探していた時に見つけたカトラリーの歴史を纏めた書物の一節だ。そこには、挿絵として下手くそな—当時としてはポップであろう—食事風景が描かれていた。


(蜥蜴の紋様が描かれたナイフ…)


 ふと、何の気無しにめくったページを思い出した。そこに描かれていた挿絵を見て、ナイフがどうしてか気になったのだ。今なお理由は分からないが、蜥蜴というものに何かしらの意味があるのかもしれない。


(もどかしいっスね…)


 もぐもぐと口を動かしながら、なんとなく己が使っているフォークに視線を落とす。素材すら判然としない白一色のフォークには、どこにも紋様などは描かれていなかった。


—ビー、ビー—


 突然、ゴローの席からビープ音が鳴り響く。それまで、いびきをかいて夢の世界に旅立っていたゴローは、嘘のようにサッと目を覚ました。


「乱気流で御座るな!回避行動をアナウンス…ジロー?」

「あ、あわわ!乱気流ですかっ!?凄い揺れるんですよね!?」


 ここでようやく、ゴローは隣に座っているのが俺ではないことに気が付いたらしい。もぐもぐと口を動かしている俺に向けて、肩越しに凄い視線を飛ばしてくる。自分は高いびきをかいていたくせに、人を責める資格などない。そしてジローよ、少し落ち着け。


「ジロー、交代っス。ジローは早く席に戻るっスよ」

「は、はい!すぐに!すぐに!」


 あわあわと慌てふためき、転びそうになりながらも、ジローは操縦室を出て行った。その背中を見送った後、ゴローと声を出して笑う。ジローはお淑やかで、かつ気立ての良い理想の女性然としているが、その実、結構ポンコツなのだ。なお、それがバレるのが嫌なのか、彼女は人前では黙念としており、なかなか口を開かない。オサカらネームレスの面々も、このことは知らないだろう。


「んじゃ、アナウンスするっス」

「うむ、しっかりと固定するよう伝えるで御座るぞ」


 そして、問題児のゴローだが、彼は意外に要領が良い。例えば、一から十まで説明されたとして、全て覚えるではなく、その中から己に必要な情報のみをピックアップして、それを正しく記憶しておく。その応用でもってして、一から十までを再現するのだ。一見すると、全く聞いていないように見えるため、覚えは悪いが。


「うし、セミオートに変えるっス。フォロー頼むっスよ」

「うむ。任せよ」


 今もまた、乱気流に突っ込むと、甚だしく揺れる—という情報から身体を固定しなくてはならない—という答えに辿り着いたものだろう。俺なんかよりも、はるかに向いていると思うが、彼は喧嘩以外では、前に出ることを好まない。やはり問題児の気質だ。


「あー、前方に乱気流を見つけたっス。なるべく回避するっスけど、突っ込むと、かなり揺れるっス。その怖さは知ってるっスね?全員、シートベルトを着用の上、シートに身体を倒すっス。これは、機長としての厳命っスからね」

「ははっ、上出来で御座る」


 まだアナウンスをOFFしていないのに、ゴローが上機嫌に笑った。今の感想もまた、キャビンに届いたことだろう。皆の苦笑する様が目に浮かぶ。もうやだ—と、内心で泣いた。

 さて、気を切り替えたら、ついに操縦桿を己で動かす時がきた。確か、手前に引けば機首が上がり、奥に押せば機首が下がるという説明だった。後は、左右に倒せば機体が傾くはずだ。


(…やるっス…やってやるっス)


 地上を疾走する時、クルスはよく車を使う。あれなど、ハンドル操作一つで右に左にと曲がってくれるが、飛行機はそうはゆかない。左右に折れたければ、機体を傾けた後に機首を上げねばならないのだ。ふぅ—と、息を肺から残らず吐き出した後、操縦桿を傾けて手前に引いた。


「おおおっ!怖えっス!」

「うはは!昂るで御座るな!」


 操縦桿にわずかに力を加えただけで、機体は大きく動く。これは、操縦桿に加わった圧力により云々—とクルスが語っていたが、正直、何も思い出せなかった。とにかく怖い。その一言に尽きた。


—ポーン—


 そんなことを数度繰り返せば、前方がクリアになったことを知らせる音が鳴る。はあ、やれやれ—とフルオートに切り替えようとしたその時、今度は別の計器が反応した。


—ピピー、ピピー—


 それは、クルスが別に取り付けたという計器だった。この輸送機が生み出された元の世界にはないものであり、この世界独自のものを警戒するために、新たに開発されたものだ。俺もゴローも呆気に取られて計器を見つめていたが、すぐに我に返った。


「魔力反応っス!」

「敵で御座る!」


 ゴローの操縦席に映し出されたのは、機体の後方のようだ。映像の端に小さく映り込んでいるのは、昇降舵だろう。そのはるか後方に、稲光を纏った何かが浮いている。映像は徐々に拡大され、それが何であるか分かると、俺もゴローも、たちまち青くなった。


「「サンダーバード!!」」


 最悪も最悪だった。グリムを撃退し皆に合流した後、死の樹海に棲まう三体の悪夢のことを教えてもらっていた。一体は、言うまでもなくグリム。絶望の名を冠する、不死系魔物(アンデッド)の超大型怪鳥だ。圧倒的な再生能力を有し、クルスの火力を持ってしても、仕留めきれなかった化け物。辛くも撃退は成ったが、二度と戦いたいとは思わない。

 二体目は、フレスベルク。鷲のような特徴を持つ、グリムほどではないが、巨大な怪鳥であるらしい。付近一帯全てを凍てつかせるほどの冷気を身に纏っており、近付くことすらできない悪魔だ。

 そして、三体目こそが、このサンダーバードだ。梟のような見た目にして、極めて小柄だが、その脅威度は、グリム、フレスベルクに引けを取らない。雷を操り、近付くもの全てを焼き払うのである。そうそう死の樹海を出ることのないサンダーバードだが、彼の縄張りを荒らした場合は、その限りではない—らしい。


「な、なんでサンダーバードなんかっ!?」


 下部モニタの映像を見れば、輸送機の下は死の樹海だった。やってしまった—と、己の過誤に歯噛みする。乱気流を避けているうちに、死の樹海に入っていたのだ。サンダーバードの縄張りに、踏み込んでしまったのだろう。


「うおおっ!?きたっ!きたで御座るぞっ!?」

「旋回するっス!死の樹海から急いで離れるっスよ!」


 機体後方を捉えた映像の中、サンダーバードは恐ろしい速度で輸送機へと近付いてくる。右へ、左へと、まるで雷のようにカクカクと折れ曲がりながら距離を詰めてきていた。


「迎撃するで御座るかっ!?」

「無理っスよ!どう見たって魔力体っス!物理は効かないっス!」


 確かに輸送機には心許ないながらも、迎撃システムはある。だがしかし、それは向こうの世界の物だ。物理的な迎撃しかできないのである。


「では、どうするっ!?某が迎え撃つかっ!?」

「駄目っスよ!絶対に駄目っス!振り切るしかねっス!」

 

 迎え撃てるはずなどない。クルスの説明によれば、機内と外では、気圧差があるらしく、フライト中に乗降口を開けることはできないそうだ。となれば、穴を空けてでも出てゆくのがゴロー。だがしかし、これはもっての他だ。ゴローはその瞬間に空の藻屑となり、ゴローの空けた穴から、修道士達もが落ちそうになるのだ。認められる訳はない。


「っつ!」

「ぬおおっ!?」


 馬鹿をやっているうちに、サンダーバードが機体横を映すモニタに姿を見せる。凄まじい速度だ。もう追い付いてきたらしい。


(やべっ!マジでやべっス!)


 視線をサンダーバードが映り込むモニタへと向けた刹那、サンダーバードが光った。否、雷を飛ばしてきたのだ。ああ、もう駄目だ—と身を竦ませるも、機体は何ともない。計器類も正常に動作しており、何らエラーを吐き出す音も聞こえない。そういえば、クルスが言っていた気がする。雷には滅法強い—とかなんとか。だからと言って、怖くない訳ではないのだが。むしろ、超怖い。


「怖えっス!マジで怖えっス!」

「これは某でも耐えられんで御座る!」


 男二人でぎゃあぎゃあと喚きながら、なおも機体を加速させる。それでも、サンダーバードは振り切れない。あれは言ってみれば雷そのものだ。振り切れる訳がないのだが、それでもどうにかして逃げ切らねばならないからやっていられない。


「よし!ゴロー!許可するっス!外に出て、あれを撃退してくるっス!」

「できるか馬鹿たれ!サブロー!某を贄にしようとしているで御座るな!?」


 先には、自分が撃退しようか?—などと提案していたゴローだが、どうやら、気が付いたらしい。知恵の回る猿は厄介だと思う。


「ぬおおっ!?取り付かれたで御座るっ!機体に取り付いておるぞっ!」


 ゴローの指差すモニタに目を向ければ、輸送機の主翼の上に、紫電を撒き散らす稲光が佇んでいる。恐怖が限界を突破し、いっそ笑えてくる。冗談のような絵面だった。


(こんなところで死ねねえっスよ!)


 目紛しく移り変わる前方とモニタとの間で、慌ただしく視線を往復させる。稲光はゆっくりと時間をかけて、梟の姿を構成していた。嘴が形作られ、羽の模様が浮き上がり、ついには丸い眼球までも。そのサンダーバードと視線が交差する。まるで、カメラが何であるかを知っているかのように、俺とモニタ越しに視線を交わらせていた。


(あああ、ヤバいヤバいヤバいっ!)


 どうするべきか—と、必死に頭を働かせる。如何せん、場所が悪過ぎる。こちらは密閉された機内におり、例え、アーサーさんでも機外へ出ることはできない。つまり、打つ手がない。せめて影があれば話は違った。己の魔法なら、影を便りにサンダーバードを攻撃できるからだ。しかし、それも今はない。空の上はどこまでも一面の青が広がるばかりで、どこにも影は存在しない。そもそも、サンダーバードそのものが光なのだ。影は、近付くことすらできはしない。俺とあいつの相性は最悪だ。


「…な、何で御座るか?あれは…」

「いよいよやべえっス…」


 主翼に取り付いたサンダーバードが、撒き散らす雷を七色に染め上げる。あれは何か?—と訝しむ間もなく、主翼の装甲が変色しているのが目に付いた。次第に、それが原因かは不明だが、機体がガタガタと揺れ始める。何が起きているのかは分からなかったが、もう本当にダメだ—と、泣き出しそうになった。


“ガキが…手間かけさせやがって…”


 刹那、網膜に映像が焼き付いてくる。大男が幾度となく拳を振り下ろすというものだった。男の拳は血で染まり、振り下ろされる度に赤い飛沫が飛ぶ。うっ、えっ—と喘ぐような、少年のものと思わしき声音と共に、小さな手が僅かに視界の隅で跳ねた。どうやら、己が見ている映像は、少年が大男に暴力を振るわれているところであるらしい。がっしりと頭部を固定する手が邪魔で、大男の顔を窺い知ることはできない。


“おい!そっちは?”

“どこにもいねえよ!クソが!”


 男は打ち下ろしていた拳をプラプラと振りながら、誰かに問いかけている。何を問うたものかは不明だったが、その問いが、命の灯火が燃え尽きんとしている少年に、火を付けたらしい。


(な、なんスか?これ?)


 己の借りている視界は、少年のもののようだ。大男の腕を掴み、か細い指で必死に爪を立てている。少年の手の甲には、小さな古傷があった。


“…このガキ…”


 大男に持ち上げられ、何かに叩きつけられる。少年はついに力尽きたのか、か細い指は力を失い、大男の腕から離れた。


“マジでクソだぜ…行くぞ”


 腕一本で放り捨てられ、ゴロゴロと坂を転げ落ちる。やがて、何かにぶつかったのか、衝撃により投げ出された手が視界を塞いだ。


“待て。そのガキが見つかるとヤバい。隠すぞ”

“あー!本当にクソだぜ!”


 徐々に狭まる視界の中、大男の腕が再び少年を掴み上げる。持ち上げられた勢いで、爪の欠けた手が退き視界がクリアになれば、丸太のような男の腕が顕になる。そこには、尾の切れた蜥蜴の刺青があった。


「—ブロー!サブロー!」

「…あっ?な、なんスか!?」


 肩を揺すられて我に返る。慌てて顔を向ければ、目を見開くゴローが心配そうに覗き込んでいた。その後方には、今なお七色の雷を撒き散らすサンダーバードが、砂嵐に染まりつつあるモニタに映し出されている。


「何を惚けているで御座る!」

「す、すまねっス」


 操縦桿を握る手に力を入れ、落ちたスピードを再び限界まで引き上げる。どうせ振り切れもしないし、攻撃する術もない。しかし、眼下に広がる景色は樹海ではなくなっていた。アンラへと戻ってきたのだ。位置的には南東だろうか。アメランドが近くにある、峡谷地帯であるようだ。


(ここを抜けたら、降りるしかねっスね)


 ここを抜ければ、再びなだらかな平原へと出る。そこに不時着するしかあるまい。応戦するのである。このままでは、遅かれ早かれ墜落する未来しかないのだから。


「ぬぁっ!?」


 モニタを食い入るように見つめていたゴローが素っ頓狂な声を出したため、何事か!?—と、遅れて視線を向ける。モニタの映像をカチカチとゴローが切り替えていため、すぐには判然としなかったが、やがて、何が起きたのか分かった。サンダーバードは何もせずに主翼から離れたのだ。


「えぁっ!?」


 俺もまた、見えている映像が信じられず、素っ頓狂な声を出していた。


「…どういうことっスかね…」

「…某にも分からぬ…」


 映像の中に映るサンダーバードは、そのまま後方へと置き去りになり、見る見るうちに小さくなってゆく。揺れもすっかりと収まれば、何が何だか分からずに、ゴローと顔を見合わせた。


—ビー、ビー—


 茫然としていただけに、そのエラー音には大層驚いた。慌てて視線を走らせれば、エンジントラブルの表示が目に付いた。


「…嘘だろ…嘘っスよね…」

「ああ…こりゃ、いよいよもって墜落で御座るか…」


 計器には、4基あるエンジンの内、1基が停止したと表示されている。それを裏付けるかのように、後部モニタには、濛々と機体が吐き出す煙が映っている。急いで姿勢指示器に視線を落とせば、少しずつ機体が傾き始めていた。サンダーバードは何もしていなかった訳ではなかった。しっかりと攻撃を仕掛けていたのだ。吐き出される煙を見て、勝利を確信したのだろう。満足して帰っていったに違いない。やられた。いや、この程度で済んで良かった—と、思うべきだろう。


—ドンドンドン—


 慌ただしくドアをノックする音に、口から心臓が飛び出るかと思った。二人で同時に振り返り、叩かれ続けるドアを見る。


「二人とも!大変です!」


 大変らしい。ゴローがドアを開ければ、ドアの前にいたのはジローだ。またしても、あわあわとポンコツっぷりを発揮しており、即座にゴローがデコピンでリセットした。


「痛っ!?」

「落ち着け。何があったで御座る?」

「そそそ、そうです!突然、呪印が!修道士が!うおおおおっ!—って!訳が分からなくて!」


 肩越しに、身振り手振りで何かを訴えるジローを見つめながら、訳が分からないのはジローっス—と、突っ込んだ。ゴローもこれに同意する。


(おっと、それどころじゃねっス)


 視線を前に戻し、ゆっくりと操縦桿に力を加え機体を水平に近付ける。きゃ—と、黄色い声を上げてジローが倒れそうになったが、これはゴローが防いだ。


(よし。フルオートに戻すっス)


 操縦桿から手を離し、フルオートに戻す。エンジンは1基潰れているようだが、フルオート飛行には支障ないらしい。先ほどまでと比較して、スピードこそ落ちたが、問題はなさそうである。


「と、とにかく、修道士達が大変なんです!来てくれませんか!!」

「サブロー…」


 ジローの要請を受けて、ゴローが視線を向けてきた。お前はここにいろ—とも、お前も来い—とも受け取れる視線だ。エンジンが1基壊れた状況で、操縦席を離れるのは流石にどうかと思う。けれど、キャビン内に異常があれば、それが原因で墜落する可能性だってなくはない。見にゆくべきだ。確認したら、すぐに戻ってくれば良いのだから。


「…俺も行くっス」


 シートのレバーを引いて、操縦席から立ち上がる。チラリと計器類に視線を走らせ、何ら異常のないことを確認した。少しの間なら、このまま放置しても問題なさそうだった。


「何が起きたのか分かりません。一応、警戒を」


 キャビンへ向かう通路を歩きながら、先頭のジローが警戒を促してきた。ジローの言に従い、俺もゴローも得物を手にする。ゴローはいつでも抜き放てるよう鯉口に指をかけ、俺の方は、短剣の感触を確かめていた。


「うああああああああ!!」

「がああああああ!!」

「ぐぎぎぎぎぎぎぎ!!」


 キャビンのドアを開けると、聞こえてきたのは苦しみもがく者達の絶叫だ。慌てて視線を走らせれば、阿鼻叫喚の地獄絵図でも見せられているかのように感じて喉を鳴らす。修道士達は泡を吹き、肩を掻き毟って苦しんでいるではないか。嫋やかさなど影も形もない。さっさと先を行くジローに倣い、おっかなびっくり喚き立てる修道士らの横を通過した。


「な、何があったので御座る?」


 奥の方の座席で、修道士の一人をイチローが押さえつけ、何の用途かは知れないものの、シローが魔法陣を展開しているらしい。アーサーさんも触手を伸ばし、特に暴れっぷりが甚だしい者達を押さえつけていた。


(うわぁ…こりゃ酷いっスね…)


 イチローの元へと走り寄りながら、盗み見るように修道士達の肩に視線を送る。誰もが、爛れて血を流すほどに爪を立てている。そこにあったのは呪印だった。


「シロー!」

「これはどうしたことで御座るっ!?」


 ジローの後に続き、イチローらの元へと駆け寄る。視線を呪印から離さず、シローは声だけで応じた。


「知らないですわ!サンダーバードが光ったと思ったら、突然、皆が苦しみ出したのですわ!」

「サブロー!ゴロー!見てないで、押さえつけるのを手伝ってください!」

 

 イチローが肩越しに要請してきたため、慌てて駆け寄る。ゴローが足を押さえつけ、俺は左腕を押さえつけた。


(なっ!?なんスか!?この力っ!)


 よほど苦しいのだろうか。華奢な女性とは思えぬほどに、腕には力がこもっている。力を加え過ぎては破壊してしまうため、かなり気を遣う作業だ。イチローがヘルプを求めるのも頷けた。


「ああああああがあああああ!!」

「シロー!まだですか!?」

「ダメですわ!全く分からないですわ!」


 イチローが急かしたから—という訳ではない。本当に分からないのだろう。修道士を押さえつつ覗き見たシローの顔は、焦燥を湛えていた。


「なんなんですの!?意味不明ですわ!?呪術なのは間違いないのです!けれども、呪術だけでは—」

「落ち着いてくださいシロー」

 

 もはやパニックを起こしかけているシローをジローが揺さぶる。焦点の定まっていなかった眼が、ジローを認めた。


「…あ…すみません、ジロー。取り乱しましたわ」


 それだけ告げると、シローは途端に大人しくなる。もはや言うことがないのだろう。本当に何も分からなかったのだ。修道士達は未だにがなり立てているものの、シローでダメならば、俺達にはできることがない。イチローへ視線を送れば、イチローは首肯した後、ケイタイを取り出す。クローディアに対応を打診するつもりに違いない。


「…ダメです。繋がりません…」


 だが、どれだけ経ってもケイタイは繋がらなかった。クローディアがケイタイを手放すことはそうない。まだ日も高く、湯浴みということもないだろう。寝ていたとしても、ケイタイが鳴ろうものなら、彼女は即座に飛び起きる。ならば、なぜ繋がらないのか。よほど重要な話でもしていて、こちらの通話に応えられないのかもしれない。いや、あるいは—


「…また、妖術師っスかね?」

「…ま、まさか…」


 なんとなく、冗談のつもりで口にしたのだが、イチローは考え込むかのように押し黙る。場を弁えない発言だったな—と、反省した。


「あああああぁぁぁぁぁ…」

「ぐううううぅぅぅ…」

「ぎぎぎぎ…ぎ…ぎ…」


 ところが、どうしたことだろう。それまで苦しみ悶えていた修道士達が、次々に大人しくなってゆくではないか。押さえつけていた修道士もまた、腕にこもっていた力は抜け去り、頭はガクリとシートに倒れる。そのまま、力尽きたかのように寝息を立て始めた。


「…な、なにが?」

「分からぬ…どういうことで御座ろうか?」


 玉粒の汗を額に浮かべたまま、眠りこける修道士の姿に、誰ともなく呟く。それを拾ったのはゴローだ。足を押さえていた彼は、頰を摩りながら立ち上がった。蹴られたらしい。


「…他の者達の様子も、見てみるで御座る」

「あ、ああ…そうっスね…」


 そのまま二人で警戒しながらキャビン内を見て回るも、皆、荒い息を吐いてこそいるが、気絶したかのように眠っている。薄気味悪い光景だった。


「メットーラへ着いたら、即座にアビス様らを呼んできてくれますか?」

「承知したっス。一先ず、ここは任せるっスよ?」


 イチローの言に承諾を返し、操縦室へと戻る。はぁ、やれやれ—と首を傾げつつ、操縦席のモニタを見れば、輸送機は峡谷も平原をも超えていた。メキラ王国へと入っていたらしい。


「…もう、空の旅はこりごりで御座る」

「…同感っス」


 後から操縦室へ入ってきたゴローと共に、操縦席へ座る。まだメットーラまでは時間があるため、テーブルの上に放置されていた機内食を手に取った。


「ああ…ぐちゃぐちゃっスね…」

「途中、揺れたで御座るからな」


 こぼれてこそいなかったが、機内食は無残な姿に変わっていた。嘆息しつつも、テーブルの隅に転がっていたフォークを手繰り寄せる。食べ物を無駄にするなど、あり得ないのだ。これでも十分に美味い。


「ははっ、お主のその、食べ物を粗末にしない姿勢は好きで御座る」

「まるで、それ以外は嫌いみたいな言い方っスね?」


 ジト目で毒づけば、ゴローは肩を竦めた。上機嫌に笑うばかりで反省の色は微塵も見えない。もっとも、俺も既に笑っていたりするのだが。


「…アビス様ならば、何か分かるであろうか?」

「あの人でもどうにもならなきゃ、もう、お手上げっスよ」


 ゴローが口にしたのは、修道士のことに違いない。行儀悪く、口を動かしながら応じれば、ゴローは頷きつつも、酒瓶を煽る。


「うぬ…」


 だがしかし、ゴローはしかめ面を作ると、口惜しそうに酒瓶を下げた。もう一滴も残っていなかったらしい。はぁ—と嘆息し、ダストボックスへ酒瓶を放り投げると、不貞寝とばかりに目を瞑るゴロー。


(本当に自由人っスね…)


 死の樹海も避け、今後何かあるとしても、精々がワイバーン程度だろう。それならば輸送機に搭載された武装でどうとでもなる。好きにさせておくことにした。


(ところで、あれはなんだったんスかね…)


 俺は俺で、己の手の甲を見つめる。サンダーバードに襲われた時、脳裏を過った光景を思い出したのだ。俺には生前の記憶はない。けれども、蜥蜴の刺青を思い返すと、妙に落ち着かない心持ちになった。


(あれは…俺の過去なんスか?…俺は、あいつに殺されたっスか?)


 ふと思い立ち、両の手の甲を確認してみるも、古傷などどこにもありはしなかった。

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