24.竜姫、はじめてのりょうりに挑戦する
人間がヴェル達と住んでから変わったのは、衣食住全てにおいてである。
例えば、ほとんど毛皮を守っていただけでのレギスやスコル、ハティといったオークや人狼達も人間のような服を着ることが多くなった。住家もほとんど木の下からちゃんとした家に住むようになった。
何よりも食べ物が多彩なものとなった。始めはなかなか辛い物や臭いの強いものに亜人たちは口に入れようとすらしなかった。だが、竜民たちが味の濃いものを薄めたりすることでだんだんと亜人も人間の味覚に慣れていったのだ。
誤解なきように言うと亜人や魔物たちの文化が乏しいわけではなく、彼らの性質や体質として、また、辺境で人間がいないということから強いて人間の生活様式を取り入れる必要がなかっただけだ。実際、王国に住むエルフやオークたちは人間の文化に馴染んでいるし、逆に彼らの文化が人間の生活にも影響を与えている。
以上のことから、人間の文化をいち早く取り入れたスコルの一日の楽しみは食事となっていた。特にヴェルガルド周辺では王国でも手に入れるのが困難な香辛料や薬味に富んでいること、竜民が背景が多彩な元奴隷と言うこともあり、その味はスコルを始めとした人間の味覚を知らないものたちを満足させ続けていた。
「お~い、かえったよ~」
「おぉ、スコルちゃんじゃないか!」「うわ、大きいな!」「こりゃ食いごたえがありそうだ!」
狼姿のスコルとハティが巨猪をけん引してくる。血抜きを十分したとはいえ、その重さは満杯の荷車を曳いているようだ。それを見た人々は目を丸くしながら見送る。
「おおっと、アンディ大丈夫か」
「あぁ・・・大丈夫だ、ちょっと無理しちまった」
続いてレギスに背負われて帰ってくるのを見て、人々は心配するがアンディは平気そうな声を出す。アンディは元御者とは言え、竜民の中では一番の武芸者であった。実際、追いすがる魔物たちから殿となり馬車を守ってヴェルガルドまで辿り着いた。ハティもあれほどのことは難しいとあとから賞賛したくらいだ。
そういうわけもあって、アンディはヴェルガルドの守もやっていたため、人々はアンディのことを信頼していた。
「アンディは俺がガレノス先生のところに連れて行くよ」
そう言ってレギスはアンディを、2年前にヴェルガルドに移住してきたガレノス医師のところへと連れて行った。ヴェルガルドの豊富な資源があるということと、患者が少ないということからガレノスは研究に没頭していた。それでも患者が来ればその名医をっぷりを見せつけ、竜民の舌を巻かせている。
一方の巨猪はヴェルのテラスの前に横たえられた。
「ほう、これはまた立派なワイルドボアだな」
テラスの上からヴェルはそれを見て、感嘆の声を出す。
「はい、レギス様とアンディさんたちと獲ったものです」
ハティは狼姿のまま、かしずく。
「で~、ヴェルさま~、これを皆で食べたいと思うんだけど~」
「姉さん、ヴェル様に失礼でしょう!」
「よい、確か今の物資は・・・」
「今の食料でしたら1ヶ月分の余裕がありますよ。ヴェル様」
ヴェルに回答するのは傍らのフレイアである。竜民の中では読み書き計算が得意な方である彼女はオルゴ―に勉強を教えてもらい、最近ではヴェルガルドの長であるヴェルをサポートしていた。
「その程度の量があればまあ、あまり貯める必要ないだろう。
ふむ、では二日後に宴会だな」
「やった~、って二日後―!?」
「解体に時間がかかるからな」
ヴェルのツッコミに、さすがにスコルも黙り込んでしまった。
―――
夕方、ヴェルガルドの一角の巨大な炊事場ではワイルドボアが解体されて、あちらこちらに肉片が吊るされていた。どうやら多くの人を養うためにこのような炊事場が用意されていたらしい。地下には常に清水が流れて冷え込んでおり、また湿気を遮断し冷気だけを取り込む氷室も用意されていた。これらの設備も遺跡の遺構を整備した最近になってようやく使えるようになった。
今回のワイルドボアもいくらかの肉は氷室に置かれた。それ以外の肉は二日後の宴に向けて、さまざまな竜民たちが腕を振るって料理をしていた。竜民にとって、このような宴では自分の腕を見せることも重要であるが、なにより故郷の料理を出すことで郷土を懐かしむという意味も込められていた。そのため、誰も彼もが真剣に料理をしている。
そこに炊事場に似合わない小さな頭があちらこちらを動いていた。その白い頭髪はヴェルガルドの者であれば、誰もが見知っているエイルのものだった。
良い匂いにつられてある散歩をしているうちに、楽しそうに料理に熱中しているさまを見つけたのだ。
「たのしそー、わたしもやりたい!」
「駄目ですよ、エイルさま、包丁を使っているのですから」
「わたしもー」
「こらこら、脂を使っているんだから、熱いのが飛び跳ねるぞ」
「おとうたんにもなにかつくりたいよぉ」
「もうちょっと大きくなったら」
炊事場をうろうろしていても、大人の人たちはエイルを遠くにやろうとする。けがをさせてしまったら大目玉だからだ。
「むぅ、わたしもおとうたんにおいしいかおをしてほしい」
「ふふ、エイル様も料理がしたいのですね」
「あ、おか・・・ふれいあ!」
むくれていたエイルにフレイアが話しかける。思わずエイルはフレイアを「おかあたん」と呼びそうになる。これは乳兄弟のグレンがフレイアのことをそう呼ぶのでつられて呼んでしまったいるのだ。そして、そのたびにフレイアに窘められている。
「うん、えいるもおとうたんになにかつくってあげたい!」
「そうですねぇ」
フレイアは少し頭を悩ませる。例えば炒めるとか揚げるといった料理方法は幼いエイルには難しいだろう。燻す、蒸すも加減が難しい。となると・・・。
「あぁ、いいものがありました!
エイル様、こちらへ」
フレイアがエイルを連れて行ったのは、氷室の中だった。
「さむい~」
氷室の冷気に身を縮こませるエイルにフレイアは大きな肉のかたまりと黒い粒の混じった白い粉を見せる。
「なぁに?このこな」
「指につけて舐めてみてください」
エイルはそれを舐めて顔をしかめる。
「しょっぱぁい。これ、おしお?」
「ええ、それと香辛料を少々。ミネヴァさんから少しいただいたんです。
これをお肉につけて、二晩ほどつけるととってもお肉が柔らかくておいしくなるんですよ」
「それっていつもとおなじだよ?」
そう、そんなことをしても肉の塩漬けである。エイルもそれは重々承知だし、フレイアもそうだ。
「ええ、そのままでは肉の塩漬けですが、エイルさまはこれをもっとおいしくできるんですよ?」
フレイアの目を輝かせていた。そんなフレイアを不思議そうに見ながら、エイルはとりあえずフレイアの言う通りにすることにした。
そうして、二晩が過ぎ、宴の日の朝がやってきた。
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