青天の霹靂がおきた場合
オレールは黙って紫依を追いかけていた。
どう言葉をかけようか考えていると、紫依は中庭に出たところで足を止めた。
「紫依様」
オレールの声に紫依が振り返る。その表情はいつも以上に人形のようで何を考えているのか読み取れない。
「すみません、いきなり出て行ってしまって」
声も平静で余計に感情がわからない。
オレールは考えるのをやめて素直に頭を下げた。
「我が皇子が失礼いたしました」
「オレールさんが謝ることではありません。ただ、どう答えれば良いのか分からなくて、つい逃げ出してしまったのです。私はああいう感情がわからないので」
これ以上のことは紫依の私事となるため普通なら訊ねないのだが、オレールは無意識に声を出していた。
「それはどういうことですか?」
「私はこの強い力が暴走しないように感情が鈍感になっています。ですので、ああいう感情が分からないのです。オレールさんは皇子と同じ想いをしたことはありますか?」
オレールはまっすぐ見つめてくる紫依から思わず顔を逸らした。自分でも何故、そのような行動をしたのか理解できない。
オレールは口ごもりながら答えた。
「同じ想い……はありませんが、なんとなく分かります」
「そうですか。では、先ほどのような時は、なんて答えれば良かったのでしょう?」
「紫依様の想いをそのままお伝えすれば良いと思います」
「想い……とは、考えですか?私は自分の世界に還るので、その手はとれません。これでよろしいでしょうか?」
少しでも相手のことを知ろうとしたり、関係を築こうとしたりする前向きな様子がまったくない。
オレールは自分に対して言われたわけではないのだが、なんとなく心が痛んだ。
そのことを隠すようにオレールは平然と頷きながら同意した。
「それが紫依様の想いなら、それでよろしいと思います」
「わかりました。今度お会いしたら伝えますね」
会場での公開ごめんなさいでセルジュの失恋が来賓客にまで伝わっているのに、その上からさらに傷に塩を塗りこもうとしている紫依にオレールは思わず顔が引きつった。
本人は純粋にそう思ったのだろうが、だからこそ性質が悪い。
オレールはセルジュが再帰不能にならないためにも紫依を止めた。
「わざわざ言う必要はないと思います。再び同じようなことを言われたら、そのようにお答えしたらいいですよ」
再び同じことを言うほどの根性はセルジュにはないだろうが、とオレールは思ったが口には出さなかった。
紫依は納得したように頷くと、ゆっくりと振り返って中庭の中心に生えている大木に向かって声をかけた。
「ずっと私の後をつけておられますが、何か御用ですか?」
言葉の内容にオレールが剣を構えるが、その剣を紫依が抑えた。
「私に任せて下さい」
そう言って微笑むと紫依は軽く地面を蹴った。
ドレスで動きにくいはずなのに二、三回地面を蹴っただけで軽やかに大木の根元に降り立ち、そのまま姿を消した。瞬きほどの一瞬の間に紫依は大木から何かを引きずり下ろした。
オレールが走って近づくとそれは鎖で身動きを封じられた黒ずくめの男の姿だった。
「そっちはそれだけか?」
背後からした声にオレールが剣を向ける。
「おい、おい。味方の区別ぐらいしろよ」
剣先には両手を上げたオーブが立っている。
「そちらはいかがでしたか?」
「五人捕まえたよ。今、カミーユが見張りの兵に引き渡している」
「何者でしょうか?」
オーブがかがんで男の顔を見る。男は口まで鎖で塞がれているため声さえ出せず、視線を逸らすことしか出来なかった。
「聞いたところで素直に答えないだろうな。ところで鎖なんてどこにあったんだ?」
「この方が持たれていたのを拝借しました。あと、口の中になにか仕込んである
ようでしたので、それも封じさせてもらいました」
「あぁ」
オーブは自分の武器で縛られている男に気の毒そうな視線を向けた。
「相手が悪かったよな。まあ、これからもっと悪い相手が来るけど。紫依、こいつが指揮官か?」
「この城に入っている人たちの中の指揮官はこの方のようです」
オレールは指揮官と指摘されても平静でいる男を見ながら紫依に訊ねた。
「何故、そう判断されたのですか?私にはただの密偵にしか見えませんが」
「風の雰囲気です」
「風?」
「紫依は風が見えるんだよ。来た、来た」
オーブが手招きした先には朱羅と蘭雪がいた。
「何者だ?」
「聞いても答えそうにないから、頼む」
オーブの言葉に朱羅が顔を背けている男を見た。
「おい」
朱羅が男の襟元をつかんで顔を向けさせる。同時に男の体が硬直したように固まった。
「オーブ、口の鎖を外せ。話ができない」
「へい、へい」
オーブが鎖に手をかけようとしたところでオレールが止める。
「お待ち下さい。先ほど紫依様が言われましたが、口の中に何かを仕込んでいる可能性があります。危険です」
「大丈夫だから、見ていな」
そう言ってオーブが男の口から鎖を外す。
「汝に問う。何者だ?」
朱羅の問いに男は虚ろな瞳でスラスラと答えた。
「アルガ・ロンガ国の密偵」
「目的は?」
「ノゼの街の勇者をバルダの街に到着する前にすり替えること。だが、その計画が失敗したため王都を出発した勇者を襲い、すり替えることになった」
「飛空艇を鳥に襲わせたのは汝か?」
「勇者を襲いやすくするため魔王の城までの足を封じろという命令だった」
「勇者をすり替える目的は?」
「魔王の封印が勇者でなくても可能なことを証明する」
「城に侵入した人数は?」
「私を含めて六人」
「全員捕まえたわけか。寝ろ」
朱羅が男から視線を外す。同時に男の意識が飛んだ。
オーブが再び男の口に手早く鎖をまきつける。そこに中性的な声が響いた。
「密偵泣かせですね。どうやって自白させたのですか?」
暗闇から音もなく現れたカミーユにオーブが説明する。
「朱羅の瞳は相手の意識を支配してなんでも話させることができるんだ」
言葉の内容にカミーユが思わず苦笑いをする。
「敵になると非常に困りますが、味方だと非常に頼もしいですね。できれば先ほど捕まえた人たちからも話を聞き出してほしいのですが」
「その必要はないだろう。こいつ以上の情報を持っているとは思えない。紫依、こいつはいつから後をつけていた?」
「この方は王都に入ってからですが、仲間の方からはこの世界に召喚された時からずっとつけられていました。ただ敵意はなく、私を捕らえる機会を伺っていただけでしたので適度に牽制しながら様子を見ていました」
紫依の発言にオレールが驚愕の表情をする。
「まさか、そんな気配は感じませんでした」
護衛対象が気づいていて、しかも牽制までしていながら自分が気づいていなかったという失態をしたオレールをオーブが慰める。
「紫依は身を守ることを第一に幼い頃から教育されてきたからな。自分を狙うモノに対しての警戒心は人一倍強いんだよ。別にオレールの能力が低いわけじゃない。紫依の能力が高すぎるんだ」
「オーブ、それは慰めになっていませんよ」
カミーユの言葉にオーブが軽く笑う。
「ま、事実なんだからしょうがないだろ。で、こいつらは勇者でなくても魔王が封印できることを証明して、どうするつもりなんだ?」
蘭雪が城を見上げながら言った。
「この国が目的なのだろう。勇者でなくても魔王の封印ができる。しかも自分の国の人間でもできるとなれば、封印はたいした問題ではなくなる」
「ですが、王族の方が封印に加わらなければ成立しませんよ」
「王族に関しては人質でもなんでもとって言うことを聞かせることは出来るだろ。それ以外にも方法はあるが。とりあえず、この国が戦争直前であることに間違いはなさそうだな。諸外国の動向に関する情報はないのか?」
「そんな不穏な動きの情報はありませんでした。アルガ・ロンガ国が戦の準備をしている情報は入っていましたが、まさかこの国に対しての準備だとは思いませんでした」
カミーユの説明に朱羅が頷く。
「だろうな。この国の守りは魔物や野生動物に対してだ。国同士の戦争など考えていない。被害を最小にしたければ、すぐに降伏することだ」
「とりあえず王に報告します」
走り出そうとしたカミーユを蘭雪が止める。
「ついでに私たちが明日魔王の封印に出発することは変更しない。もし邪魔をするなら還ると王に伝えておいてくれ」
「相変わらず揺るぎませんね。これは我が国の問題なので勇者様に頼るのは違うと思いますが、王は泣きついてくると思いますよ」
「だろうな。どうするのだ?」
「なんとかします。明朝に出発できるよう手筈は整えますので」
蘭雪が男前の笑顔を見せる。
「そういうところが気に入ったのだ。では王の方はカミーユに任せて私たちは明日にそなえて休もう」
「そうだな」
その夜はアルガ・ロンガ国からの戦争という寝耳に水の情報が城内を駆け回り重鎮たちが眠れぬ夜を過ごす中、勇者たちは明日にそなえて、そそくさと自室にこもっていた。




