闘技場に集合した場合
リュネットは闘技場の入り口を警備している兵に軽く挨拶をして中に入った。
外の光を通さない頑丈な石作りの廊下を歩いていく。しばらくすると、ひんやりとした空気が少し暖かくなり、太陽の光が降り注ぐ闘技場が見えてきた。
闘技場の真ん中では朱羅が平然と立ち、その周囲で地面に転がっている騎士たち、という最近では恒例となっている光景があった。
ついでに、それを遠くから観戦する貴族令嬢たちの姿も。
朱羅は闘技場に入ってきた二人を団長より先に見つけて歩き出した。
その様子を見て、団長は転がっている騎士たちに休憩の指示を出して朱羅の後を追いかけた。
朱羅のほうから近づいてくるという珍しい事態にリュネットは少しそわそわしながら話しかけた。
「お疲れ様です。朱羅様」
「別に疲れてはいない」
そう言うと朱羅は少し心配そうに紫依を見た。
「遅かったな。まだ体調がよくないのか?」
鉄仮面の代名詞と言われている朱羅の顔に表情が現れたことに、騎士たちと貴族令嬢たちの目が丸くなり、ざわつき出した。
しかし紫依はそんな周囲の様子に気づくことなく少し困ったように笑った。
「そうではありません。道に迷いまして、リュネットさんに連れてきてもらいました」
「珍しいな。紫依が道に迷うとは」
「このような造りの建物は初めてでしたので」
「……そうか」
そこに後ろから追いついてきた団長が声をかけてきた。
「朱羅殿。こちらは、どこのご令嬢だ?姫たちに興味がないように見せて、こんな可愛らしい姫と知り合いになっているとはスミにおけないな」
「この世界に来る前からの知り合いだ。紫依、魔法騎士団、団長のジル・ボワデフルだ。普段は団長と呼んでいる」
「初めまして。ノゼの街の勇者と呼ばれています、紫依です」
自己紹介をした紫依の顔を団長が興味深げに眺める。
「勇者様だったのか。噂通りの姿だなぁ」
団長の言葉に転がっていた騎士たちが一斉に起き上がり、噂に名高い美少女勇者の姿を一目見ようと首を伸ばす。
この国では珍しい艶やかな黒髪と人形のように整った顔立ち。雰囲気も気品が漂い、リュネットと並ぶとどこかの国の王族の姫のように見える。
噂以上の姿に騎士たちの間から自然とため息が溢れた。
紫依と団長がにこやかに挨拶をしている光景を少し離れた柱の影からフェリクスが覗く。
そこに後ろから声がかかった。
「こんなところで何をしているのですか?」
カミーユの声にフェリクスが慌てて振り返り声を潜めながら言った。
「静かに。気づかれる」
「この距離なら気づかれていますよ。それなのに放置してくれているとは紫依は優しいですね」
衝撃の事実に言葉がすぐに出ない。
「なっ……どうして、そんなことが分かる!?」
「オーブから注意事項として聞いていたのですよ。ほら、こちらを見ていますよ」
そう言われてフェリクスが紫依の方を見ると、少しだけ振り返った紫依と目が合って微笑まれた。
絶句しているフェリクスを置いてカミーユとオレールが歩き出す。その二人の後をフェリクスが慌てて追いかける。
「どうしてここに?」
「せっかくの花を枯らすのも残念ですから。どうせならお渡ししようと思いまして」
フェリクスがオレールを見ると手には昨日の花束があった。
「そうか。だが、それより根本的な問題が発生した」
その言葉に二人が足を止める。
「どうしたのですか?」
フェリクスが説明しようしたところで別の声が入った。
「ちょっと邪魔なんだけど。立ち話ならもっと広いところでしてちょうだい」
その声に三人が振り返ると、蘭雪と新緑のような鮮やかな緑色のドレスを来た美少女がいた。
その姿にカミーユが呆れたように声をかける。
「その格好……」
「何も言うな」
一般女性よりもドレスが似合っている姿に、ドレスを着せられている本人より同世代の少女たちのほうに同情してしまう。
だが、それを着させている蘭雪は何も言わずにスタスタと鍛練場の中に入っていった。
「待たせたかしら?」
蘭雪の言葉に紫依が振り返って答える。
「いえ、私も今来たところです」
「なら良かったわ」
にっこりと微笑む蘭雪と、その後ろで少し不貞腐れた顔をしているオーブを見て朱羅が団長に声をかけた。
「団長、剣を一本貸して欲しい。あと、そこで休んでいる騎士たちをスミに動かしてくれ」
「別にいいが何をするつもりだ?」
そう言いながらも団長は騎士たちに指示を出す。
朱羅は受け取った剣の全体を軽く見て紫依に渡した。
「使えそうか?」
紫依も朱羅と同じように剣を見て頷いた。
「はい。問題ありません」
二人が鍛練場の中心まで歩いていく。
その様子を黙って見ていたリュネットに観戦席から降りてきたアドリエンヌとフルールがすざましい勢いで声をかけてきた。
「リュネット、あの子なんなのよ!突然、現れて朱羅様とあんなにお話するなんて」
「馴れ馴れしいですわ!リュネットお姉さまからも注意して下さい」
リュネットが二人の言葉に驚いていると、姉妹の後ろに控えている貴族令嬢たちも同じことを目で訴えていた。
リュネットが対応に困っていると、フェリクスが女性なら誰もが魅了されるという笑み(蘭雪を除く)で声をかけてきた。
「お久しぶりでございます、アドリエンヌ様、フルール様。少し見ぬ間にまた一段とお美しくなられましたね。ですが小鳥のように愛らしいその口にそのような言葉は似合いませんよ」
フェリクスの甘い声にアドリエンヌとフルールが揃って顔を赤くする。アドリエンヌは持っていた扇子で顔を半分隠しながら言った。
「お久しぶりです、フェリクス様。いつ王都にお戻りに?」
フェリクスが微笑んで答える。
「昨日です。姫様方に早くお会いしたい一心で帰ってまいりました」
「あいかわらずお上手ですね」
軽く受け流しているようで瞳はうっとりとフェリクスを見ている。その光景にオレールがため息を吐いた。
「また始まった」
カミーユが軽く笑う。
「いつものことじゃないですか」
そこにオーブが意地の悪い笑みを浮かべた。
そのことにカミーユが気づいて訊ねる。
「何をする気ですか?」
「いたずら」
そう言うとオーブはカツラで長くなった金髪とドレスを軽やかに揺らしながら満面の笑みでフェリクスと貴族令嬢がいる場所へ走った。




