尾行した場合
翌日、フェリクスは紫依の姿を探して中庭を歩いていた。
執事長から紫依が一人で中庭へ歩いていく姿を見たという目撃情報を仕入れていたからだ。
多種多様の花が咲き乱れる中、目当ての人物はすぐに見つかった。この国では珍しい黒髪は思ったより目立つ。
フェリクスがすぐに草陰に身を隠すと、そこに紫依と反対側からリュネットが歩いてきた。
紫依はリュネットの姿を見て微笑んで挨拶をした。
「こんにちは」
その行動に控えていた侍女が硬直した。
このような場面では、普通は王族であるリュネットに対して頭を下げ、声をかけられるか通り過ぎるまで顔を上げないものである。だが逆にそのことをしないということは、この国の人間ではないということになる。
聡い侍女は紫依の外見から噂の勇者であると検討をつけ、一歩下がって無言で頭を下げた。
一方のリュネットは昨日、飛空艇で紫依の姿を見ており、フェリクスからも説明を受けていたので微笑んで自己紹介をした。
「ご機嫌よう。私は第三皇女リュネット・シャブラと申します。ノゼの街の勇者様でしょうか?」
「はい。紫依と申します」
「黒髪で人形のように可愛らしいと聞いておりましたが、まさしくその通りですね。私のことはリュネットと呼んで下さい、紫依様」
そう言って微笑むリュネットの姿も輝く金髪と若草のような緑色の瞳で人形のように可愛らしい。
紫依はリュネットの言葉に少し戸惑った様子で言った。
「様はなくてもいいのですが、この世界の方々は様をつけて呼ばれることが普通なのですか?」
「勇者様のお名前に様をつけるのは当然です」
「では、私はリュネット様とお呼びしたらよろしいですか?」
リュネットが慌てる。
「そんな、勇者様にそのように呼ばれては困ります」
「では、どのようにお呼びしたら……あ、リュネットさん、はどうですか?」
紫依の予想外の発言に頭を下げていた侍女と、草陰で様子を伺っていたフェリクスが転ける。王族をさん付けで呼ぶなど前代未聞である。
だが、当の本人は嬉しそうに手を叩いた。嫌味でもなく純粋に新しい敬称を喜んでいる。
「それは初めてです。是非、そのように呼んで下さい」
「あの、ではリュネットさん。お聞きしたいことがあるのですが、よろしいですか?」
「はい。なんでしょう?」
「鍛練場にはどのように行ったらよろしいのでしょうか?鍛練場がある場所はわかるのですが、そこに行くまでの道が複雑でたどり着けないのです」
リュネットが訳知り顔で頷く。
「侵入者が簡単に目的地にたどり着けないように、わざと遠回りをするように作られていますから、初めての方は迷われて当然です。私も鍛練場に行くところでしたので、ご一緒します」
「ありがとうございます」
そう言って二人が歩き出す。場所が場所だけに花に囲まれた二人は花の妖精のように見える。
フェリクスは思わぬ眼福を堪能しながら見つからないように移動を始めた。
歩きながらリュネットが紫依に声をかける。
「紫依様は朱羅様とお知り合いなのですか?」
「はい。同じ世界にいましたから」
「あ、あの、朱羅様がお好きなものとかご存知ですか?お好きな食べ物とか、飲み物とか」
そう訊ねたリュネットの顔は真っ赤になっている。その光景をフェリクスは微笑ましく感じた。
紫依が前を見たまま首を傾げる。
「そうですね。美味しいものなら、なんでも食べますし。飲み物も美味しいものなら、なんでも飲みますから。特別に好きなものは思い浮かばないですね。本人に聞いてみるほうが良いと思います」
それが出来ないから聞いているんですよ。と、フェリクスが心の中で思わず突っ込む。
だがリュネットは呟きながら真剣に考えていた。
「美味しいもの……美味しいお菓子やお酒はいかがですか?」
「お菓子は甘すぎなければ何でも食べますよ。お酒は飲んでいるところを見たことがないので、わかりません」
「そうなのですか。甘すぎないお菓子ですね」
そう言って微笑むリュネットを見て紫依も微笑む。
「リュネットさんは可愛らしいですね」
突然の紫依からの褒め言葉にリュネットが戸惑う。
「え?あの?いきなりどうされたのですか?」
「表情がくるくる変わって、とても生き生きされています。人はそのような表情をしているとき、とても輝いて見えます」
率直な意見にリュネットの顔が赤くなる。
「いえ、その、朱羅様に少しでもお好きなものを食べていただこうと考えると、こうなってしまうのです。お見苦しいところをお見せしてすみません」
そう言いながらリュネットが両手で顔を覆う。その姿にフェリクスまで微笑んだ。
「自覚無しの初恋とは。リュネット様はやはり可愛らしいですね」
紫依が微笑んでいた表情を少しだけ崩して言った。
「それはとても良い感情ですよ。私には感じられない感情です。えっと、なんて言えばいいのでしょう、この感覚……そう、羨ましいです。その感情があるリュネットさんが羨ましく感じます」
リュネットが顔を上げる。
「感じられない感情、ですか?」
「はい。私はこの強い力が暴走しないように感情が鈍感になっています。感情が鈍感になる前の感情でしたら感覚でなんとなく思い出せるのですが、それまでに感じたことのない感情はわからないのです」
その言葉にリュネットだけでなく、さりげなく後ろについて歩いていた侍女や草陰に隠れていたフェリクスまで息を飲んだ。
「それは治せないのですか?」
「今はまだ。私が自分の力を自分で制御できるようになるまでは、このままです」
「では、一生そのままというわけではないのですね」
「それはわかりません。この力は大きすぎるので……あ、鍛練場とはあれですか?」
二人の目の前に楕円の形をした建物が見えてきた。
「はい、そうです。行きましょう」
リュネットが先導して一行は闘技場へと入っていった。




