フェリクスの場合(後編)
サブタイトルをオーブVSフェリクスにしようか迷いました。
と、いっても勝負になっていませんが。
めずらしくオーブが少し本気になっています。
廊下に出た蘭雪は振り返ることなく追いかけてきたフェリクスに言った。
「手伝いはいらないわよ。本の整理をするだけだから」
「旅に必要なものがありますから、その準備の手伝いをします」
「そう」
蘭雪は興味なさそうに言うと早足で図書館へと向かった。
フェリクスは黙って蘭雪の後ろをついていく。日が沈んで外は暗くなっているが、室内は等間隔に配置された魔石によって明るかった。
蘭雪が重厚な扉を開けて図書館の中に入ると、そこも魔石によって文字が読めるぐらいの明るさは確保されていた。
本が積み上げられた机の前まで来て、蘭雪はふと思い出したように言った。
「旅に必要なものって、何がいるの?」
振り返った蘭雪に満面の笑みでフェリクスが答えようとしたところで別の声が響いた。
「そう言うと思ってリストを作っといたよ」
気配なく現れたオーブがにこやかに紙切れをフェリクスに渡す。
「これ、そろえといて」
思わず赤面しそうになるほど可愛らしい笑顔を向けられ、フェリクスの思考が止まる。
その隙にオーブが蘭雪の隣に立った。
「手伝おうか?」
「大丈夫よ。読み残しがないか見るだけだから。そっちこそ、後片付けはいいの?」
オーブが肩をすくめる。
「さすがに厨房から追い出されたよ。後片付けまで勇者様にさせられないって」
オーブの顔を見て蘭雪が楽しそうに笑う。
「その外見で勇者様って言われてもねぇ」
「好きでこの顔に生まれたんじゃないって」
「あら、私は好きよ。この顔」
蘭雪の発言に思考停止していたフェリクスの頭が働き出した。
「す、好きって……これを?」
フェリクスはそこらにいる少女たちより可愛らしく美しい顔を思わず指差す。どう見ても男には見えず、恋愛対象になるとは思えない。
思いっきり動揺しているフェリクスに蘭雪は口角を上げて言った。
「私は可愛いものが好きなの。一番の好みは紫依だけどね」
恋愛感情の好きではなく、好みの好きという言葉にフェリクスが安心したように余裕の笑みを浮かべてオーブを見た。
「確かに可愛らしいですね」
フェリクスの明らかにトゲがある言葉にオーブがため息を吐く。
「蘭雪が興味ないって分かっていても、やっぱり見ていて面白くないな」
「なに面倒なこと言っているのよ。私は本の整理をするから二人とも、とっとと出て行って」
「はい」
フェリクスが勝ち誇ったようにオーブを見る。
オーブはそんなフェリクスの視線を気にすることなく蘭雪に顔を近づけると耳元で何かを囁いた。
次の瞬間、蘭雪の顔が真っ赤に染まった。
しかも、それは怒りや羞恥からではなく、喜びと恥じらいが混じった可愛らしい赤面だ。
その光景にフェリクスが唖然とした。
今まで、どんなに甘い言葉を囁いても、どんなに尽くしても表情を変えることがなかった蘭雪が恋する乙女のような表情をしたのだ。
それを、この美少女にしか見えない少年がやってのけたことに対するショックも大きい。
状況を思い出した蘭雪が慌ててフェリクスから顔を背ける。
「……オーブ」
上目使いで睨む蘭雪にオーブはにっこりと笑った。
「手伝えることが出来たら言って。じゃあね」
そう言うと今度はオーブが余裕の笑みでフェリクスを見て、普段より低い男の声を出した。
「蘭雪は興味ない人には、とことん興味ないから。これ以上、ちょっかい出すならオレが相手になるよ」
冷めたムーンライトブルーの瞳がフェリクスに向けられる。それだけでフェリクスは心臓を鷲掴みにされたような感覚になった。
圧倒的な強者を前に逃げ出すことも出来ず、自分が立っているのかさえ分からない。今にも地面が崩れて奈落の底に堕ちそうな気分だ。
フェリクスの血の気が引いたところで、オーブがいつもの声で軽く笑った。
「じゃあな」
フェリクスの肩を叩いてオーブがさっさと図書館から出て行く。
オーブの姿が見えなくなって、ようやくフェリクスの体が動くようになった。
全身の力が抜けて今頃、冷や汗が吹き出すように出てくる。
フェリクスが生きていることを実感していると微かなつぶやきが聞こえた。
「不覚だったわ」
フェリクスが声の元を見ると、こちらに背を向けている蘭雪から不気味なオーラが発せられていた。
「あとで覚えていらっしゃい。どう復讐してやろうかしら」
フッフッフッと暗く笑う蘭雪の後ろ姿からは幻覚か黒い闇まで見える。
フェリクスは何も言わず逃げるように早足で図書館から出て行った。
翌日、ご満悦な表情をした蘭雪とやつれたオーブ、そしてその二人から距離をとるフェリクスの姿があった。




