フェリクスの場合(前編)
長くなったので前後編にしました。
その日の夕食、フェリクスは美少女にしか見えない少年が作ったという料理を前に固まっていた。
普段はサラダなどを入れるボールに透明な琥珀色のスープが入っている。そして、その中にパスタのような細麺が浸かっており、その上には火が通った薄切り肉と野菜がのっている。
まったく見たことがない未知の料理を前にフェリクスの隣に座っている神官長も同様に固まっていた。
その反対側では蘭雪が二本の棒を器用に使ってその料理を食べている。その表情は今まで見たことがないほど笑顔で溢れていた。
「美味しい。まさか、この世界でラーメンが食べられるとは思わなかったわ」
料理を作った少年が少女にしか見えない笑顔を蘭雪に向けて言った。
「新鮮な魚介がたくさんあったからな。魚介ダシが効いた塩ラーメンが作れたよ」
満足そうに食事をしていた蘭雪が食べようとしないフェリクスに声をかける。
「食べないの?伸びるわよ」
蘭雪にそう言われてフェリクスは二本の棒を見よう見真似で持った。だが、とてもではないが料理を掴めそうにない。
どうにか料理を食べようと悪戦苦闘しているフェリクスの隣では、カミーユが二本の棒を器用に使って食べている。
「異世界の料理なんて初めて頂きましたが、美味しいですね。このような料理は見たことがありません。この箸という道具も初めて見ました。我が国ではフォークとスプーンで食べますから」
ずっと箸を睨んでいたオレールが諦めたようにため息を吐いて後ろに控えていた若い神官を呼んだ。
「すまないがフォークを持ってきてくれ」
オレールの指示にすかさずフェリクスと神官長が便乗する。
「私もお願いします」
「私も頼む」
そうしてようやく料理を食べられるようになったフェリクスは一口食べての瞳を大きくした。
「美味しい……」
思わず言葉がこぼれる。恐る恐る一口目を食べた神官長も驚愕の表情をして料理を眺めた。
「素晴らしい料理ですね。こんなにシンプルなのに味は非常に複雑で、こんな料理は初めて食べました。オーブ様は料理人ですか?」
その言葉にオーブが嫌そうな顔をしながら言った。
「様付けはやめろって伝わってないのかよ。オレは料理人じゃないからな」
「趣味よ」
蘭雪の説明にオーブが苦笑いをする。
「別に趣味っていうほどのものでもないけどな。どうせ食べるなら美味しいものが良いって思って作っているだけだし」
そこまで言って意味ありげに蘭雪を見た。
「どうせ食べてもらうなら美味しいほうがいいしな」
「あら、オーブが作る料理はいつも美味しいわよ」
蘭雪の言葉にオーブが満足そうに微笑む。
「ありがとう。そう言ってもらえると作りがいがあるよ」
「でも毎日は言わないわよ。面倒だから」
「わかってるって」
蘭雪とオーブのやり取りを見ながら神官長は納得したように頷きながら言った。
「カミーユから報告を受けたときは半信半疑でしたが、本当にお二人はお知り合いなのですな」
神官長の言葉を蘭雪が不機嫌そうに訂正する。
「紫依もよ」
「これは失礼しました」
神官長が慌てて紫依に頭を下げる。それに対して紫依は人形のように少し微笑んで軽く会釈をした。
蘭雪が憮然とした表情で言う。
「力が強い四人を召喚したって聞いたときに、絶対みんな召喚されているって確信したわ。私が召喚されて他の三人が召喚されないわけがないから」
カミーユが首を傾げる。
「何故、断言できるのですか?」
「だって四人の中で一番力が弱いのは私だもの。見れば分かるでしょ?」
蘭雪の発言に召喚された三人以外の全員が言葉を失った。
外見だけで言えば人形のような姿をした紫依はもちろん、一見美少女にしか見えないオーブのほうが黙っていれば蘭雪よりか弱く見える。特に蘭雪を召喚した時の怒りの力を知っている人には信じられない言葉だった。
微妙な空気が流れる中、オーブが慣れた様子で言った。
「それで大人しくしていたんだ。最悪のタイミングで召喚されたから神殿ぐらい吹っ飛ばしているかと思っていたんだけど」
オーブの言葉に神官長の頬がひきつる。
神殿を吹っ飛ばされなかったのは良かったが、あれで大人しくと言わないでもらいたい。だが、その言葉は決して口に出せない。
そんな神官長の心情など知るはずがない蘭雪はオーブと話を続ける。
「後始末のことを考えたら面倒だったから止めたのよ。待っている間は本がたくさんあったから暇ではなかったし」
そこまで聞いてオーブが安心したように言った。
「本当、良かったよ。最悪、街と神殿を吹き飛ばしているかと思っていたから」
「私も学習するわよ。もう、あんな扱いは嫌だもの。でも、向こうはどうなっているか知らないわよ」
「あー」
オーブが気まずそうに天井を見る。二人の会話に入り込む機会を伺っていたフェリクスが会話に入ってきた。
「向こうとは?」
「王都よ。あっちは私以上に危険な状態で召喚したからね」
神官長とフェリクスが固唾を飲む。
フェリクスは努めてさりげなく聞いた。
「どのような状態で召喚したのでしょうか?」
「朝、起きて眠気覚ましのシャワーをしている最中だったと思うわよ」
「シャワーとは?」
「簡単に言うと水浴びよ。それでも、まだ目が覚めていない状態だったと思うわ」
「目が覚めていないと危ないのですか?」
とても危ない状態には思えない話にフェリクスと神官長が首を捻る。これなら自分たちのほうがよっぽど危険だったと思える。
そこにオーブが補足説明する。
「あいつの寝起きは超一級の危険物扱いだ。寝ぼけているから相手が誰か判断しないし、場所も状況も把握しない。と、いうかする気がない。自分を害する可能性があるものは全て容赦なく攻撃する。そんなのが、目が覚めていない状態で突然召喚なんかされてみろ。状況を把握する前に神殿と城を破壊するぞ」
オーブの説明を聞いた紫依が可愛らしく首を傾げる。
「私は何度か起こしたことがありますが、攻撃されたことはありませんよ」
蘭雪が紫依に優しく微笑みかける。
「それは紫依だからよ」
オーブも激しく同意する。
「そうそう。紫依、以外であいつを起こせるとしたらリルぐらいだ。それ以外は絶対無理」
「オーブと蘭雪でも無理なのですか?」
「私は面倒だからしないわ」
「オレも後始末のことを考えたら面倒だから嫌だ」
それは無理とは言わないのでは、と召喚された人達以外の全員が思ったが言葉にする勇気がある人はいなかった。
「そうなのですか」
紫依はいまいち理解できていない様子だが、とりあえず頷いている。
神官長が王都の状況を想像して顔を青くしながら言った。
「そのあたりの情報は入っていませんが、王都の勇者様は第三皇女リュネット様のお言葉でお役目を承諾されたと伝わっております」
蘭雪の視線が鋭くなる。
「それって王族で力が一番強いって人?」
「は、はい」
無意識に怯む神官長の姿にオーブが苦笑いをする。
蘭雪はフゥと軽く息を吐いた。
「悪い予感しかしないわね。明日の朝一で王都に出発しましょう」
オレールが紫依を見たあと蘭雪に言った。
「明日は一日休養をとって明後日に出発する予定です。勇者様たちも慣れない世界での旅にお疲れだと思います。少し休憩をとってはいかがでしょう?」
オレールの提案に紫依が微笑む。
「私は大丈夫ですよ」
その姿に蘭雪の表情が少し曇る。そこにオーブが明るい声で言った。
「オレも問題ない。それより、何でカルシの街からわざわざこの街に来たんだ?距離的にはカルシの街から直接王都に行ったほうが近いだろ」
オーブの質問にカミーユが答える。
「カルシの街から直接王都に行こうとすると砂漠地帯を通らないといけないのです。慣れない人には命の危険さえある場所ですから安全面を考慮してバルダの街に来るようになりました」
オレールが続ける。
「同じくノゼの街から王都に直接行こうとすれば険しい山々と崖がそびえ立っている場所を通らないといけません。非常に危険ですので、バルダの街に来てここから飛空艇に乗って王都へ向かうようになったのです」
「飛空艇?」
フェリクスが自信満々に説明する。
「魔法石を駆使して造り上げた我が国の最高技術の乗り物です。今回の飛空艇は私が作成に携わり改良を重ねた最高傑作です。今まで王都まで二日かかっていましたが、一日で行けるようになりました」
「それで王都の勇者と合流して魔王の封印に行くってわけね。わかったわ」
そう言うと蘭雪は立ち上がった。
「ちょっと準備をしてくるわ。ごちそうさま」
「手伝いましょう」
部屋から出て行った蘭雪の後をフェリクスが追いかける。
その様子をオーブは顎に手を置いて眺めていた。




