大蛇が現れた場合(前編)
長くなったので前後編にしました。
荒地の中にある道らしきところを二台のウマが走っていた。
「バルダの街っていうのは、あとどれぐらいかかるんだ?」
オーブの質問にカミーユが傾いてきた太陽を見ながら言った。
「もうすぐ次の町に着きます。今日はそこで一泊して、明日の朝一で出発すれば昼過ぎにはバルダの街に到着します」
「次の町って昨日泊まった町みたいな感じか?」
「そうですね、同じような感じです。なにか不都合なことがありましたか?」
「いや、魔法技術とやらのおかげで、オレがいた世界と同じ生活水準だったから不便には感じなかった」
「なら、良かったです。この国は異世界の勇者様が教えて下さった魔法技術で他の国より進歩していますから、あまり不便はないと思います。着きましたよ」
三メートルほどの防護壁に囲まれた小さな町が見えてきた。町全体がうっすらと半透明な結界に囲まれている。
二人が乗ったウマが近づくと鉄でできた門が上へと開いた。おかげで二人はスピードを落とすことなく、そのまま町の中へと入っていった。
「やっぱり人の気配は少ないな」
オーブの言葉にカミーユが頷く。
「この町も勇者様がバルダの街へ行くための休憩地点として造られたものです。兵以外の住民はバルダの街に避難しています」
「魔王城までのルートがすっかり出来上がっているんだな」
「何百年も同じことを繰り返していますからね。改良もされていますよ。勇者様には確実に魔王を封印していただかないといけないので」
「ここの守りも魔石で結界を張っているのか?」
「はい。封印の石碑がありませんので、魔石を大量に消費して町全体に強固な結界を張っています。ですが、そんなことが出来るのは勇者様の休憩地点となっているからです。普通の町ではそんなことは出来ません」
「じゃあ、普通の町の人間はどうしているんだ?」
「封印の石碑がある街に避難しています。町は壊れても、また立て直せますから、そのまま放置です」
「壊されるのにまた町を立て直すなんて、なかなか根性があるな」
「そうですか?あ、ここでウマを降りてください」
町の大通りを走り抜けた二人は小さな城の城門の前にいた。
二人がウマを降りると門が開き、中から鎧を着た中年の男性が出てきた。
「お久しぶりです、カミーユ殿。そちらが勇者様ですか?お美しい方ですな」
「お久しぶりです、セドリック将軍。オーブ、こちらはこの町を治めているセドリック将軍です。セドリック将軍、こちらはカルシの街の勇者様、オーブです」
カミーユの言葉遣いにセドリックが苦笑いをする。
「カミーユ殿、いくら勇者様の従者役になられたとはいえ、勇者様を呼び捨てにするとは関心いたしませんぞ」
「いいんだよ、オレがそうしてくれって言ったんだから」
オーブの発言にセドリックが大げさに驚く。
「それは、それは寛大な勇者様ですな。失礼をいたしました」
セドリックの言葉使いにカミーユが笑いをこらえたように吹き出した。
「セドリック将軍、オーブはこのような性格ですので猫をかぶる必要はありませんよ。いつもの調子でお願いします」
その言葉にセドリックは綺麗になでつけていた髪をガシガシとかいて崩した。
「あぁ、そうさしてもらうぜ。あの言葉使いは肩が凝っていけねぇや」
そう言って肩をグルグルと動かす。その姿にオーブは納得したように頷いた。
「やっぱり、それが本性か。まあ、そっちの方が外見とも合っているな」
オーブの感想を無視してセドリックは腰を屈めてオーブの顔を観察した。
「しかし、今回の勇者様はえらく綺麗な嬢ちゃんだな。兵達が変な気を起こさないよう見張らないといけねぇな」
その言葉にオーブは極上の笑顔を浮かべると、初対面の人ならほぼ全員が驚く事実を言った。
「オレは男だ」
衝撃の一言にセドリックは口を開けたまま固まった。人間は本当に驚くとこんな表情をするのかというほどの見事な反応だ。
「うそ……だろ?」
ようやく出た言葉をカミーユが否定する。
「残念ながら本当です」
セドリックはカミーユを見たあと、もう一度オーブをじっくりと見た。
「カミーユが言うなら本当だな。それにしても神様も意地が悪いよな。こんなに綺麗なのに男にするなんて。これなら男と知っても変な気を起こすヤツがいそうだ」
その言葉にオーブは先ほどの極上の笑顔とは別の不気味な笑顔を浮かべた。
「その時は二度とそんな気が起きないように潰してやるさ。ようは性欲がなくなればいいんだからな」
オーブの雰囲気にどこを潰すのか誰も聞けなかったが想像はついた。セドリックは苦笑いをしながら城内を指差した。
「そんなことにならないように兵を見張らせるさ。ウマは片付けておくから、中に入って休みな。食事の準備もできているぞ。食べるか?」
「そうですね、いただきましょうか」
「あぁ」
二人はセドリックの案内で城の中へと入っていった。
通されたのはそこまで広くはないが趣味の良い調度品で飾られた客間だった。
「すまねぇな。兵以外はほとんど避難しているから、豪勢なもてなしができなくてよ」
「寝る場所と食べ物があるだけで十分だ、ありがとう」
オーブの言葉にセドリックが笑顔になる。
「勇者様があんたで良かったよ。料理を運ばせてくるから待っていてくれ」
そう言ってセドリックは客間から出て行った。
「面白い人だな」
オーブの意見にカミーユが同意する。
「はい。軍の中でも異色の将軍です。ですが兵たちからの信頼は高いです」
「だろうな。お、来たな」
若い兵士が食事を乗せたワゴンとともに部屋に入ってきた。顔を伏せたまま無言で食事をテーブルに並べると挨拶も無しにそそくさと出て行った。
その態度にオーブが首を傾げる。
「なんなんだ?」
なんとなく事態を察したカミーユが笑いながら言った。
「顔を見るなって厳命されたのでしょう。セドリック将軍なら言いそうなことです」
「それで、あの態度かよ。まあ、いいや。食べよう」
二人は湯気が上がる食事を食べ始めた。
「そういえば、オーブがいた世界とは、どんなところですか?」
カミーユの質問にオーブがパンを食べながら答える。
「そうだな。まず、魔法はないな」
「魔法がないのですか!?」
珍しく大声を出したカミーユを見て逆にオーブが驚いた。
「どうしてそんなに驚くんだ?」
「始めに召喚されたときに魔法陣を見ただけで内容を理解した上、書き換えて自分の世界に還ったではないですか。ですから、てっきり同じような魔法があるものだと思っていたので」
「あぁ。確かに魔法が完全にないわけじゃない。黒魔術やら、妖術やら似たようなものはある。ただ、それを実施できる人間は極少数だから、ないのと同じようなものなんだ」
「では、どのように生活しているのですか?魔法なしでこの世界と同じ生活水準は難しいと思いますが」
「魔法の代わりに科学っていうものがあって、この世界と同じような乗り物や道具がある。使用するのに魔力を必要としないから、誰でも使うことができるし、大量生産もされているんだ。あと、いろんな国があって、この国に似た文化を持った国もあるし、全く違う国もある。オレが今住んでいる国は、その中でも独特でさ。家には靴を脱いで入るし、床に座って生活をしているんだ」
「それは変わった習慣ですね。この世界でも遠い異国の地に、そのような習慣のある国があると聞いたことがあります」
「へぇ、その国って黒髪、黒瞳の人が多かったりする?」
「はい。ただ、その国は他国との交流を長いこと断絶していますので、あまり情報が入ってこないんです」
「なんか、ますます似ているな」
オーブの言葉にカミーユが食事をしていた手を止める。
「そちらの国も交流を断絶しているのですか?」
「昔はしていたんだとよ。今は交流しまくりだけど……なんか外が騒がしいな」
ドアの外で慌ただしく走り回る足音が聞こえる。そこにセドリックが乱暴にドアを開いた。
「カミーユ!悪いが急いで来てくれ!」
二人はほとんど食べ終えていた食事を置いて部屋を飛び出した。




