二人の仕事
月日は流れ、二人は九歳になっていた。
体つきが一回り大きくなるにつれ、村の中で任される仕事も徐々に増えていった。畑仕事の手伝いに、木こりの仕事、鍛冶場、山での狩と採集。
小さな陽だまり村では、二人の子どもたちの成長もまた、みんなの楽しみの一つだった。
村の中心にある、誰のものでもない小さな畑。
ここで実った作物は、秋になれば村の全員で等しく分け合われる。
「うりゃああっ!」
気合十分な声を上げ、ガレスは力任せに鍬を振り下ろした。ザクッと派手な音がして土が大きく跳ねるが、その荒々しすぎる手際に、畑の隅で作業していた村の老農夫がすかさず声を荒らげる。
「コラ、ガレス! そんなめちゃくちゃに耕したら土が死ぬぞ!」
「へへっ、わりぃわりぃ!」
ガレスは頭を掻きながら豪快に笑う。一方、その隣でヒロはしゃがみ込み、土の湿り気や硬さをじっと観察しながら、一鍬一鍬、丁寧に地面を返していた。
「早くても雑じゃ意味ないでしょ。ほら、見てごらん、そこをもっと均さないと芽が出にくいって、前にも言われたはずだけど」
ヒロの冷静な指摘に、ガレスは「あぁ、もうめんどくせぇ!」と鍬を放り出すと、「俺はこっちの力仕事やるわ!」と言って一人で重い土嚢の運搬へと走っていってしまう。
その様子を見ていた周囲の大人たちは、「はっはっは、相変わらず対照的な二人だな!」と声を上げて大笑いした。
早朝の畑仕事が終わると、村の裏手にある森での木こりの仕事が始まる。
ここでは、ガレスの圧倒的な怪力がその真価を発揮した。
九歳でありながら大人用の大きな斧を軽々と持ち上げ、ずしりと重いその刃を頭上へと担ぎ上げる。
「それっ!」
ガレスが全身のバネを使い体重を乗せて斧を振るうと、凄まじい風切り音とともに、太い幹が一撃で深く抉り取られた。力任せの畑仕事とは違い、斧の「重さ」と自分の体格のバランスを本能的に理解しているのか、その軌道には無駄がなく、あっという間に木を倒していく。
ガレスが豪快に倒した大木を、今度はヒロが小さめの斧で丁寧に細かく割っていく。
節を見極め、最小限の力でスパリと薪の形へと整えていく手際は、これまた見事なものだった。
その様子を近くの切り株に腰掛けながら眺めていた村一番の木こりは、二人の仕事ぶりに静かに目を細めていた。
ヒロの手際には、力の足りなさを知恵と技術で補う確かな工夫がある。
「……器用なもんだ」
小さく感心した木こりだったが、その視線はやはりガレスへと吸い込まれていく。
ガレスの引き締まった体つき、そして斧の重みを殺さずに全身で受け止める見事な振り下ろし。九歳の少年とは到底思えないほど、その身体の使い方は板についていた。
木こりは静かに目を細め、怪物の片鱗を覗かせる少年の一挙手一投足を、ただただ圧倒される思いで見つめていた。
ヒロは自分の作業の手を止め、そんな相棒の背中をチラリと一瞥する。
(本当に、敵わないな……)
悔しさよりも先に、ただ圧倒的な才能への感心と、どこか誇らしい気持ちが胸を通り抜けていく。
薪作りが終わると、二人は崩れそうなほど大量の薪を抱え込み、夕暮れ前の鍛冶場へと向かった。
鍛冶場に到着するやいなや、ガレスは言われるまでもなくいつもの定位置へと向かう。
モルドから与えられた仕事は、常に「薪をさらに細かく割る」ことだけだった。
それ以外の仕事をガレスが任されることはない。
以前、好奇心に駆られたガレスに槌を持たせ、赤熱した鉄を打たせたことがあった。
その時、ガレスは有り余る怪力に任せて力任せに鎚を振り下ろしたのだが――モルドは一言も発することなく、ガレスの手から容赦なく鎚をひったくり、そのまま奥へと追いやってしまったのだ。
「ちぇっ、何がダメなんだよ!」
ガレスは頭をポリポリとかきながら、ぶつぶつと文句を言いつつも、豪快に薪割りへと戻っていった。
どうやらあの怪物の荒削りすぎる力では、モルドの求める繊細な鉄の芸術には合わなかったらしい。
その代わり――とばかりに、いつの間にかヒロが槌を握り、モルドが見守る中、鉄を打つようになっていた。
モルドの口数は、相変わらず極限まで少ない。
言葉で教えることはほとんどなく、技術を伝えるのは専らその無骨な体を通してだった。
鋏の持ち方が狂っていれば、背後から無言で太い手が出現し、ヒロの手首をガシリと掴んで正しい位置へと強制的に修正する。
槌を打つ角度がわずかにズレていれば、何も言わずにヒロの体を背後から包み込むように支え、その体重の乗せ方と軌道を筋肉の動きそのもので叩き込む。
言葉なき指導。ヒロには合わないはずだった。
しかし、その体を通した教えはヒロの頭脳と身体に、驚くほど自然に染み込んでいった。
一心に鉄を打つヒロの姿を横目に、ガレスは持ち前の怪力ですべての薪割りを一瞬で終わらせてしまうと、「それじゃあ行ってくる!」と気負いなく村の裏手にある山へと駆け出していった。
狩猟採集のための入山。
かつてはただ無鉄砲に走り回っていただけのガレスだったが、九歳になった今、その動きはまるで一頭の猛獣そのものだった。
音もなく木立の間を縫い、気配を完全に消して獣の群れへと忍び寄る。
同行していた村のベテラン狩人は、背後からその背中を見つめながら、幾度となく驚愕に目を見張っていた。
教えた覚えのない動きを、いつの間にか自分のものにしている。獲物の死角を突き、風向きを読み、一瞬の隙を逃さないその姿に、ガレスが九歳の子供であることを忘れそうになった。
ガレスが仕留めた大物を担いで村へ戻ると、それを合図にしたかのように、村の小さな広場がにわかに活気づいていく。
「おっ、ガレスの野郎、今日もすげえ大物を仕留めてきやがった!」
誰の声掛けがなくとも、村人たちは次々と自宅から料理や鍋、自家製の酒や果物を持ち寄り、あっという間に賑やかな宴会の準備が整った。
中心の炉ではガレスが仕留めた獲物が豪快に炙られ、香ばしい肉の匂いが夕暮れの村の空気に広がっていく。
畑で採れた野菜を持ち寄る者、特製のスープを大鍋で煮込む者。
持ち寄られた色とりどりの食材が広場の中央を囲み、誰もが満面の笑みを浮かべてグラスや皿を掲げた。
「おいヒロ、早く来いよ!肉無くなっちまうぞー!」
広場の端から、ガレスが満面の笑みで大きく手を振る。
鍛冶場から戻ってきたばかりで煤けた顔のヒロは、呆れたような、しかし仕方のないといった表情で小さく笑った。
理屈を極め、技術を吸収するヒロと、理外の才で野性を開花させるガレス。
対照的な二人の少年を中心に、陽だまり村の夜は、温かな笑い声と豊かな恵みの匂いに包まれていくのだった。
パチパチと音を立てて爆ぜる焚き火の明かりが、満足げに膨らんだ二人の腹を赤く照らしている。
広場の隅に並んで座るヒロとガレスは、美味しい肉と温かいスープですっかり満腹になり、こくりこくりと小さく頭を揺らしていた。
さっきまで威勢よく肉を頬張っていたガレスも、今は抗えない睡魔に襲われ、コクンコクンと大きな首を何度も縦に振っている。その隣でヒロも、半分トロンとした目をこすりながら、うつらうつらと意識を手放しかけていた。
そんな二人の様子を、少し離れた場所から村人たちが慈愛に満ちた目でそっと見守っている。
二人の両親が死んでからあっという間に歳月が流れた。
ガレスは年齢に似つかわしくないほど逞しくなり、ヒロも鋭い知性と確かな技術を身につけている。
二人はもう、少しずつ「守られるだけの子供」ではなくなり始めていた。
それでも――。
うつらうつらと舟を漕ぎ、完全に眠気の海に沈みかけている彼らの姿を見れば、胸に去来するのは変わらない親心だった。
どんなに体が大きくなろうと、どんなにすごい才能を持っていようと、村人たちにとって二人はいつまでも、自分たちの可愛い「我が子」に違いなかった。
「……そろそろ、限界みたいだねぇ」
村の老婆がくすくす和やかに笑いながら、そっと立ち上がる。
がっしりとした体格のガレスを「よいしょ、っと」と声をかけながらおぶい、もう片方の手でトロンとしているヒロの小さな背中を優しく支え起こした。
村の大人たちが二人の体をそれぞれ抱え上げ、それぞれの家へとゆっくり運んでいく。
冷えないようにと布団を首元まで引きかけ、乱れた寝癖を優しく撫で直してやると、二人は心地よい安心感に包まれたまま、スヤスヤと深い眠りに落ちていった。
子供たちの寝息を確認し、大人たちはそっと部屋の扉を閉める。
そして、再び賑やかな喧騒の残る広場へと戻っていった。
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