↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
見習い冒険者はいつになっても正式採用を受けない  作者: Patriot
七歳〜十歳

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
3/86

鍛冶場

結局あれから何本もの打ち合いが行われた。


ヒロが数本取れば、それを帳消しにするかのような一本をガレスが取り返す。


それを繰り返すうちに、あっという間に時が過ぎーー


「ガレス、そろそろ仕事の時間だ」


ヒロは服についた砂を払い、木剣を腰へ差し直す。すでに陽は高く昇り、村の日常が本格的に動き出していた。


「げっ!」


ガレスが空を見上げ、途端に顔をしかめる。


「もうそんな時間かよ!?」


「ああ。急がないと、親方の鉄槌が落ちるぞ。文字通りね」


ガレスは慌てて木剣を放り投げ、散らばった荷物をまとめ始めた。


……と思った次の瞬間だ。


「いや! 十回だけ!」


そう叫ぶや否や、ガレスは再び木剣を掴み、猛然と素振りを始めた。


「十回で終わった試しがないんだけど」


ヒロは呆れと諦めが入り混じったため息をつき、頑固な相棒を置いて一人、村の鍛冶場へと向かった。


鍛冶場に近づくにつれ、熱せられた鉄の刺すような匂いが、爽やかな風に混じり始める。


この村で唯一の鍛冶場。そこを一人で切り盛りするのは、親方モルドだ。

無口で頑固。村一番の偏屈者と名高いが、ヒロにとってそこは特別な場所だった。


炉の火加減、鉄の焼き色、鎚を振り下ろす正確な角度。

モルドの仕事には、無駄というものが一切存在しない。一打一打が、まるで数式のように美しい答えを導き出していく。


(どうして教えないんだろう)


ヒロは作業の端々でいつもそう思う。

この技術を言葉にして、理論として残せばいい。誰にでも再現できる形にすれば、多くの職人が育つはずなのに。


『見て盗め。盗んで覚えろ』


その教え方は非効率極まりない。けれど、ヒロはその厳格な鍛冶場の空気を、どこか愛おしく感じていた。


「よお! 親方ぁ!」


鍛冶場の静寂が、遅れて飛び込んできたガレスの声に破られる。


炉の前に立つモルドが、ゆっくりと振り返る。

口は開かない。ただ、「遅い」とでも言いたげな鋭い視線を向けた。


「……す、すまん」


ガレスは即座に察し、薪割り場へと駆けていく。

ヒロは黙ってフイゴの前に立ち、手慣れた手つきで空気を送り込んだ。

炉の炎が唸りを上げ、赤かった鉄が白に近い輝きを帯びていく。

モルドが熱せられた鉄を挟み、金床へ据えた。


一定の間隔で寸分の狂いもない鎚の音が鍛冶場に鳴り響く。ヒロは夢中でその軌道を追いかける。力の乗せ方、角度、熱の逃げ方。すべてが理にかなっていた。


(……綺麗だ)


効率だの利益だの、そんな瑣末な考えを忘れてしまう。ただ鉄が形を変えていく過程が、たまらなく美しかった。


「ヒロ」


不意にモルドが口を開いた。


「温度を上げろ」


「はい」


ヒロは即座にフイゴを強く引く。炎がさらに勢いよく唸りを上げ、モルドは再び鎚を振り下ろした。

ヒロはその背中を見つめながら、今日も一つでも多くの「答え」を盗もうと、目を凝らしていた。


作業が一段落し、鍛冶場に穏やかな静けさが戻った。

モルドが無造作に放り投げた水差しを、ガレスはふわりと片手で受け止める。


「ぷはぁっ!」


喉を鳴らして一気に飲み干すと、ガレスは満面の笑みで水差しを突き出した。


「生き返る! 親方、おかわり!」


図々しい一言にも、モルドは何も言わず、黙って水差しを受け取ると奥へ消えていった。

その後ろ姿を見送りながら、ヒロは小さく笑みをこぼす。


「本当に親方に気に入られてるよね」


「そうか?」


ガレスは首を傾げ、きょとんとしている。


「ヒロの方が気に入られてると思うぜ?」


ヒロは苦笑する。ガレスには、他人の本質を見抜く野性的な嗅覚がある。無骨な背中の奥に隠された優しさを、理屈ではなく本能で感じ取っているのだ。


その時だった。


ヒロの視線が、作業台の脇に置かれた古びた工具箱へ吸い寄せられる。

吸い込まれるように近づき、静かに蓋を開けた。


「……っ」


息を呑んだ。

鑿、鏨、金槌、ヤスリ。

長年使い込まれた道具たちが、一分の狂いもなく整然と並んでいる。

刃には無数の傷があり、柄には使い込まれた跡が色濃く残っている。

だが、どれ一つとして錆びていない。丁寧に磨かれ、いつでも「最高の仕事」ができるよう手入れされていた。

それは単なる道具ではない。モルドという男の人生が、そこに静かに横たわっていた。


「何を見ている」


低い声に、ヒロは肩を震わせて振り返った。水差しを持ったモルドが立っている。


「すみません、勝手に……」


慌てて頭を下げたヒロに対し、モルドは怒る代わりに工具箱へ視線を落とした。そして、静かに蓋を閉める。


「……まったく」


ぽつりと、低く呟く。


「珍しいガキだ」


ヒロが顔を上げると、モルドは一度だけ、わずかに口角を上げたように見えた。


「道具を見て、そんな顔をするガキは初めて見た。」


それだけ言うと、モルドは背を向け、再び炉の方へ歩いていった。

その後ろ姿は、先ほどよりもどこか軽やかで、誇らしげに見えた。

お読みいただきありがとうございました!「続きが気になる」「面白い」と思っていただけましたら、画面下の「ブックマーク登録」や「★(評価)」で応援していただけると励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。