1.カナモリ家へようこそ
「今日からお世話になります」
何度も練習してきた挨拶をポツリと小声で言ってみる。
住んでいる田舎とは大違い。巨大な駅で、紙に適当にメモされただけの情報を頼りに待ち合わせ場所で待つ。
とにかく、誰か迎えに来ますように。
でなれけば、夏休みの間、ずっとここで野宿になる。お父さんから渡されたのは、くしゃくしゃになったお札、数枚だけだ。
12才の子どもが、これだけで生きていくのはかなり厳しい。
もう1人で留守番くらい出来る。だが、そうも言っていられないくらい、我が家は生活に困っていた。おそらく、電気もガスも止められたのだろう。
「それにしても、ゲームで知り合ったいい人って、やっぱり怪しいよな」
「まったくもって同感だ。私の息子も無責任なものだが、いい大人がゲームで知り合った素性も知らない相手に子どもを託すなど、まったくもって信じられん」
「えっ?」
うつむいていて気づかなかった。長身に柄の入ったスーツをぴったりと着こなし、左目には片方だけのメガネをかけている。年は……親と同じくらいだろうか?
「君はゾン君かな?」
「はっ、はい。カナモリさんですか?」
見た目は怪しいが、待ち合わせ時間ぴったりに、僕の名前を知っているとなると、おそらくこの人がお迎えにくると言っていたあのカナモリさんなのだろう。
「うん。初めまして。ただ、私は君の父親が約束したカナモリではない。もしそうなら、君は私についてくるべきではない」
「は、はぁ」
もしや騙された? ただでさえ、こんな妙な格好のおじさんが来て不安だというのに、ますます後悔が押し寄せる。
「私の息子が、どうやら君を預かると約束したようだ。ほら、さっさとご挨拶をしなさい」
背の高い男が後ろを振り返り、軽く背中を押し促すと、同じ年頃の男の子が現れる。
「へへっ。俺リヤード!! 宜しくな」
「……うん」
嘘だろう。父さん、こんな子どもにネットゲーム仲間って言ってたのか。
だが、男の子の登場でさきほどまでの緊張が少し落ち着く。
良かった。どうやらただの親子っぽいな。でも、約束したのが子どもなら、預かるって話を断りに来たんじゃ。
頭の中で、帰りのチケットが買えるか、その後の食費はいくらになるか。何度も考えては到底足りない計算をもう一度考える。
ダメだ。やっぱり、チケットは安めのバスでなんとか帰れたとしても、雑草を食べるしか方法はなさそうだな。
「とりあえず、行こうか」
リュックを持たれ、慌てて顔をあげる。
「行くっていうのは……」
「うん? 我が家に泊まるのだろう? それにしても荷物がずいぶんと少ないが、あとから送られてくるのか?」
「いえ、これだけです」
顔が赤くなるのが分かる。荷物には、下着が数枚、シャツやズボンも1着ずつしか入っていない。これから夏休みの間中お世話になる人間の荷物量ではない。
「だから言っただろう? お金がなくて頼る人がいないって!!」
隣で立つリヤードは、家の事情を大声で話す。
「だから、そういう話は人前で……はぁ。とりあえず、乗りなさい」
「乗る? ですか? でも、ここは……」
ここは駅のホームから離れ、人気のない出口だ。車もバスも見当たらず、目の前にはただ大きな池がある。
「少し待ってくれ。今あげる」
あげる?
そう言うと、腕時計を操作するように触り、すっと近くに寄ってくる。
「どうしたんですか?」
その時、大きな水しぶき音とともに、池から巨大な潜水艦が現れる。
「っ!?」
思わずよろけそうになると、肩を支えられ、申し訳なさそうにこちらを見る。
「ここはカナモリ家専用の出口だ。他の一般人が使うことはないから人気がなく不安にさせただろうか?」
「いえ……」
カナモリ家専用? なんだ、これは。
不安に寄り添ってくれているのだろうが、とんでもない人達に頼ってしまっているのではと、ますます不安になったとはとても言える雰囲気ではなかった。




