第5話 ならば走れ!真理へと!
戦ばかりで人が死ぬ。お触れが出る度に人々の心は枯れ果てて、遂には傭兵が街に住むようになった。町の人々は始めの頃は喜んだ、彼らのおかげで戦に出ずとも幸せに暮らせるのだと。しかしそれもすぐに終わりが来た。傭兵は当たり前の権利だといい、酒場や店で踏み倒し、道を歩く女を見つけると自分達の下へ引っ張り込んで犯してしまう。酷く暴れたために殺された者もあり、時折町の片隅に身包み剥がされて棄てられている。人々は傭兵たちと距離を取り、彼らが町を歩く時間になるとぴしゃりと開いているドアに鍵をかけた。どこもかしこも閉まっており、しんと静まり返った町中を傭兵たちは歩いていく。少しでも灯りが漏れようものならば、ドアを蹴飛ばし、酷く暴言を吐いた。
新しい戦の話があり、傭兵たちは喜び勇んで飛び出した。戦はすぐに終わった。天から落ちた火が野を焼き尽くし、敵味方関係なく燃やし塵にしてしまった。戦場に残ったのは季節風だけで、そこで戦があったなど言われなければ誰も知ることはない。塵となった傭兵たちの魂は空高く舞い上がったが、天に阻まれて地へ堕ちた。深い谷底に落ちて、岩にぶち当たると土の上に転がった。痛みに体を震わせていたが、土の中から無数の手に捕まれて引きずり込まれていく。恐怖に囚われて喚き散らすも掴んでいる手の先には暗闇があるだけで、振りほどくことも文句を言うこともできなかった。長い時間をかけて魂たちは深く深く落ちていく。もうどちらが上で下なのかも判断できないほどに、闇に埋もれている。すぐ傍を堕ちていた他の傭兵の姿も見えず、恐怖だけが支配していた。
これが死か?こんなものが?傭兵の頭をよぎるのは死の感覚。しかし実体はなく傭兵は死んでいる。死者の魂となり深く深く落ちているのだ。戦で天の火に焼かれたことすら記憶にない。哀れな男なのだ。
幾度か眠りについて、傭兵は目を覚ますと目の前に異形が立っている。その姿が恐ろしくあまりに不気味だったので傭兵は後ずさりすると体を縮めた。異形は大変大きく筋骨隆々の体に蛇の頭が乗っている。その目は大きく、視線が合うだけで食い殺されそうだと傭兵は錯覚した。だが異形はこちらには気付いていない。なので傭兵はゆっくりと後ずさりして隠れる場所を探した。辺りは異形よりも大きな塔が立ち、それがずらりと並んでいる。そして傭兵の後ろには巨大な石の壁がどんと聳え立っている。
その壁の一部が開いていることに気付き傭兵はそこへ走り出した。異形はあちらを向いている。今ならば飛び込める。傭兵は走り、必死でそこの隙間に入り込むと壁に背をぴたりとつけて息を吐いた。そこには同じような壁があった。それは左右に広がっている。なんだこれは?そう思った時、冷たい汗が背中をつうと流れていく。傭兵はゆっくりと顔をあげて天を仰ぐ。
上から大きな蛇の顔がじっと見つめている。ちらちらと細い舌が口から遊ぶと、ニチャッと言う音を立てて蛇の口が大きく開いた。
「悪しき者よ、この迷宮で命を乞うか?それともここで死を乞うか?」
傭兵はぶるぶる震える体を両手で叩き、歯を食いしばる。
「命を!」
「ならば走れ!真理へと!さもなくば」蛇は両手をパチンと叩くと聞いたことのない言葉で何かを呟く。それがカウントだと気付いた時には傭兵は走りだしていた。片手に壁を伝い、ただひたすら走っていく。しかし頭上からカウントの声と何か這いずる音が響いている。それは恐怖となり足がガタガタ震えたが必死に足を動かし続けた。やっと壁が目の前から消えた時、何かが砕ける音が耳元でした。そしてずるずると視界の端に蛇の鱗が見えたのだった。




