第4話 天使よ、私の懺悔を
町外れの小さな教会には誰もいない。いや、たった一人牧師だけが悔い改めている。石造の前に跪き、両手を組んで頭を垂れていた。明朝にはきっとまた多くの子供が川で見つかることだろう。耳を澄ませると今朝からの雨がまだ酷く降っている。また増水は免れない。昨日説教した言葉を思い出して牧師は顔をあげた。ふと床板がきしむ音がして牧師は振り返る。そこには一昨日酒場であった男がいた。
その男は若い紳士で、神が端整を込めて作ったのではないかと思うほどに美しい人だ。軽く会釈し若い紳士は椅子に座ると両手を組み頭を垂れた。牧師はまた初めて会った時と同じく、若い紳士に見惚れている。いけないと思いつつもどうしても目で追ってしまい、気付かぬうちに彼の傍に立っていた。組んだ指にそっと手を重ねて目を閉じる。暖かい指、男性的な骨格に美しい皮膚が乗っている。牧師の手から若い紳士の指がなくなると、ハッとして目を開けた。その顔を若い紳士はじっと見つめている。美しい瞳には何か混じっている。瞳の奥に吸い込まれそうになりながら牧師は唾を飲んだ。
「失礼しました」詫びたものの、本当は彼の手を握っていたかった。この天使のような人の手に触れていたかった。
「いいえ」と若い紳士は微笑み、牧師の瞳を見つめている。その瞳がゆっくりと瞬きをすると、長い睫毛が揺れた。
「どうなさいましたか?」若い紳士の問いかけに牧師は目を逸らせずに、二人は見つめあったままだ。
「いいえ……」そう答えるも牧師は目を逸らしてしまったら、この美しい若い紳士が消えてしまうのではないかと気が気でなかった。若い紳士はそれを知ってか知らずか、牧師の瞳を見つめている。
「先ほどまで酒場にいたのですが、子供がいなくなったそうです」
「そう……ですか」牧師の答えに若い紳士が溜息をつく。
「心配ではありませんか?大雨が降るたびに誰かはいなくなる、牧師様は皆の無事を祈っていたのではないのですか?」
「勿論」間髪入れずそう言った牧師の胸に小さな嘘が刻まれる。嘘なのだ。全て祈りなど捧げていなかった。そうにしかならないのだから。
牧師は若い紳士の手を握るとその場に膝をついた。
「どうか私を導いてください、私の懺悔を聞いてください」牧師の懇願に若い紳士は小さく頷くと牧師の手を優しく包んだ。
「雨の夜のこと……」牧師は酒場から飛び出した日をもう一度繰り返した。
町は大きくはない。小さな町で橋が隣の町と繋いでいる。その橋を旗が乗った棺が通る時、牧師の仕事は始まる。金になるとはいえ嬉しい仕事ではない。儀式を行い死者を送る。皆、涙ながらに感謝しそれぞれが帰路につく。けれど牧師には秘密があった。誰にも言えない秘密の事。牧師は口に出しかけて飲み込むと、若い紳士の顔をうかがった。彼は微笑を浮かべて牧師の懺悔を待っている。しかし口に出すのが怖くなり、握っている美しい手を離そうとしたが若い紳士は首を振る。暖かい指が牧師の指の間を埋めた。吸い込まれそうな瞳に息が荒くなり牧師は全てを吐き出した。
「私は……子供を殺し、犯しました。分かってはいるのです、しかし衝動が止まらないのです。皆が私を信じ、ここへ運んできます。そしてまた私は罪を犯す。天使様、どうか私を罰してください。もう治らないのです。これは治らない……」懺悔の言葉を続けようとしたが牧師の目の前で美しい天使の顔が、鶫の顔に変わっていく。不自然に首を震わせて瞬きを繰り返すと嘴を大きく開いた。
「敬虔な方だと……信じていましたよ」




