vol.19【ずっとそのままで 第3話】
あたしたちは、翔君に勧められるままに丸イスに腰掛けた。
業務用の大きなマヨネーズの横に、青のりの入ったビン、
その横に並々とタレが入った金属の容器が置かれている。
容器にも『タレは二度塗りしないでください』と書いてある。
「もっとタレつけたいときはどうすんの?」
「ウチはねえ、タレの容器の中に、
ハケだけじゃなくて小さいおたまが入ってるから」
確かに容器の中にはおたまとハケが入っていた。
タレを並々とお好み焼きにかけ、
マヨネーズと青のりも盛大にかけ、一口食べてみる。
「どう、みうな」
「おいちい」
「ハッハッハ! ありがとう。あ、これサービスね」
翔君は、カウンターからジョッキに入った生ビールを二つ差し出した。
ビールの勢いも手伝って、あたしたち三人は、
お好み焼きを食べながら楽しいひとときを過ごした。
しかし、あたしはただお好み焼きを食べに来たんじゃない。
手はじめに、翔君と宇崎との出会いから聞いてみることにした。
翔君も、謎の多そうな人だ。
宇崎だけではなく、翔君のバックグラウンドも気になった。
翔君の話によると、宇崎との出会いは中学生のとき。
バスケ部の一年後輩として知り合ったそうだ。
(ってことは、翔君って、二十七歳?
うわっ! あたし達とおんなじくらいだと思ってた。
麻巳子もあたしも「君づけ」で呼んじゃってるけど、いいのかなあ……)
翔君の顔を見る。「さん」で呼ぶのはおかしい。
「君」の方が似合う。それだけ翔君は若く見えた。
でも、「カワイイ」という形容詞は似合わない。
かといって「怖い」というのもおかしい。
今までいくつもの修羅場をくぐり抜けてきた苦労人。
そんなオーラが伝わってくる。でもやっぱり「君」が似合う。不思議な人だ。
二人とも、あたし達のような私立のエスカレーター式
お嬢様学校ではなく、公立中学に通っていたという。
その頃から美大を目指していた宇崎は、
中学三年のとき必死に勉強し、地域一の進学校に合格。
一方、当時はノンポリだった翔君は無試験で入れる、
ヤンキーだらけの男子校に入学したという。
高校は別になったものの、中学の頃から兄弟のような関係だった
二人の結束が崩れることはなかった。
「高校に入ってから、バンドを結成したんだ。
宇崎がメンバーだったこともあるけど、
すぐに勝手に脱退しやがった。
それ以来、入って出て、入って出ての繰り返し。
俺こう見えてもバンドのリーダーで、やる気のない奴や、
素質のない奴はすぐに蹴ってたから。
やっと今のメンバーに落ち着いたのは、つい去年。
一応プロ志向なんだけど、プロからはもちろん、
未だにインディレーベルからも声がかからなくて。
ライブの集客も、二十人入ればいい方」
翔君が組んでいるバンドの名は「RITTER」
RITTERは「ゴミ」「病気の名前」「有名ギターのブランド」という
いろいろな意味が混ざっている単語。
モデル並みのプロポーションを持つ美人ボーカル「ミワ」を中心とした、
ギター、ベース、ドラムの四人組のバンド。
後ろを見ると、自分達でパソコンを使って制作したと思われる
「RITTER」のポスターが貼ってあった。
お好み焼きの煙で、茶色くすすけてはいたが。
「結構サマになってるでしょ? それ」
「うん、ミワさんも目立ってるけど、翔君も目立ってる。
他の二人もカッコいいけど、わりと普通っぽい感じだね」
「そうだね。シンプルな編成のバンドだから、
ベースとドラムはただ黙ってリズムを刻んでくれるだけでいい。
だからルックスより、テクニックが優れてる奴を取った。
その方がボーカルやギターが思いっきり暴れられるから。
俺はミワのお守り役っていうか、用心棒みたいでしょ?」
「ああ、そんな感じだね」
「確かに二十七でチャラ男ってやばいけど、
やっぱりバンドっていうのは……まあ、こういうこと、
自分の口で言うことじゃないんだけど」