#39.心が軋む
制服のスカートを折り曲げないよう気をつけながら、私は少し窮屈な椅子に腰を下ろした。
椅子の隣に置いた鞄から参考書を取り出すと、挟んでいた栞を胸ポケットに入れてそれを読み始める。
ドン!
至近距離から大きな音がして顔を上げると、そこには何かしらの感情を必死に堪えているような表情をしたチカが、両手を机にくっつけてそこに立っていた。
どうやら私の机を思いきり叩いたらしい。
何が言いたいのか嫌という程分かってしまう。が、あくまでそれには触れないよう少しぎこちなく会釈する。
「……チカ、おはよう──」
「ちょっと時間あるよね?」
食い気味に返答した彼女は、いつもの天真爛漫とした雰囲気ではなかった。
ちらりと時計に目をやると、始業のベルまであと30分弱ある。
私はこくりとだけ頷いて、教室を出る彼女について行った。
チカが足を止めたのは、中庭の木陰のベンチだった。私の初配信を彼女と振り返ったのも確かここであった。が、その時とは違って妙に木陰が薄暗く感じる。
二人一緒に腰掛けると、少し間が空いてからチカが切り出した。
「……やめるの?」
!!
予想外の発言に私は驚く。と同時に、彼女はどこまで分かっているのだろうかと疑問に思う。
全て見通しているのか、はたまた何も分かっていない故の発言なのか。
「何の話かしら?」
どちらにせよ、私はしらを切る他ないのだが。
「……ごまかさないで。いちいち言わなくても分かるでしょ?」
この数年間の付き合いの私ですら見たことの無い剣幕の顔を向けながら、その目は私の内側を見つめているように感じられた。
「……やめにするの」
「なんで!!」
彼女は勢いよく立ち上がった。
「あまちゃんは天才でしょ!? あんなの大したことじゃ……」
大したことじゃない、とは決して言えないくらいの大事であることはチカも分かっているようで少し言葉が詰まる。
「あまちゃん、好きだったんじゃないの? 楽しかったんじゃないの!? あんなのではい終わりって……甘姫あられの伝説はこれから始まるんじゃないの!?」
「……別に、そんなのじゃないわ。ただ何となくやってみただけよ」
少し心が軋んだ気がした。
チカの顔は怒から哀に移行していき、泣きそうな声で言う。
「じゃあ……私達は……あられちゃんを応援してきた人たちはどうなっちゃうの!? 推しがいなくなるって……辛いんだよ?」
「それは……悪いことをしたとは思っているわ」
チカの顔を見たくなくて、膝元に目線を固定する。
本当に……悪いことをしたとは思っている。
しかし、もうどうしようもない。失敗してしまった以上、元に戻すことは困難。遅かれ早かれ詰んでしまうのだから、早めに手を引く方が良いに決まっているのだ。
これが、最適解なのだから。
鼻をすする音が聞こえて反射で顔を上げると……チカは大粒の涙を流していた。唇は震え、頬は赤く、しかし涙でぼやけているはずの目は揺れずこちらを見つめていた。
「……きうい姉には、ちゃんと相談しなよ」
そう言い残すと、彼女は顔を掌で覆いながらどこかへ走っていってしまった。




