#37.悪魔は囁く
「…………フィボナッチ数列……?」
その彼女の一言で、私は悟る。と同時に空間が瞬く間に凍った気がした。いや、そう感じているのはおそらく私だけだろうが。
私は理性的半ば本能的にざえの口が開かないのを願う。まるで、牙がもう寸前で喉元に当たる、蛇に睨まれた蛙のように。
が、牙を突き立てている蛇が攻撃を止めるはずがなかった。
「今の、フィボナッチ数列ですよね?」
ざえの言葉から察したのだろうか。流石はきうい姉、理由は分からないものの空気の異様さに気づき、どうにか何か発言して空気を変えようとしてくれている。
それに続いて私も誤魔化そうとするが、焦りか恐怖か、音としてそれが出ない。
沈黙の中、意見できるのは彼女一人だけであった。
「あられさん。あなたが今円周率として言った数字は、フィボナッチ数列そのものです」
コメント
:フィボ……なんて?w
:ん?
:どういう空気?w
:茶番か?w
:どういうこと?
:言われてみれば確かに……?
:有識者ぁー
フィボナッチ数列。
イタリアの数学者フィボナッチが名付けた数列であり、1 1 2 3 5 8 13 21……のようにして、1+1=2、1+2=3、2+3=5のように前の2つの項を足し合わせて次の数字が来るという数列だ。
一体これが何を意味するのか。その続きを代弁するかのように彼女は話す。
「1.123581321345589144233……フィボナッチ数列と完全に一致しています。もしこれを適当に言ったというのなら、10の22乗分の1の確率でフィボナッチ数列と"偶然"一致した、ということになりますが……」
そんなことは有り得ない、と言いたいのだろう。ざえの発言が増すほど、コメント欄が騒々しくなっていく。
逃げ道が、ない。
勿論、私はわざとフィボナッチ数列を唱えた訳では無い。というか完全なる無意識。自身では適当に数字を羅列したつもりであった。
が、この世にランダム──偶然は起こりえないらしい。
『ある瞬間におけるすべての原子の位置と運動量を知り得る存在がいると仮定すると、物理法則にしたがって、その後の状態をすべて計算し、未来を完全に予測することができる』
"ラプラスの悪魔"という理論だ。
要はこの世に起こる事象の全ては何らかの条件により生じるものである、ということだ。
例えばサイコロを転がして出る数字も、その時の気候条件、風、傾き、サイコロの重さ、落とすタイミング、物理法則……全てが重なって生じる事象であり、これはランダムではないとされる。
また、ゲーム機やコンピュータのランダム機能なども、方程式を当てはめて演算しているものであり、実はランダムではない。
つまり、この理論に従うのなら──私が放った一見適当な数字の羅列も、無論ランダムではない。
私は、数字を出来る限り速く言おうとばかり意識していた為、おそらく、脳の海馬のどこかに漂うフィボナッチ数列を無意識的に想起し、口に出してしまったのだろう。
それにしても、あのボケの1つである数列の高速詠唱を一言一句聞き取り、フィボナッチ数列と結びつけるなんて……そんなこと可能だろうか!? 発言者の私すら気づいていなかったのに!!
ともかく、これは本当の本当にまずいやつだ。
この指摘によって、私がフィボナッチ数列を知っていたと証明される。つまりは根源であるぽんこつ=甘姫 あられの方程式が壊れてしまう。
いや、それだけではない。
私のVTuber生命が、絶たれてしまう。
きうい姉と私の声が一度も挟まれないまま、ざえは私が今語ったような内容を懇切丁寧に声に出して説明してくれた。
視聴者はもう薄々気づいているのだろう。
まただ。コメント欄を見ることが出来ない。
「あられさん、私はずっと不思議だったんです。あなたという存在、その根幹、それが知りたくてしかたがなかった。そして今、やっとその片鱗に触れた気がする」
彼女は犯人を追い詰める探偵のように。
魔王のとどめを刺す手前の勇者のように。
「実は、そうかもしれないと薄々思っていたんです。そうすれば、あなたの行動の全ての辻褄が合う」
悪を散らす正義のように。
「さあ、どうかお答えください」
嘘を見抜く、天才のように。
「あられさん、本当は……頭良いんじゃないですか?」
チェックメイト。
悪魔に耳元で、そう囁かれた気がした。
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絶体絶命。
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