死の予感
イーリスを形作っていた粒子が、ひとつ、ふたつ、蛍のように漂っている。ヴォルフはその儚い光をぼんやりと見つめていた。
エミリアは、後ろめたい気持ちを抱きながらヴォルフに近づいた。
「ヴォルフ、大丈夫ですか?」
「えぇ、怪我などはありません。やはり、幻術の類でしょうか、雲を斬るかのような現実味のない感触でした」
ヴォルフは右手を何度かにぎったり開いたりを繰り返す。
「しかし、私以外にあの流派を使う者を見たのははじめてです。それにあの姿、まるで失った妹が成長したかのようでした」
「それは……」
「妹と戦いたいと願ったことはありませんが、もう一度会いたいという私の願望が形となってここに現れたのでしょうか。エミリア様は、あの娘が私の妹かもしれないと勘づいていたから、私を止めようとしたのでは?」
ヴォルフの鋭い指摘に、エミリアは罪人のように目を伏せる。
「ヴォルフ、ごめんなさい」
「なぜエミリア様が謝るのですか」
「彼女が本当にあなたの妹かどうか、それはわかりません。それでも、その可能性に思い至っていたというのに、あなたに妹を斬らせた」
グレーテルの温かい手が、エミリアを慰めるように背中をさする。
黙りこんでしまったエミリアを見て、ヴォルフは優しく微笑んだ。
「エミリア様、彼女の殺意は本物でした。つまり、彼女もまた私を本気で斬ろうとしていたわけです」
殺意を向けられていたのは私だ、と口を開こうとしたエミリアを、ヴォルフはさえぎって言った。
「彼女が本当に成長した妹だったとしたら、もちろん複雑な気持ちです。戦いをやめるように説得できるならば、そのほうがよかった。けれど、そうではなかったし、私の大切な妹はあのまぼろしではなく、ここで生きています」
ヴォルフは頭を指差した。
「どんな理由があろうとも、誰が相手であろうとも、私はアシェル様と、アシェル様が愛したエミリア様をお守りします。それが私の流儀です」
ヴォルフは真摯なまなざしでエミリアを見つめた。その瞳に、ちかちかと黄金色のフランメが火花のように散っている。
「同じレーゲン流の使い手である彼女にも、彼女なりの譲れない流儀があった。ならば正々堂々相手にするのが礼儀でございます。刀を抜いたならば殺される覚悟を決めたものと、そう解釈いたします。だから、エミリア様が謝罪する理由などありません」
その瞳に一瞬切なさがよぎったものの、きっぱりと言い切ったヴォルフの表情に迷いはなかった。
ヴォルフが結論を出したからには、これ以上彼に罪悪感を抱いているのは失礼だ。
「では、謝罪の代わりにお礼を言わせてください」
「はっ、恐悦至極に存じます」
ヴォルフがエミリアに一礼したとき、ヴォルフの影からはい出るようにして、ゆらりと何かが立ちあがった。
それは、先ほどヴォルフに斬られたはずのイーリスである。彼女は再び殺意を宿した瞳でエミリアを射抜いた。
「ヴォルフ!」
「なにっ」
エミリアが神槍を構えたのと、ヴォルフが背後の気配に気づいたのは同時だった。
神槍を突き出しながら魔術を発動させようとしたエミリアだったが、それよりも早くイーリスの魔術が完成する。
「からみつけ、亡者を宿し大樹よ!」
エミリアとヴォルフは、地面からのびた巨大な木の幹に体を押しあげられ、幹から生えた人間の腕のような枝に拘束された。
「捕らえたぞ! 虐殺の女王よ!」
イーリスが勝ち誇った笑みを浮かべて吼える。
「エミリア様!」
グレーテルの悲鳴のような声があがった。
両腕ごと枝に拘束されたエミリアは、神槍を振るうことができなかった。迫る気配に顔をあげると、目の前には刀を振りかぶって高く跳躍するイーリスの姿があった。




