騎士の帰還
磨かれた美しい刃が、エミリアの首を求めて妖しく輝いた。
イーリスの顔に怒りを凌駕する歓喜が浮かぶ。
二度目の死の予感に、エミリアの全身に冷たい汗がにじんだ。
エミリアが焼けつくような痛みを覚悟したそのとき、足元から視覚を麻痺させるほどの光があふれて、透明の結晶の柱が幾本もイーリス目がけてのびた。
宙を飛んでいたイーリスは避けることもできず、結晶の柱の檻に捕らえられた。
戦地で何度も目にしたことのある地属性の魔術だ。
すると、植物を構成していたフランメが消滅し、エミリアの体は重力に従って落下する。
体勢をととのえて着地しようとしたが、地面に接触する直前に、硬い腕に抱きとめられた。
「ただの結晶ではない。たやすく抜けられると思うな」
聞き覚えのある勇ましい声がひびいて、エミリアははじかれたように顔をあげた。
目前には、全身を黄金色のフランメに包んだアシェルがいた。イーリスを射抜くように見あげていた赤い瞳が、腕の中にいるエミリアに向けられた。
「無事か?」
「はい、アシェル様!」
エミリアは思わず顔をほころばせた。軽装ではあるが、フェルゼンの英雄たる堂々とした姿に、エミリアの胸にじわりと安堵が広がっていく。
何度も恐怖を覚えたその姿が、いまは何よりも心強かった。
「助けてくださってありがとうございます」
「まさか俺が寝ている間に、こんなことになっているとは思わなかった。間に合ってよかったよ」
アシェルはエミリアを丁寧に床の上におろすと、警戒をゆるめずにイーリスを閉じこめている檻を見上げた。
イーリスは暴れることもなく、じっとアシェルを見下ろしていた。その表情に殺意はなく、吊りあがっていた瞳は丸みを帯びて、まるで正気にもどったかのように穏やかだ。
「アシェル様」
イーリスがアシェルの名をささやくと、彼女の体は光の粒子となってはじけて、檻の隙間をすり抜ける。
蛍を想起させるその光の粒は、アシェルの顔の横を通りすぎて、やがて消えた。
満ち足りたようなイーリスの最期の表情を見て、エミリアは悟った。イーリスはようやく、アシェルのもとへ帰ることができたのだと。
ふっと窓から陽光が差しこんで、暗闇に沈んでいたダンスホールを照らし出した。
太陽の光を浴びたグレーテルが、ほっとしたように笑みを浮かべた。
「外も、もとにもどりましたね! よかったぁ、一時はどうなることかと思いましたよ」
「結局、先ほどの騎士や嵐は何だったのでしょう」
植物の拘束をとかれたヴォルフが、周囲を見回しながら当然の疑問を口にした。
エミリアにわかるのは、聖戦最後の夜の再現であるということだけだ。そして、ミラのときと同様に、その現象はアシェルの登場とともに消えるということ。
アシェルは、捕らえる者もいなくなった美しい結晶の檻を怪訝そうに見つめている。
「いまの騎士は……」
アシェルはぽつりとつぶやくと、右手で額を押さえて黙考に沈む。
奇跡の女神の神殿を見たとき、アシェルは涙を流していた。そのときと同じく、アシェルにはイーリスの記憶の残滓があるのかもしれない。
エミリアの自己満足ではあるが、イーリスの魂がすこしでも救われたような気がした。




