幽霊の正体
聖獣が彫られた両開きの扉を開いて中に入ると、部屋の中は重苦しいほどの闇に包まれていた。暗闇に目が慣れてくると、天井の高い立派なダンスホールが見えてきた。
遮光カーテンの隙間からさした陽光が、鏡のようにつるりと磨きあげられた床に反射している。
掃除も行き届いており、いますぐに使用できるほど状態も良い。
グレーテルは大袈裟なほどはしゃいで、カーテンのひとつを勢いよく開いた。
「素敵じゃないですか! ここでアシェル様と踊るエミリア様……なんてロマンチックでしょうか!」
「えぇ、本当に……ここはお母様がいたころと何も変わりありませんね。それにしても、あの幽霊騒ぎの原因と思われるものは見つかりませんでしたね」
幽霊、と聞いて隣にいたヴォルフの表情が強張った。
グレーテルが壁の魔術灯ひとつひとつを指差して、わずかなフランメで明かりをつけながら言った。
「幽霊と言えば、やはり夜でしょう。アンデッド系の定番ですし、陽が落ちるとこの屋敷内を徘徊するのかもしれません」
「グレーテル殿、アンデッドの存在はお伽噺では?」
「あら、なぜそう言いきれるのです。死者がよみがえり、生者を求めて徘徊するなんてお話が世界中にあふれているのは、彼らが私たちの身近に存在しているからです。あなたのような若い騎士の血肉を求めて、今宵もまた……」
魔術灯を逆光にして、わざと顔に影を作って語るグレーテルに、ヴォルフは血の気を失って、目を見開いてガクガクと激しく震えている。
生き生きとしているグレーテルに、エミリアは苦笑した。
「およしなさい、グレーテル。意地悪なんだから」
「あら、意地悪なんて人聞き悪い。ほらヴォルフ殿、いまにもあの暗がりの中から……」
グレーテルが、まだ魔術灯のついていない方向を指差すと、闇に沈んだ部屋の隅から黄金色のフランメの輝きが明滅した。
エミリアはグレーテルを背中にかばうようにして、とっさに氷の壁を作り出した。
放たれた魔術が氷に接触する直前に刃が煌めき、黄金色の火花が散った。
「何者だ」
エミリアとグレーテルをかばうように前に出たヴォルフが、闇をにらみながら低くうなった。
彼の足元には、拳ほどの石が真っ二つになって転がっている。
エミリアは神槍を構えながら、背後のグレーテルを肩ごしに見やる。
「グレーテル、私の後ろにいてください」
「はい!」
グレーテルは緊張した面持ちで、とり乱すことなくうなずいた。
氷が青い光の粒となって泡のように消失すると、闇の向こうで何かが蠢いた。
エミリアは闇の中の気配を見すえながら、神槍の穂先を向けて言った。
「隠れていないで姿を現せ。戦姫の心臓はここにあるぞ」
挑発的な態度に触発されてか、相手は暗がりから出て、魔術灯の下へと姿を現した。
その姿を見た瞬間、エミリアは思わず神槍をとり落としそうになるほどの驚愕と恐怖に襲われた。
闇の中からぬるりと姿を現したのは、腰まで伸ばした長い赤毛の、褐色肌の女性である。
彼女はヴォルフと同じ黒の近衛騎士服を身にまとい、左手には刀がにぎられていた。金色の地に赤い花を散らしたような細工の美しい鞘が、魔術灯の淡い光を受けてぎらぎらと輝いている。
勝気そうな美しい顔は、エミリアに対する怒りでゆがんでいた。
イーリスカトライア。
その名をつぶやいた声は、ひどくかすれていた。




