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幽霊騒動

 寝室をあとにしたエミリアは、隣の部屋で控えていたグレーテルに夜会の提案をした。アシェルに告白する決意をしたからには、それにふさわしい状況を用意したかった。

 案の定、グレーテルは乗り気になって顔を輝かせている。


「夜会だなんて素敵じゃないですか! ぜひやりましょう!」

「ありがとう、グレーテル。私には親の力がありませんから呼べる相手も限られますが、フェルゼンの王子であるアシェル様に恥をかかせたくはありません。私にできることはなんでもやります」

「恥をかくなんてことありませんよ! 少人数だとしても、それはそれで邪魔も入りませんし、良いではありませんか。そうですよね、ヴォルフ殿」


 グレーテルは部屋の端で佇むヴォルフに話を振ると、ヴォルフはこくりとうなずいた。


「もちろんです。エミリア様のそのお心遣いだけで、アシェル様はお喜びになるはずですから」

「ほら、こうおっしゃっておりますし、大丈夫ですよ。それに姫様の呼びかけとあらば、エーデルシュタインの優秀な魔術師もきっとたくさん集うことでしょう」


 エーデルシュタインに限らず、王族主催のパーティーでは、強力な魔術師とのつながりが必須となる。魔術の腕次第で王族に仕えることもできる実力主義の一面もあるため、貴族だけではなく、位の高い一般の魔術師たちも参加することがある。

 強力な魔術師をどれほど雇っているかによって家格が決まると言われている時代である。


「アレクシア様は確実に来てくださるでしょうから、あとはもうすこし姫様にふさわしい魔術師が来てくだされば……」


 グレーテルは招待客を指折り数えながら、楽しそうに頭を悩ませている。


「グレーテル、招待客も大事ですが、まずは会場となるお母様のお屋敷を見に行きましょう」


 母から受け継いだ中庭にある屋敷はカルロッタに没収されていたのだが、部屋と一緒に返還されたのだ。

 個人的にはあまり良い思い出のない場所ではあるが、エミリアが夜会を開くとなればそこしかない。

 すると、グレーテルの表情が強張った。


「どうしたの、グレーテル?」

「姫様、これは根拠のないただのうわさ話なのですが」

「はい?」


 グレーテルはそう前置きをしたうえで、はばかるような低い声で言った。


「誰が流したか知りませんが、エリカベロニカ様のお屋敷に幽霊が出るなんてうわさがあるのです。屋敷を掃除していた使用人たちは女性の悲鳴を聞いたとか、いないとか……」

「あのお屋敷に幽霊? どうしてそんなうわさ話が流れているのでしょう」

「カルロッタ様の悪質な悪戯かと思っていたのですが、そもそもカルロッタ様に没収されてからの話ですからね、今回ばかりは関係ないのかもしれません」

「そうですか……しかし、私の所有するお屋敷はあそこだけですし、真相をたしかめないと」


 エミリアはそう言って、寝室から移動させて壁に立てかけておいた神槍を手にとった。

 グレーテルが怪訝そうな顔をする。


「神槍を持って、ですか?」

「もちろんです。幽霊ではなく、何者かがひそんでいる可能性もありましょう」

「それはある意味怖すぎますけど……」


 すると、いままで黙って話を聞いていたヴォルフがエミリアに声をかけた。


「エミリア様、どうかこのヴォルフも連れて行ってはもらえませんか」


 思いがけない申し出にエミリアは目を見張り、それから頭を振った。


「アシェル様の大切な近衛騎士を勝手に連れて行くなどできません。あなたの命はアシェル様に捧げられたものでしょう」

「そのとおりです。しかし、それは常にアシェル様のそばから離れないという意味ではありません」


 エミリアがその意味を問いただすように見すえると、ヴォルフは真剣なまなざしで見つめ返した。


「戦姫であるエミリア様の実力は存じております。しかし、アシェル様がこの話を聞いていたならば、必ずひとりで行かせたりはしませんでしょう。アシェル様の護衛ならば私の部下に任せますからご心配なさらず。侵入者がいるならば警戒するに越したことはございません、どうか私を連れて行ってはもらえませんか?」


 ヴォルフはここにいないアシェルの意を汲んで行動しているのだろう。その身を守ることだけが忠義とは限らない、とふたりの厚い信頼関係が垣間見えた気がした。

 そこまで言われて、エミリアに断る理由はない。


「わかりました……ではヴォルフ、私に力を貸していただけますか?」

「はっ、お任せください!」


 ヴォルフは騎士らしく声を張り、まるでアシェルへ向けるようなまなざしを、エミリアに向けた。

 エミリアは心強い仲間を得て、女の霊が出るとうわさされるエリカベロニカ前王妃の屋敷へと向かうことにした。


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