ティアナの決意
クレアの帰還予定の日から、既に四日が経ち、ティアナは大きな机の上に突っ伏していた。
「……」
こんなに帰還が遅くなるなんて…
何かあったとしか思えないけれど、その情報を得ることができない。
なぜならその一団から伝令の一人すら帰ってこないのだ。最悪の事態を考えれば…国境調査の部隊が全滅したということもあるのかもしれない。
ティアナはそんなふうに考えてゾッとした。
それほど、オルゼビア帝国が切羽詰って、こちらを攻撃してきたのだろうか?
だが、いくら考えたって、真実を知ることなどできなかった。
また今日も日が傾いていくが、未だにクレアの一団がの帰還の知らせはない。
ティアナは、少し気分を変えようと、下の書庫に降りようと、自室の扉を開けて長い廊下の窓からふと外を見た。
するとそこには、小さな人だかりができていた。
ティアナはその人だかりが気になって、窓にへばりついた。
そして、その人だかりの間から見えた何かに、ティアナははっと息を飲んだ。
そこに見えたものとは、カトランガの兵士達が着る隊服を真っ赤に染め上げて倒れている一人の男の人だった。髪の色は黒く、クレアではないのは明白なのだが、今、王の命令で城外へ出ている一団は、クレアが率いる一団しかいない。
つまりは、あの倒れている男性はクレアの部下であったということだ。
見たところ、その一人以外には帰還した者は見当たらない。他の者が何処にいるのか、まだ生きているのか、聞きたいことが次々溢れ出したが、ティアナは一人ではここから出ることなどできなかった。下の書庫から外へ通じる扉は、外からしか鍵の開け閉めができなくなっているのだ。
ただ、何も出来ない自分が情けなくて、悔しくて、ティアナは強く唇をかんだ。
その時、倒れている兵士の虚ろな目が、こちらを見たような気がした。そして次の瞬間、その兵士は、最後の力を振り絞るように、こう叫んだ。
「クレア将軍を…助けてください!」
と。
そして、その言葉を言い終わると、兵士の目は力尽きたように閉じられた。
「……あ…」
初めて見た人の死に、ティアナは言葉を失い、目を見開いて立ち尽くした。
もし…もし、自分が外へ出られたら、応急処置ぐらい出来たかもしれない。あの人を助けられたかもしれない!
そう思いながら、ギュッと小さな拳を握りしめた。医療の本だって、ティアナの頭の中には全て入っているのだ。
だが、後悔してばかりはいられなかった。
先ほどの兵士が言った言葉…
あれは、少なくともあの兵士がクレアと別れるまではクレアは生きていたということだ。
ならば、助けられる可能性は格段に上がった。
きっと今日のうちに、父上はクレアに援軍を派遣してくれるだろう。
そう、ティアナは思っていた。
しかしその日の夜中には、ティアナの耳に凶報が入った。
父上は、援軍は、一兵たりとも出さないと決め込んだのだ。
それは事実上、クレアを見殺しにするということであった。
今までどんな苦しい戦況も乗り越えてきたというクレアだが、あの亡くなった兵士の切羽詰まったような言葉から、今回もかなり苦しい状況なのだろうと読み取れる。
ティアナは、頭を抱えながら考える。クレアは、将軍の中でも民衆に優しく、人望の暑い将軍であったという。
きっと、誰かがクレアを助けに行ってくれる。もしかしたら、危険なことなど何もなくて、ひょっこりとクレアが帰ってくるかもしれない。
と、淡い期待を抱く。
そうよ、きっと誰かが、クレアを連れ帰ってきてくれる。クレアなら大丈夫!
…きっと…誰かが…? 誰かって、私は誰に期待をしているの?
そんな可能性の低いものに頼ってばかりで、結局自分では何も出来ない、何も救えないんじゃない。
ティアナは心の中で自問自答をしながら悩み続けた。
そのティアナの頭の中に、一瞬クレアの笑顔が浮かび、そして次の瞬間、あの血まみれの兵士へと切り替わった。
その瞬間、ティアナの顔から血の気が引いた。
もし、ここで私が何も行動を起こさずに他力本願で祈り続けていて、誰もクレアを助けずに、あんな風に血まみれで帰ってきたら?
それでクレアか死んでしまったら?
そうしたら絶対に、私は私を許せなくなる。
ティアナには、自分に出来ることがないかもしれないとわかっていた。
それでもティアナは、自分が後悔しないための道を選びとったのだ。
数刻あって、書庫の建物の窓から何かが飛び降りた。
深くかぶった外套のフードから、長い金髪が流れ出て月明かりに反射する。
それは地面に着地するのに上手く受身を取ると、すべての見張りの兵士たちの配置場所や交代時間がわかっているかのように監視をすり抜け、城門の外へ出た。
そして城下の街を迂回して森の中へ入ると、外套のフードを取り、軽く頭を振った。
長く美しい金髪がなびき、水色の瞳は決意で固められていた。
後にやがて夜が明けて、城内は第一王女の行方不明が明らかになり、混乱に陥ることとなる。




