妖精の力②
ティアナは、イレブロスに動きを封じられたクレアと、ラミアが睨みをきかせているミランとカークの方をちらりと見てから、こちらへ向かって歩いてくるヴィレムに目を戻した。
「…約束と違うようだけれど?」
「命の保証ならしてやる。ウンディーネの力を出せ。」
「私は自分ではコントロール出来ないわ。」
「やって貰わなくては、こちらも困るのでな。」
ヴィレムはそう言いながら、自らの体から立ち上る炎を自在に操り、ティアナの方へと放った。
それを、ティアナはひらりと体を少しだけ動かして次々と交わしていく。
昔は、訓練の最中トルワードの拳を連続で避けさせられたものだった。
それがここにきて役に立った。
ティアナは体制を低くしてヴィレムの足元に滑り込むと、素早くヴィレムの足を払った。
だが、ヴィレムは少し体制を崩しただけで、すぐに立て直し、ティアナに向かって火を放った。
ティアナがそれを横に転がって避けても尚、ヴィレムはティアナへ攻撃の手を緩めない。
そんな時、ハッとヴィレムは後ろを振り返った。
そこには、いつの間にかミランが祭器である短剣を振りかざし、ヴィレムの目がミランの姿を捉えた時には、ヴィレムの腕から血が流れていた。
「ちっ…」
ヴィレムは舌打ちをしながら、忌々しそうにミランを見た。
ミランを見張っていたはずのラミアは、既にヴィレムを切りつけた後のミランを見て驚いたように目を見張った。
「すみませんヴィレム様。見失いました。」
そう、ラミアはヴィレムに言う。
「…貴様、本当に気配を消すのが上手いな。だが、一度姿を見せては、もう俺を相手に勝ち目はないぞ」
そう言いながら、ヴィレムはミランに向かって、炎を放った。
それを、ミランはかわしてヴィレムの間合いに入り込むと、みぞおちを思い切り殴った。
そんなミランの渾身の一撃を受けたにも関わらず、ヴィレムは片方の口角をあげた。
そして次の瞬間、ヴィレムの腕が燃え上がり、ヴィレムはその腕を大きく振るってミランの頭を殴りつけた。
…はずだった。
だが、至近距離からの妖精の力を纏った一撃に吹き飛んだのは、ミランを守るように抱き抱えた茶髪の男だった。
数メートル飛んだところで地面に打ち付けられたその男、カークは全く起き上がる兆しを見せなかった。
カークの腕から慌てて抜け出したミランは、カークの肩から広がっていく血を見て固まった。
そんな二人をラミアは無表情で見ながら、両手を腰に当てている。
「…なんだ、そんな素早い動きもできるのではないか、でくのぼう。少しは見直したぞ」
そんなふうに、カークを殴り飛ばした方の腕を小さく振りながら嘲るヴィレムは、あの岩壁の中で感じた寒気を、もう一度感じることになった。
ふっと左側から強い寒気を感じたかと思うと、恐ろしく速く強い蹴りが飛んできて、ヴィレムはそれを両腕で防いだ。
蹴りを受け流すために出した両腕は、すぐに真っ赤に色が変わった。
「…貴様、本当に女か?」
苦笑しながら言うヴィレムに、蹴りを放った本人であるティアナは、いつもよりも低い声で、ヴィレムに言った。
「…やっぱり私、あなたのことが大嫌い。」
そう言い放ったティアナの目には、怒りと憎しみが浮かんでいる。
獲物を狙うように鋭い目でヴィレムを見据えているティアナに、ヴィレムは試すように炎を放った。
すると、それをティアナはヴィレムに駆け寄りながらかわして、小さく呟いた。
「うん、力を貸して。ウンディーネ」
と。
その言葉を聞いた、ヴィレムの表情が変わった。
試すように炎を放つのは止めて、炎を自身の前へ集めて壁のようなものを作る。
だがその壁は、ティアナが放った水色の光がかき消した。
その光は、前の時と同様にカークに届くとカークの怪我はみるみるうちに消えていった。
そしてヴィレムがもう一度手のひらに炎を浮かべた時には、ティアナの水のようにも見える水色の光を纏った拳は、ヴィレムの目前にまで迫っていた。
「…凄まじいな」
そう、苦笑いしながら言葉を放ったヴィレムにティアナの拳が届く前に、黄色い壁がティアナとヴィレムとの間に立ちはだかった。
ティアナの拳はその壁に阻まれ、ティアナは地面に着地したあと、よろめいた。
そんなティアナが倒れる前に、いつの間にかティアナの横にいたイレブロスがティアナを受け止めた。
「いやぁ…凄かったね。予想以上だよ。こんなに可愛らしい女の子なのに、怒らせるとまるで獣のようだ。」
イレブロスはそういいながらも、満足そうに笑っている。
一方、あと数秒イレブロスの援助が遅ければ殴り飛ばされていたであろうヴィレムは、疲れたようにため息をついた。
「…そやつは女ではないのではないか? そこらの男の数百倍は力が強いぞ」
「まぁ、今のでこの二人の力は測れたからね。お手柄だよ、ヴィレム。」
「…。」
そんな風ににこやかに言ったイレブロスに、ヴィレムは何も言葉を返さずに、ティアナの蹴りによって腫れだした両腕をさすった。
一方でイレブロスに支えられているティアナは、意識はあるものの、頭がくらくらとして焦点が定まらず、体もほとんど動かないような状態だった。
イレブロスの結界は解かれ、クレアはティアナの方へ駆け寄った。
そしてクレアは、心配そうに、そしてとても情けなさそうにティアナの顔をのぞき込んだ。
「ティナ…申し訳ありません…」
そんなクレアの言葉は、ティアナにはきちんと届いていた。
だが、ティアナには相づちを打つ体力も残っていない。
ティアナは朦朧としている自分を奮い立たせ、やっとの事で視線をカークと、カークを心配そうに抱えているミランへ向けた。
カークの肩がかすかに上下しているのを、ティアナは確認すると、小さく安堵した。
そんなティアナを抱えていたイレブロスは、ティアナをクレアへ渡した。
「はい。その子も、君の方が安心するだろうしね。」
その言葉とともにティアナをイレブロスから受け取り、クレアはティアナを抱き抱えた。
そんなクレアに、ティアナは安心したのか、そのままクレアの腕の中で意識を手放した。




