祭器を求めて②
ティアナは微かに温もりを感じて、目を開けた。
そこは、暗い石造りの部屋のようだったが、暗くて辺りがあまり見えずに、ティアナは目を擦った。
ボーッとしながら周りを見渡し、まだあまり働いていない頭で考える。
…あれ…私、なにをしていたんだっけ?
そんなふうに考えながら体を起こそうと地面に手をついた時、地面は想像していたよりも柔らかく、驚いて手を引っ込めた。
恐る恐るそちらに目を向けてみると、ティアナの下に居たのは苦しげにうめく赤髪の人だった。
「ク…クレア!? ごめん!」
ティアナはそう言いながらクレアの上から退いた。
クレアはまだ目を覚ましていないようで、ティアナが退いた後も目を閉じたままだ。
ティアナはそんなクレアの体をティアナは両手で揺さぶる。
「起きてクレア!」
そう耳元で叫ぶと、クレアは驚いたように飛び起きた。
「おはよう」
「お…おはようございます…?」
ティアナがそう言うと、一瞬よくわからないという顔をしてから周りを見て、クレアはハッとしたように言った。
「ここ…あの塔の中ですか?」
「そうよ!」
クレアの問いに答えた声に、ティアナとクレアは驚いて振り返った。
透き通るような綺麗な声。
その声の主に、ティアナとクレアは目を疑った。
桃色の透き通った羽が蝶のように背中から生えていて、長い桃色のふわふわな髪を持ち、そして手のひらぐらいしか大きさのない人のような形をした者が、こちらを見ていたのだ。
「あ…あなたは…もしかして妖精なの?」
ティアナがそう聞くと、声の主は背中の綺麗な羽をピンっと伸ばして、細い両腕を腰に当て、胸を張った。
「そう!あたしは祭器を守るピクシーよ。」
その言葉に、ティアナとクレアは目を丸くした。
こんなに小さくて非力そうなのに、祭器を守ったりできるのかしら…。
ティアナがそう思った時、妖精は羽を羽ばたかせて飛ぶと、ティアナの顔の目の前で停止して腕を組んだ。
「失礼ね! この見た目でも、あんた達ぐらいひねり潰せるわよ!」
ふんっと鼻を鳴らしながらそう言った妖精に、ティアナはぽかんとする。
口に出していないのに、心を読まれたような受け答えだった。
「あたしはあんた達の心を読めるのよ。あたしを舐めてかからない事ね」
妖精はさらっととんでもない能力を言い放つと、そのままクレアの顔の前まで飛んでいった。
そしてじーっとクレアの顔をむしろ睨むように見つめる。
そんな妖精に、クレアは押され気味に後ろに仰け反った。
「ふーん。なんでこんな男にニンフェケーニヒ様が付くのかわからないわ。」
そんな妖精の厳しい一言に、クレアは苦笑いした。
ニンフェケーニヒとは妖精王のこと。
そのニンフェケーニヒが主としているクレアにも、なんとも遠慮のない言葉だった。
「うん、やっぱりあたしとしては、この子が一番だわ。」
妖精はそう言いながらクレアから少し離れると、にやっと笑った。
その瞬間、妖精の髪が生き物のようにしなり、暗がりの方へ勢いよく伸びていった。
その光景を見て、ティアナは驚くと同時に、塔の入口で腕を引っ張られたのはこの妖精の髪の毛なのだと知った。
「ほら見て」
妖精がそう言って髪で掴んできたものを見て、ティアナとクレアは驚いた。
桃色の髪でグルグル巻きになっているそれは、水色の髪の少年だったからだ。
「ミラン!?」
そうクレアが声を上げた。
ここへティアナとクレアが引きずり込まれてから、ミランが後を追ってきているとは、クレアは思っていなかったのだ。
ミランは意識がないようで、妖精が髪を動かすたびにゆらゆらと揺られている。
「妖精さん、その子を離してあげてくれない?」
ティアナがそう言うと、妖精は首を傾げた。
「どうして? あたしはこの子が気に入ったの。」
妖精はそう言いながら無邪気に笑う。
「この子をあたしにくれるなら、祭器を渡してあげようかしら」
「ミランは物じゃないのよ。私がそんなことを決める権利はない。」
「でもあんた、身分の高い人間なんでしょ? ならいいじゃない。祭器が欲しくないの?」
「…」
妖精はにこにこしながら、こちらを見ている。
ティアナは少しだけ黙って考えてみた。
この妖精が意図することはなんだろう?
私はなんて答えるのが正解なんだろう。
…いや…。
ティアナは妖精の顔をまじまじと見つめる。
妖精の笑顔は揺らがない。
恐らく、どうせこの思考は筒抜けなのだ。
なら、考え抜いた嘘よりも、自分の言いたいことを言うほうがいい。
「祭器は、欲しいわ。そのためにここに来たんだもの。」
「なら…」
「でも、ミランもあなたに渡す気はない」
「…はぁ? なんでそこまで下級の人間に執着するのよ」
「人を売るような真似はしたくない。私はミランにただ認めてもらいたいの。」
ティアナがそこで言葉を切って、妖精から目線を外し、少し俯いた。
「どうしても、ミランと引き換えでないと祭器を渡してくれないというのなら…」
そう、ティアナが言い終わる前にクレアが動いた。
小さな妖精に太くて重い両手槍を突きつけて、クレアは挑戦的な笑みを見せる。
クレアはティアナの表情と言葉の初めの方から、ティアナの意思をくみ取ったのだ。
「「力ずくでも両方貰っていく!」」
そうティアナとクレアが同時に言い放つと、妖精は高らかに笑いだした。
「あはははは!いいね、あんた達。私気に入っちゃった。」
妖精はそう言い放つと、髪をミランから離した。
妖精の髪で持ち上げられていたミランは、髪が離れた瞬間にぱっと目を開けて地面に着地した。
「「え?」」
今まで気を失っていたとは思えないその動きに、ティアナとクレアはポカンとしてミランを見た。
一方のミランは、少しだけ決まり悪そうに二人を見返すだけだった。
「この子は、あたしの力で体は睡眠状態でも、耳と脳だけは働くように制御してたのよ。」
妖精は元の長さに戻った髪を撫でながらそう言った。
「そんなことができるのか?」
ミランを離したのを見て、クレアは槍を下ろし、少し妖精から離れながら訝しげにそう問いかけた。
「この場所では私は何でもできる。例えばこんなふうに、姿を消すことや、この石造りの部屋の見た目を変えることも自由自在にできる。」
妖精の姿は、言葉の途中で見えなくなり、石造りの部屋は桃色の壁紙に張り替えられた。
それは一瞬の事で、ティアナ、クレア、ミランの三人は驚いた。
ミランに至っては、少し目を見開いただけだったが。
「だから…」
そんな声が後ろから聞こえて、ティアナはビクッと後ろを振り返った。
するとそこにはいつの間にかふわふわと妖精が浮いていた。
「あたしを倒して祭器を奪っていくなんて無理な話。最初に言ったようにあたしはあんた達をひねり潰すことも容易に出来る。あたし以外のピクシーにはそんなこと言わない事ね。」
にこっと妖精は笑ったが、その笑顔にティアナは少し寒気を感じた。
一歩間違えれば殺されていたのかもしれない、と、そう思ったからだ。
「さて、君…ミランっていったよね。そこの二人の人間は、あんたと祭器を天秤にかけて、あんたを捨てなかった。それを受けてどう? あぁ、別に言葉で答えなくていいわ。あたしには全部わかるから」
妖精はミランの方に向き直りそう問いかけた。
ミランは黙って妖精を見つめるのみだった。
暫く妖精とミランが見つめ合うのを、クレアとティアナは何もできることがなくただ見守った。
「うん! いいね」
急に妖精はそう言うと、ミランに人差し指を向けた。
「あんたに祭器を預ける。いい? あんたはそのティアナって子に着いて補佐すること。」
「待って、ミランはまだ私と共に来ると言ったわけでは…」
ティアナが静止に入るが、言い終わる前にミランはこくりと妖精に頷き返した。
「え…ミラン?」
「…ティアナを、信じる」
ミランはじっとティアナの目を見て言った。
その言葉をティアナが理解するには数秒かかり、理解した後は嬉しさのあまりミランに飛びついた。
「う…」
という小さなうめき声をあげながらミランがよろめいたのを、クレアは片手だけミランの背中に少し添えて止めた。
「ちょっと早くしてくれない? あたし待つのは嫌いなの」
そう妖精は両腕を腰に当ててこちらを睨む。
「ご…ごめんなさい」
その剣幕に、ティアナは驚いてパッと両手を引っ込めた。
ミランは相変わらず無表情だが、目線だけ妖精の方へ向けた。
「さて、祭器はこれよ。」
そう言いながら何処からか妖精が取り出したのは、羽のような美しい装飾が施された金色の短剣だった。鞘もついたそれを、妖精はミランに放り投げる。
「…これ、使えるの?」
そうミランが問いかけると、妖精は空中で器用に足を組んだ状態で頷いた。
「当たり前でしょ。それは妖精使いになる者を補佐するために使う武器よ。あんたに使いこなせるかはわかんないけどね」
妖精はそこまで言うと、ふと、思いついたように言う。
「そういえば、祭器を入手するための条件って、あたし言ったっけ?」
それに、三人は首を横に振った。
「それは単純。あたし達ピクシーに気に入られることよ。ピクシーは心を見透かす。正直に話すことがコツかもね。あと、もしピクシーに嫌われたら…」
そこで妖精は言葉を止めた。
一瞬沈黙が訪れた。
「殺されるからね。」
そう、妖精はいつもより低く、且つ悪戯っぽく言った。
それは、ただの脅しではないとすぐに分かった。
けれど、恐怖に負けて祭器集めを辞めることなどできない。
ティアナは進み出て、妖精に向かって言った。
「教えてくれてありがとう」
「言っとかないと上から怒られるのよ。んじゃあ、そろそろ出て行ってもらおうかな。期待してるよ、あたしの主。」
妖精はそう言いながらミランの方に近づいていくと、先ほど妖精がミランに渡した祭器に触れた。
すると祭器は薄い桃色に輝き、その眩い光に目がくらんで、三人は目を瞑った。
次の瞬間、三人が目を開いた時にいたのは、塔の入口に位置する場所だった。
こんな言い回しをする理由は、後ろにあるはずの塔が跡形もなく消えていたからである。
そして三人は、そこで信じられないものを目にした。
それは、炎を体に纏った男の姿だった。




