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クレアの過去⑦

ミランとクレアが出会ってから、さほど日にちは経っていないが、明日はクレアにとって良くも悪くも最後の試合となる。

勝てば晴れて自由になれる。

負ければ死ぬのみだ。

クレアがミランに寝る間も惜しんで叩き込んだ武術をすでにミランはほとんど使いこなし、恐ろしいことにもう一週間ほど、一人も殺さずに勝ち進んでいる。

ミランの武芸においての才能は、恐らくこの闘技場の中にいる者の中でもずば抜けているだろう。ミランは軽い短剣を両手で扱いながら、素早い動きを得意としていた。

技術だけ見ればもうすでにクレア以上なこの少年は、未だ飽きることなくクレアにくっついて回っている。


「クレア兄さん!」


「…ミラン、その呼び方はちょっと…」


「先に僕を弟って言ったのは兄さんだよ」


いたずらっぽく笑うミランに、クレアは苦笑いして何も言えなくなってしまう。

ミランはとても子供らしい性格をしていたが、試合となると別だった。

戦い方も、表情も、全てはとにかく静かだった。

気配の消し方がとにかく上手いとでも言うのだろうか。

もし戦いの場所がフィールドでは無く森などであったなら、もっと凄まじい強さを発揮していたことだろう。


「クレア兄さん、明日は頑張ってね」


にこりと笑って、ミランはクレアにそう言った。

少し寂しそうなその顔に、クレアはあの時自分からミランに関わりに行ったことが良かったのかわからなくなる。

クレアが明日負けたとしても、勝ったとしても、またミランは一人になってしまうのだから。

少しの間黙り込んだクレアに、ミランは言葉を続けた。


「クレア兄さんのお陰で、僕は一人でもここでやって行けそうだしね」


心を読むようなミランの言葉に、クレアは敵わないなと笑った。

たった数日の付き合いでも、二人の間には確かに友情が芽生えていた。


その日の夜、ミランが自室に帰った後のことだった。クレアが明日のことを思うと眠れず、ただ自分の部屋に寝転がっていると、外が少し騒がしいような気がした。

こんな夜更けに、何人もの足音に、男の話し声が聞こえた。

クレアは何事だろうと思いながらも、我関せずといったように廊下へ背を向けた。

すると、廊下の方から部屋の中に大きな影がかかり、クレアはばっと振り返った。

そこに居た男の姿に、クレアは目を見張った。


「よう! お前が不死身の赤髪、クレアか?」


クレアのそばにしゃがみ込み、にっと笑いながらそう言う茶髪をもつ大男。

その話し方も、そのがたいの良さも、そしてその顔も、クレアの師である男にそっくりだったのだ。


「と…トルシアン!?」


そうクレアが飛び起きて言うと、その男は驚いたように目を見開いた。


「な…お前、俺の親父を知ってるのか!?」


そう言いながら、その男はクレアの両肩を掴んだ。


「お…親父?」


「トルシアンは俺の親の名だ! 俺はトルワードという。俺がガキの頃親父は俺を都の軍部に入れて疾走しちまったんだが…もしかしてここに居るのか?…いや、今の反応だと居た、のか?」


トルワードのその言葉に、クレアは小さく頷いた。


「…トルシアンは、俺の恩人なんだ。ここに売られたばかりの俺を助けてくれた。でも…」


「死んだか?」


クレアが口ごもったその先を、自分の親だというのにトルワードは驚くほどあっさりと最悪の事態を口走った。

それを、クレアが訂正する。


「…俺が、殺した。」


と。クレアとしては、トルシアンの実の息子にこの事は黙っていられなかったのだ。

だが、真実を聞いたトルワードは驚くほど穏やかだった。


「…そうか、俺の親父が面倒をかけた。」


と、ただそれだけをクレアに言って、トルシアンと同じような大きな手で、クレアの頭をわしゃわしゃと撫でた。


「そ…それだけ? 俺は…」


あっけを取られてそう言い直そうとするクレアに、トルワードは少し声を低くして言った。


「別にその先は言わなくていい。俺の親父のことだ。どうせお前に殺して欲しいとでも言ったんだろ?」


「…なんでわかる?」


「俺が親父の立場ならそうするからだ。さて、思いがけねぇこと話して時間潰しちまったなぁ。本題に入るからよく聞けよガキ。」


そう、トルワードは突然話題を変えた。


「俺はカトランガ王国七大将軍の第一将軍トルワードだ。お前を王国軍部へ引き抜くため、ここへ来た。俺と共に来るか否か、明日の夜明けまでに決めろ。」


「……え?」


急に真面目な顔で言うトルワードに、クレアは戸惑った。

だが、この人について行かなくともクレアは明日の試合で勝つ自信があった。

今までだって、トルシアンが死んでからはほとんど危なげなく勝ち進んできたのだ。

最後の試合といえど、どうということは無い。そう、クレアは運営を甘く見ていたのだ。


「ちなみにだが、明日の対戦相手も教えておいてやる。多分お前の気持ちも変わるんじゃないか?」


そう前置きしたトルワードに、クレアははっとした。自分が恐れていることが、また起こるかもしれない可能性についてだ。


「相手の名はミラン。何でも水色の髪の八歳のガキだそうだ。お前の大切な弟分だそうじゃねぇか。」


「…そうか、よく分かった…。」


クレアはトルワードの言葉を聞いて、特に驚かなかった。悪い予感は完全に的中してしまったが、もうこうなっては仕方がない。


「少しだけ、考えさせて」


クレアは小さくそう言うと、槍を片手にトルワードと、トルワードが従えてきた都の兵達の横をすり抜け、廊下に出た。

そのまま、人気のない闘技場の隅まで行くと、クレアは躊躇なく自分の持つ槍を左胸に突き立てた。


次の瞬間、クレアが目を覚ますと、そこは真っ白な空間だった。


「久しぶりじゃないか、クレア。わしは寂しかったぞ」


「…第一声で気持ち悪いこと言わないでよニンフェケーニヒ。」


「まぁまぁ、そう言うな。本当に人間の世界での一年程ぶりではないか。」


「うん、最近は死ぬほど強い敵は居なかったから。」


「それで? 自分で死んでここに来たという事は、わしに何か用か?」


「…うん、ミランの寿命を教えて。人間の命を管理できるニンフェケーニヒなら、わかるでしょ?」


クレアが本題に入ると、ニンフェケーニヒは頷いた。


「そんなことじゃろうと思ったよ。ミランの寿命の長さは、選択によって何通りもあるが…。」


「一番長く、ミランが生きていられる選択をしたい。それには、俺はトルワードについて行った方がいいんだろう?」


「…クレア。人はいつしか必ず死ぬものだ。お主がどんな選択をしようとも、ミランの命はそう遠くないうちに消える。」


そのニンフェケーニヒの言葉に、クレアは小さく頷きながら答えた。


「わかってるよ。例え少ししか俺の選択でミランの寿命を伸ばせなかったとしても、少しでも長く、あいつには生きてて欲しいんだ。」


「ならば、トルワードとやらについて行くのだな。」


やっと核心をついた答えを出したニンフェケーニヒに、クレアは小さく笑って礼を述べた。


「俺は今まで、トルシアンの自由になれという言葉のみを糧に勝ち進んできた。ここから出て、それで…何をしたらいいんだろう」


いつも真っ直ぐ先を見据えていたクレアの珍しく弱気な言葉に、ニンフェケーニヒは腕を組んで言った。


「お主はお主のやりたいように動けば良い。そしていつか、お主の人生を変える出会いが訪れる。」


予言じみたニンフェケーニヒの言葉に、クレアは少し戸惑いながらニンフェケーニヒを見上げた。


「決して立ち止まるでないぞ。お主が立ち止まった時はわしはお主を見限るからな」


ニンフェケーニヒがそう言い始めたのを境に、クレアのまぶたは急に重くなり始めた。

ニンフェケーニヒは、クレアに向けてひとつ頷くと、白い空間に溶け込むようにして消えていった。

それを見届けたクレアの世界は、再び暗闇に包まれた。


「…い……おい!クレア!大丈夫か!?」


耳元で大きな声が聞こえ、クレアははっと目を覚ました。

すると目の前にはトルシアンによく似たトルワードの顔があった。

少しまずいことになったと思いながら、トルワードに抱えられるような状態になっていた体を捻ってトルワードから離れた。

人気のない、闘技場の奥の方まで来たというのに、見られてしまうとは…。


「クレア…その傷は…」


トルワードは驚いたようにクレアの胸の傷と、クレアの槍を見比べる。


「俺は、噂通りの不死身の赤髪です。この力、御国のために役立てたい。どうか共に、王国軍部へ行かせてください。」


トルワードの聡明そうな瞳を見て、言い逃れ出来ないと察したクレアは、開き直ってそう言った。

トルワードは、一瞬驚きはしたものの、クレアも驚くほどの早さで冷静さを取り戻した。


「良き返事だ。ならばすぐにでも出立するぞ」


トルワードの言葉にクレアが頷くと、その後トルワードは部下を従えて闘技場の滅多に開くことのない門をくぐった。

クレアはというと、自分の部屋でぐっすりと眠るミランの懐に自身の点数の書かれている紙を滑り込ませてから、トルワードを追いかけた。


何年かぶりの外の景色、草花の生い茂る森の香りに混じり、強く雨の香りがした。

強く望んでいたはずの自由に、クレアの胸は全く弾まなかった。


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