ティアナ、十五歳
王へ手加減はできないと言ってのけたように、トルワードの訓練は熾烈を極めた。
それこそ、朝から晩までティアナの体力が続く限り訓練は続けられ、クレアは勿論、カークさえ止めに入るぐらい、トルワードは厳しかった。
だが、熾烈な特訓をうけている当の本人はというと、新しいことを学ぶのが余程楽しいのか、終始瞳を輝かせていた。
そうして、三年ほど月日が流れたーー。
クレアはいつもの様に槍を自室に置いて、書庫のある建物の二階のとある部屋へ向かう。
そうして扉をノックしようとした時だった。
何も考える暇もないぐらいの速さで、その扉が吹き飛んできたのだ。
クレアは扉と共に反対側の壁に叩きつけられた。
「…う……」
クレアは考える。
何だろう、このデジャヴ感は…
と。
心無しか威力まで増している気がしてしまうのだが。
そして、その大きな扉の重さがなくなった時、長い金髪を後ろで束ねた、美しい少女の顔が扉の横から覗いた。
「クレア!ごめんなさい!勢い余って扉を蹴り飛ばしてしまって…」
そう金髪の少女は困ったように笑った。
ティアナが持ち上げている扉は、その少女が蹴ったであろう場所で折れ曲がってしまっている。
「いえ、大丈夫です。それよりティナ、折角格技場の使用は許されたのですから、なにもここで体術の練習などしなくても…」
「うん、まぁそうなのだけど、今はトルワードが遠征に出ていていないでしょう? あそこへ行っても相手が誰も居ないのなら、ここでやっても変わりはないかなと思って。あそこは、見ている人が多すぎて嫌だわ。」
そんなティアナの言葉を受けて、それはそうだ、とクレアは思う。この書庫の上のティアナの自室には、入って良い者は限られているが、あの格技場は誰でも入れるのだ。
絶世の美女だと噂のティアナを、一度見てみたいと思うのは普通のことだ。
そうしてティアナに一目惚れしてしまった兵士たちも少なくは無いのだが。
「…。」
そうこうクレアが思っているうちに、ティアナは持っていた扉を壁に立てかけて、クレアの方をじっと見上げる。
「…? なんですか、ティナ?」
「…クレア、また背が伸びたのではない?前は私と頭一つ分ぐらいしか変わらなかったのに…」
ティアナはそう言いながら、背伸びをして両手を伸ばし、クレアの顔を両手で挟んだ。
もうこの時点で、ティアナの頭はクレアの胸ぐらいまでしかないのだ。
「クレアばかりそんなに背が伸びて、生意気よ」
「いやいや、何でですか…カークにはそんな事言ったことないくせに」
「カークは別よ。クレアぐらいなら私も抜けると思っていたのに…」
「…ぐらいって…最近俺の扱いが更に酷くなってますよね、ティナ。」
「そうかしら?でも、一番気心知れているから言えることよ。クレアは私の大好きなお友達だから。」
クレアがそんなにこにこ笑うティアナの顔をじっと見下ろすと、ティアナはクレアの両肩を掴む。
「でもやっぱり気にくわないわ。もうちょっと縮んだらどう?」
そう言いながら、ティアナは自分がぶら下がる勢いでクレアの肩を下へ押した。
だが、ティアナが特訓していたように、クレアとてこの三年で何もしていなかったわけではないのだ。
ティアナがほぼぶら下がった状態でもビクともせず、むしろそのままティアナを抱えあげた。
「俺が縮むのは無理なので、ティナが伸びるしかないですね。それにしても…ティナこそ縮みました?」
「失礼ね…あなたが伸びすぎなのよ。私だってちょっとずつ伸びてるわ。」
ティアナは、クレアの言葉にムッとしながらそう返した。
そんなティアナを抱き抱えたままクレアは歩き出しす。
ティアナが大人しくしているのは行き先を知っているからである。
今日はクレアの部下達、二十七名の命日であり、二日後が初めてティアナが人の死を目の当たりにした日である。
クレアは、あの悲劇からもう3年が経つのかと思うと、とても月日が立つのは早い気がした。
そして、そんな悲劇の記念日に行く所は決まっている。
そこは、城門を出てすぐの丘にあった。
昔よりもティアナは断然自由に動けるようになっていた。それも、父であるヴァイゼアス王の計らいのおかげであった。
クレアに降ろしてもらったティアナは、小さく細い体で、とても軽い足取りで歩いていく。
その足からなぜ扉を壊せるほどの蹴りの威力が出るのか、不思議なぐらいだ。
「クレア、カークはもう行っているのでしょう?」
「はい、兵達の訓練が終わってすぐに出ていきました。」
「カークも第三将軍だものね。クレア第二将軍、そろそろ抜かれちゃうんじゃない?」
「縁起でもないこと言わないでくださいよ…カークには負けたくないです」
「私はカークがクレアに勝つところを見てみたいわ」
七大将軍が出世する手段は二通りある。
功績を上げて王から昇格を命じられるか、自分の一つ上の位、第七将軍であれば、第六将軍に正々堂々決闘を申し込み、それに勝利することである。
だが、前者の方は第一将軍トルワードも第二将軍クレアも王から多大な信頼を得ているため、どれだけ功績を立てたとしても、昇格の可能性は限りなくゼロに近い。
カークも、それがわかっているからか、度々クレアに決闘を申し込んでいるのだ。
丘を登りきると、小さな墓石の前に座り込む茶髪の青年の後ろ姿が見えた。
三年前よりも更に背も伸びて、筋肉もついたその背中は父であるトルワードに似てきたように思える。
しんみりと昔を思いふけっているのだろうかと、ティアナとクレアがそっとカークに近づく。
するとその気配を感じ取ったのか、カークはばっと後ろを振り返った。
「……。」
そこで三人の表情は一気に固まった。
なぜならカークの両目からは大粒の涙がこぼれ落ちていたからである。
カークは焦ったように涙を拭くが、クレアは何も言わずに自分より体の大きい一つ年下の青年の頭をぽんと叩いてから墓石と向き合った。
ティアナはそれを見ていないかのように丘の先、城下の町や市場を見るふりをした。
三年前の悲劇で犠牲になった二十八人は、全員がカークの大切な友達だったのだ。
その悲しみが三年やそこらで薄れるはずないのだと、ティアナは知った。
それからしばらく、三人は無言だった。
少し重苦しい雰囲気になってしまったが、それでもティアナはこの三人でいる時に気まずいなどと思ったことは一度もなかった。
むしろ、一緒に居れば一番心が安らぐ相手だった。
それほどの信頼関係は、この三年間で三人の間に出来上がっていたのだ。
その重い空気を打ち破ったのは、それを作った張本人であるカークだった。
「…クレア将軍。今日は、随分とかっこ悪いところ見られてしまいましたけど、明日は負けませんからね。皆にも、明日は絶対に勝つと言ってあるんですから」
そう言ってカークは少しだけ腫れた目で笑う。
その言葉を受けて、クレアもにっと笑い、
「何度やっても、俺はお前に負けるつもりは無いよ。」
と返した。
そう、カークは明日、五度目となる決闘をクレアに申し込んでいた。
そして明日、槍術の名人と屈強な体術の戦士との闘いの幕が上がる。
ティアナは二人の良きライバル関係を見て少し羨ましそうに笑った。
いつか私も、クレアやカークと同じぐらい強くなって、それで本気で戦ってみたい。
ティアナはそう心から思った。




