西方国境③
クレアは素早く走っていくと、難なく怪物の背後へ気付かれることなく回り込んだ。
そしてそのまま斬り付けるのかと思いきや、クレアは槍の柄を近くにあった木へ叩きつけた。
ガンっという大きな音が鳴り、怪物はそちらへ振り返ってクレアに向き直る。
そんな怪物に、クレアは槍の先端を向けて挑戦的な笑みを向けながら、
「こっちだけ見てろよ化物」
と言い放つ。
怪物の口角が上がり、クレアに狙いを定め、黒い棒を振り下ろそうとする。
だが、クレアは余裕そうな笑みをたたえたまま、その場から動こうとはしなかった。
ティアナがハラハラしながらその光景を見守っていると、クレアは振り下ろされた黒い棒を軽々と避けて、その棒の上に飛び乗った。
そしてそのまま軽い身のこなしで素早く棒を登り、怪物の腕をつたってあっという間に肩の上まで登り詰めた。
そしてクレアはティアナも全く聞こえないぐらいの声で、
「お家へ帰りな」
と怪物の耳元で言うと、怪物の目に槍を突き刺した。
すると、さっきと同じように、怪物は中心から弾け飛ぶように消えてしまった。
クレアは特徴的な赤い髪をなびかせながら地面に着地すると、ティアナの方へ振り返って、ティアナが見慣れている優しげな笑顔でティアナの側へ戻ってきた。
「お待たせしました、ティナ」
そうクレアは言うけれど、実際は一分と経っていない。
普段の物腰柔らかい青年からは連想できないような強さであった。
「クレア…やっぱりすごく強いのね…」
そうティアナが驚きながら言うと、クレアは、
「まぁ、これでも一応カトランガの第四将軍ですから」
と、照れたようにティアナに返して笑った。
「…少し、移動しましょうか。ここは少し物騒なので」
ティアナはそう言うクレアに頷いて見せて、立ち上がろうとするが、ティアナが足に力を入れる前にクレアは、
「ちょっと持っていてくれますか?」
と言いながら、ティアナに自らの槍を差し出した。
ティアナはその槍を受け取ると、思った以上に重くて驚いた。
でも何故私に槍を預けるのだろうとティアナが思っていると、不意に地面に座り込んでいた自身の体が地面から離れた。
クレアの細いが引き締まった腕が、ティアナを軽々と持ち上げていたのだ。
「ちょっとクレア! 下ろして! 自分で歩けるわ」
そうティアナは言うが、クレアは即座に
「ダメです。怪我してるじゃないですか。特に両手と膝が随分腫れてますし、手当しないと。」
と反論し、ティアナをほど近い洞窟まで連れて行った。
その洞窟は、天井が低く、ティアナは普通に歩いてでも通れたが、ティアナと頭一つ分ぐらい背丈が違うクレアは屈まないと通ることが出来ないようだ。
やっと降ろしてもらったティアナは、先立って洞窟の中を進むクレアに着いて行った。
前方からガンっという音がして涙目で頭を押さえながら上から出っ張っている岩を睨むクレアに、ティアナはさっき戦っていた時と違いすぎて笑ってしまう。
そうして進んでいくと、やがて開けた場所に出た。
そこは洞窟の一番奥のようで、行き止まりになっており、高さは先程までの十倍はあるだろうというぐらい高くなっていた。
「一応ここは、俺が今拠点としている場所です。それでティナ。城で何かあったのですか?」
と、クレアはティアナの青く腫れた手を濡らした布で冷やしながらティアナに問いかける。
それにティアナは、一つずつ説明していった。
クレアが帰還日に帰ってこなくて心配していたこと、それから四日後に兵士が一人帰ってきたこと、しかしその兵士はすぐに息絶えてしまったこと、その兵士の遺言がクレアを助けて欲しいという言葉だったということ、そして王はクレアへの援軍の派遣はしないとしたということまで。




