☆ 第62話 読書家
これまでに読んだ本は約一万五千冊という読書家の男性が、氏名を明かさないことを条件に我々の取材に応じてくれる運びとなった。
一日一冊本を読んだとして、一万五千冊を読破するにはおおよそ四十年弱かかる。何がそこまで彼を駆り立てるのか。そして、それだけの本を読んだ彼が一番面白いと思った本は一体何なのか。
「小さい頃から、俗にいう『活字中毒』だったんだ。目に入る文字なら何でも読んだよ」
彼の活字中毒は衰えることを知らず、ついには仕事をやめ図書館に籠るようになったという。寝食を惜しんで読書に勤しむ彼を奇人変人扱いする者が多くいる中で、数少ない理解者を得た。それが彼の妻である。
しかし、その妻は若くして鬼籍に入ってしまった。
彼が人生で最も興味深いと感じた作品との出会いは、その直後だったという。
「妻の遺品を整理していると、日記が出てきたんだ。その日記には、妻と私の友人が非常に親密な仲であることが書かれていた。……あぁ、勘違いしないでほしいんだが、私は存命の人物の日記は読まないと決めている」
妻の死から間もなくしてその友人も事故で失うことになった彼だが、友人との間に遺恨は残っていないという。それは自身が身勝手に生きてきたことの代償であり、妻なりの人生を謳歌する手段だったという考えに由来していた。
では、彼は今何を求めて読書を続けているのか。
「凡その探偵小説では完全犯罪の謎が解き明かされてしまう。私は絶対に解けない、真の完全犯罪というものを探りたいと思っているよ。
……おっと、読書の時間だ。これで失礼するとしよう」