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シアと炎竜王  作者: いか
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夜明け

 シアは張りつめていた糸が切れたように、その場へへたり込んだ。


 荒い息だけが喉を震わせる。

 腕も足も力が入らない。ついさっきまで身体を満たしていた熱が、いっきに引いていくようだった。


 リーナとギータは、呆然と夜空を見上げている。

 黒竜王が飛び去った空には、なお焦げた瘴気の匂いと、焼け残った赤い光の余韻が漂っていた。


 深紅の竜は、静かにシアのもとへ歩み寄った。


 さっきまで夜空を焼くような魔法を放っていたとは思えないほど、静かな足取り。

 身体よりはるかに大きな翼をゆっくりとたたみ、その燃えるような深紅の身体を、シアのすぐ側へ寄せた。


 シアはおそるおそる、その頭に触れる。


 硬いはずの鱗はあたたかく、手にぬくもりを感じた。


「……ほんとに、あなたが……」


 声がつまり、それ以上言葉にならない。

 熱い涙があふれてきた。

 シアはそのまま、卵を抱きしめていた時と同じように、深紅の竜へ両腕を回した。


「生まれてきてくれて、ありがとう」


 竜は頭をシアの背中につけ、甘えるように喉を鳴らした。


 その時、廊下の向こうから慌ただしい足音が響いてきた。


「シア、リーナ、ギータ!!」

「無事か!!」

「今の魔法は何だ!?」


 駆けつけてきたのは教官たちだった。

 その後ろには、リーナとギータの竜たちもいる。

 心配でたまらなかったのだろう。二頭はそれぞれ主のもとへ一目散(いちもくさん)に駆け寄り、声をあげて甘えるように身体を擦(す)り寄せた。


「大丈夫か!?」

「けがは!?」

「それより、今の魔法は……」

「その竜は……!?」


 教官たちの視線が、一斉に深紅の竜へ集まる。

 シアは竜を抱いたまま、うまく答えられなかった。


「教官、これは、その……」


 深紅の竜が顔を上げた。


 炎を思わせる双眸(そうぼう)が、教官たちを順に見渡す。

 そして、幼い姿には不釣り合いなほど堂々とした声が、その場に響いた。


『我は炎の竜。炎竜王(えんりゅうおう)である』


 一瞬、空気が凍った。


「りゅ、竜が喋った……!?」

「炎竜王(えんりゅうおう)、だと……!?」


 教官たちの震える声が漏れる。


 深紅の竜――炎竜王は、なおも静かに胸を張った。

 その小さな身体には、けして揺るがぬ王の威厳(いげん)が満ちている。


『我が主、シアの力により、黒竜王は退いた』


 その言葉に、教官たちも、リーナも、ギータも、息をのんだ。


 黒竜王を退けたのは奇跡ではない。

 この少女と、この竜が成したことなのだと、炎竜王自身が告げたのだった。


 主任教官は、黒竜王が消えた夜空を険しい顔で見上げた。


「……あれだけ傷つけば、しばらくは戻ってこない、か」


『今宵の傷は浅くはない。回復には、一年はかかるだろう――だが、傷が癒えれば、また来る。我を狙ってな』


 炎竜王の言葉に、その場の誰もが驚愕(きょうがく)した。


「なんであなたを狙うの?」


 シアが不安げに問い返す。


『本来、竜王どうしは同じ土地に並び立たぬ。今回の襲撃(しゅうげき)も、我の孵化(ふか)を察知(さっち)して来たのだろう』


「そんな……シア……」


 リーナの声がかすれる。


 重い沈黙が落ちた。

 シアは炎竜王をぎゅっと抱きしめ、目を閉じた。


 胸の中に、父の言葉がよみがえる。


――洞窟にはな、すごい竜の卵が眠ってる場所がある。もしそこへ辿り着けたなら、それは卵に選ばれたってことかもしれん。


 父が語ってくれたのは、ただの昔話じゃなかった。

 自分はあの洞窟へたどり着き、この竜に出会い、そして選ばれたのだ。


 シアはゆっくりと瞳を開いた。


「教官。わたし、やりたいことがあるんです」


 シアは教官たちを見上げた。


「竜騎士だった父さんは、黒竜王を鎮めるために旅立ちました。わたしも父の意思を継いで、黒竜王を鎮められる竜騎士になりたい」

「黒竜王を、鎮める……?」

「はい。父さんがどんな方法で鎮めようとしたのかは分かりません。でも、わたしはそれを成し遂(と)げたいんです」


 シアの揺るぎない瞳を見て、教官たちは顔を見合わせた。

 リーナとギータもまた、黙って互いを見た。


 シアの言葉に、重い沈黙が落ちた。


 黒竜王を鎮める。

 それは、まだ訓練兵の少女が口にするにはあまりにも大きな目標だった。


 その沈黙を破ったのは、リーナだった。


「わたしも行く」


 シアが驚いて振り向くと、リーナは笑ってうなずいた。


「わたしの魔法も、なかなかのものだったでしょ? もっと上位魔法を学べば、きっと強い守りになれると思うの」

「ふん」


 リーナの横で、竜に手を甘がみされていたギータが鼻を鳴らした。


「俺も行く。お前ら二人だけなんて行かせられるかよ。危なっかしい」

「ギータくんにだけは言われたくないわ」


 三人が顔を見合わせた瞬間、ようやく小さな笑いがこぼれた。


 その様子を見て、主任教官が額を押さえる。


「お前たちは……」


 呆れた声だったが、そこにはわずかに笑いも混じっていた。

 そこへ、魔術科の女性教官がぱんと手を叩く。


「覚悟が決まっているようでなによりです。では、明日から全員、上級魔法の特訓を始めます。旅立ちの話は上級魔法を習得してからよ」

「ええ~!? 俺、まだ中級魔法終わってないっすよ!?」

「同時並行です。黒竜王が復活するまでに使い物になるよう、きっちり鍛(きた)えます」

「頑張ってね、ギータくん」

「くっそ」


 ばつが悪い顔になったギータに、その場にいた全員が笑った。




 長い夜が終わり、空がゆっくりと白みはじめていた。


 シアは破壊された壁の向こうから流れてくるひんやりとした空気を吸い込む。

 リーナとギータも、それぞれの竜と並んで昇っていく空を見ていた。


 黒竜王(こくりゅうおう)は、炎竜王(えんりゅうおう)を狙(ねら)ってまた来るだろう。

 でも、もう一人ではない。


 シアは朝焼けに照らされる山の稜線(りょうせん)を、顔を上げてまっすぐ見つめた。


 父さん、見ていて。

 わたしがきっと、黒竜王を鎮めてみせるから。


 そう心に誓った時、太陽が輝いた。



━ 終 ━

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