出会い
洞窟の湿った岩壁が、少女の額に巻かれた革帯に取りつけられた魔光石によって青白く照らされていた。
癖のある赤毛、まだあどけなさの残る大きな瞳の少女シアは、緊張した面持ちでひとり洞窟を進んでいた。
静まり返った洞窟の中に、小さな足音だけが響く。
青白い灯りと、岩肌にはりついたヒカリゴケの淡い緑の光だけを頼りに、シアは細い岩棚を一歩ずつ下っていった。
足場は、人ひとり通れるかどうかというほど狭い。
人が踏み込むことがない洞窟には命綱などはない。細い足場を踏み外せば、底の知れない闇に落ちていくだろう。
「踏み外したら、真っ逆さま、ね」
壁に手をつくたび、湿った岩のざらつきが手のひらをこすった。
洞窟の入口は、山の夜気をそのまま閉じ込めたように冷えていた。けれど、奥へ、下へと進むほど、空気はじわじわと熱を帯びていく。
うっすら汗がにじみ、首筋をぬるい空気が這った。
火もないのに暑い。
生きものの腹の中へ潜っているみたいだ、とシアは思った。
幼いころ、父が寝物語で話してくれた、竜王の眠る洞窟。
『洞窟にはな、すごい竜の卵が眠ってる場所がある。もしそこへ辿り着けたなら、それは卵に選ばれたってことかもしれん』
シアは、竜騎士の父親が話してくれる、竜の話を聞くのが大好きだった。自分も父親と同じ竜騎士になりたいと夢見ていた。
しかしある時、暴君・黒竜王が現れてから、故郷は変わってしまった。
畑の作物は、黒竜王の吐き出す瘴気にあてられて枯れていった。野の草も山の木々も色を失い、山から流れてくる水まで濁っていった。そして街の人々は瘴気を吸い込み、咳き込み、胸を病む者も現れた。
シアの父は、竜騎士として相棒の竜にまたがり、黒竜王を鎮めるため旅立った。しかし、それきり父は帰らず、行方は分からなくなってしまった。
母に手を引かれ、生まれ育った街を捨てて避難した日を忘れたことはない。
「わたしが黒竜王を鎮めてやるんだから」
そのためには、竜騎士の訓練兵にならなければならない。
訓練兵は、願えばなれるものではない。竜の信任を得て卵を託されるか、自分の力で竜の卵を見つけ出した者だけが、その門をくぐることを許される。
「父さんが言ってた卵、絶対見つけてやるんだから」
足元で小石が転がった。かつん、と乾いた音を立てて闇へ吸い込まれていく。
思わず息を止め、シアは壁に身を寄せた。胸が早鐘を打つ。実際、怖くて足は震えていた。
「絶対、あきらめない」
怖さをふりきるように頭を振り、再び前を向いて進んでいく。
ヒカリゴケの光は、洞窟のさらに奥で途切れかけていた。その先だけ、闇が妙に赤みを含んで見える。揺らぐ熱のせいだろうか。頬に触れる空気が、そこだけ少し違う。
シアは唇をきゅっと結び、次の足場を下りた。 少し開けた場所に出る。奥に行くにしたがって、壁や地面の岩の色は赤みを増していた。それに合わせるように、体感温度も上がっていく。
流れ落ちる汗を腕でぬぐい、さらに進んだ、その時。
真っ赤な岩に囲まれた空間の中央に、重なった岩に守られるようにして、それはあった。
「竜の、卵……!!」
赤と白のマーブル模様。大きさは、シアの胴ほどもある。卵としてはかなり大きい。
シアはごくりと唾を飲み、そっと卵に触れた。
どくん、と大きな鼓動を感じた。
シアは思わずたじろいだが、すぐにもう一度両手を卵に押し当てた。
「なんか、あったかい」
暗い洞窟を一人で進んできた緊張が、ふっとほどけていく。
「わたし、シア。シア・リードマン。竜騎士になるために、あなたを探しにきたの。立派な竜騎士になって、黒竜王を鎮めたいのよ。どうか、わたしの相棒になって」
頬を殻に当てると、静かな鼓動が応える。
「あっ」
殻がわずかに発光し、それはゆっくりと宙に浮かんだ。
シアはごくりと唾をのみ、見あげた。
「わたしと一緒にきてくれる?」
シアは持ってきた大きな麻袋を広げた。すると卵は、導かれるようにゆっくりとその中へ収まっていく。
それは、竜の卵がシアを受け入れた瞬間だった。
「やった……!! ありがとう!! わたし、頑張るね!!」
─ 続 ─




