第176話 エピローグ 【ありがとう】
一人の女優と、彼女を支え続けた「名もなきヒーロー」。二人の物語は、時を越えて、再び人々の心を動かしていた。
リバイバル公開された映画『凪の坂道』。
そのラストシーン、劇場内は嗚咽と静かな沈黙に包まれていた。
スクリーンに映し出されたのは、最新の映像技術で修復された、かつて娘のひかりがホームビデオで撮影していた「家族の記録」だった。
晩秋。
夕陽に染まるあの長崎の坂道を、腰の曲がった二人の老人が、寄り添うように歩いている。
杖をつく凪の腕を、英理が細い手で支え、凪もまた、英理の手をぎゅっと握り返していた。
ひかりが構えるカメラが、二人の背後をゆっくりと追いかける。
風の音に混じって、二人の掠れた、けれど温かな会話が漏れ聞こえてきた。
「……凪くん、あの日……ぶつかった時、うちはもう死ぬかと思うたよ」
「……俺は、死んでもええからお前を助けな……って、それだけやったわ……」
二人は笑い合い、夕陽に向かって、一歩一歩、坂道を上っていく。
やがて二人の姿は、眩しいオレンジ色の光の中に溶け込み、そこへ2006年のあの日、ひかりが見つけた「写ルンです」の初デートの写真が重なった。
若く、無敵だった頃の二人の笑顔。
そして、長い歳月を重ね、寄り添いながら歩き続けた二人の後ろ姿。
「――お父さん、お母さん。ありがとう」
エンドロールの最後、ひかりの震える声が響き渡った。
【完】




