半年ぶりの帰宅
オリバー・ハミルトンが侯爵家の正門から帰宅出来たのは久しぶりの事だった。
忙しかった。とにかく、気をぬく暇もなく忙しかった。
馬車を降り、開かれた大扉の内で執事に出迎えられながらオリバーは思いを巡らせる。
ノルディア国の王が病に臥し、永らく決定されなかった王太子に幼少から側近として侍っていた第一王子が立太子した。
その準備と基盤構築に奔走した。
間をおかず、自分の父親が突然身罷り、侯爵位を継承し、その遺言で妻を娶ることになった。
領地経営に専念しようと思ったが、情勢が許さなかった。
王太子に請われて、宰相補佐として王宮に仕官したと思ったら、それは王太子と宰相による権力闘争の最前線だったのだ。
もちろん、王太子派として宰相派と闘った。
死ぬかと思った。
病床の王を傀儡として権力を増強しようとする老宰相は、手強く抜け目なく老獪。
思う通りにならない王太子を陥れようと画策したが、王太子派一丸となって返り討ちにしてやった。
その辺までは、帰宅出来ていた覚えがある。月に2、3度。
最悪だったのはその後だ。
宰相失脚後、なし崩し的に後釜を拝命し、若輩とそしられながら内政をまわすこと半年、帰宅した覚えがない。
しかし、本日、平穏の目処がついた。
言葉を飾るのをやめるべきだろう、侯爵家の取り潰し、伯爵家における廃嫡、除籍にて前宰相家門の息の根を止めたのだ。
その過程において、オリバーには二つ名がついた。いわく冷酷にして冷徹、無情にて無表情宰相。
彼にも己が感情的に鈍い自覚はある。
特に笑いの感度は目盛りも大きく針の動きが重い。彼の笑い声を聞いたことがある者は少ないだろう。
「聞こう」
歩きながら執事に促す。
領地、事業の定時連絡を聞きながらオリバーの足は執務室へと向く。
執事と鞄持ちの侍従を後に従えながら、求められた判断に応えたところで執務室の扉前に着いた。
「妻は、今、何をしている」
その問いは彼らしくない。
オリバーの妻は、遺言による指名であり、貴族らしくなく婚約期間もなく、婚姻届に署名のみにて結ばれた相手である。
結婚式もなく初夜もなかった。
彼女を省みることなく仕事に没頭する姿に、周囲は意にそまぬ『白い結婚』なのだろうと噂した。
「晩餐の終わり頃かと」
「そうか、帰宅のことは知らせずとも良い」
侍従が開けた扉の向こうに彼は姿を消し、老執事は見送りに腰を折った。




