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ザ若奥さまストーリー  作者: 天ぷら3号
12/12

ザ・若奥さま

よろしくお願いします。

 三ヶ月後、「クライシス・ホールディングス」の東京証券取引所マザーズ市場への上場申請が認可された。ついにゴマフ社長の夢の第一歩が実現する。引き受け幹事証券はもちろん桜田証券である。


「クライシス・ホールディングス」はゲーム会社の「ザ・クライシス」、飲食業の「コレカレー」、芸能事務所の「オフィス・カムレイド」を統括するために作った会社である。


 これに伴い亜矢子の「コレカレー」と「オフィス・カムレイド」のそれぞれ五パーセント持ち株は「クライシス・ホールディングス」の一パーセントと株式交換された。株券の額面は一枚五百円なので、出資金五百万で一万株である。総発行株数が百万株なので一パーセントになるのだ。株式は百株を一単元として売買されるので、亜矢子の持ち株は百枚である。


 上場前の「クライシス・ホールディングス」の株主は三者しかいない。智美社長が五十一パーセント、自社株が四十八パーセント、そして亜矢子が一パーセントである。自社株の中から四十万株を証券会社を通してブックビルディングという公募で売り出す。一部は幹事証券会社が公募前に買い取り自己売買に回す仕組みだ。


 マーケットにはわずか四千枚余りしか流通しないのでプレミアム必至である。利益も右肩上がりで今年のマザーズ上場で一番有望と前評判も高かった。審査が通った半年後、ブックビルディングは価格上限の三千円で決まり、抽選倍率も高かったそうだ。


 そのプラチナチケットを亜矢子は百枚持っている。智美さんは五千百枚も持っているが、経営者なので意味合いが異なる。もとは一枚五万円なのがブック価格で三十万なので、若奥さまの持ち株はすでに三千万円だ。これを創業者利益と言うそうだ。まあ亜矢子は創業者じゃないんだけど、未公開時期に初期投資したのは事実だからね。


 マーケットの論評ではこの三千円という価格もPERと言う株価収益率が15倍と割安なのだそうだ。つまり一株当たり二百円の利益を上げている優良企業との解説である。上場日にゴマフ社長はラジオ日経にゲストで招かれている。初値が付いたらコメントを求められるのだろう。



 ところが、初日は値寄せの規定である2.3倍の六千九百円で寄らなかった。売買不成立と言うことである。翌日、値付かずで進んで行った午後2時半、桜田証券が自己売買で幹事証券としての持ち株を売り出した。売りと買いが合致して初値が付いた。一万五千八百七十円である。


 俺もその日は休暇を取ってパソコンで見ていたが恐ろしかった。


 若奥さまは五十枚を「成り行き」で売りに出していたので初値で売れた。七千九百三十五万円の売上高で、元金の二百五十万円を引いた利益に税金が二十パーセント源泉されるので六千三百九十八万円の手取りだそうだ。信じられなかった。これが錬金術と言うやつか。


 その夜、俺たちはモエ・エ・シャンドンで乾杯した。


「亜矢子、おめでとう。ホント智美社長のお陰だよね。でも、お前の才覚もスゴイよ。俺じゃあ絶対真似出来ないもん」


「もちろん私も驚いてるけど、正直ホッとしたわ。透が出資する時反対したように、私にとっても大きな賭けだったもの。社長を信じてたのは本当だけどね」


「あの天才社長に盟友とまで言わせたんだから亜矢子も大したもんだよ。まあ、俺はしがないリーマンだから、これからも分をわきまえて地道にやって行くけどね」


 俺の言葉に若奥さまは感激したみたいで目を潤ませた。ちょっとビックリした。


「うん、透がそうしてくれるから私は挑戦出来るんだ。いつも当てにしてるんだよ。頼ってばかりでゴメンね」


「いいさ。亜矢子は夢を売るのが仕事なんだから。それがいかに大変なことか少しはわかってるつもりさ」


 俺が風呂に入ってる間に亜矢子は寝落ちしていた。張り詰めていた緊張が解け、珍しく酔いが回ったのかも知れない。俺は若奥さまを抱きかかえ、「愛してるよ」と囁いてそっとベッドに運んだ……。




 翌週の金曜の夜、帰宅してリビングで琥珀色のグラスを燻らせる。溶けゆく氷が「マッカラン」と融合して歪んだ宇宙を見せつける。ちょっとキマッてるぜ、俺。


 まあ、いつも通り独りぼっちの夕食をコンビニ弁当で済ませてからの話なんだけどね。酒より自分に酔っていたら亜矢子が帰って来た。まだ午後10時だからいつもより早いご帰還だ。


「お疲れさま。今日は早いよね」と言ってキリマンを入れてあげる召し使いのような俺だ。若奥さまは愛用のマグカップを両手で抱え、一口啜ってからジッと俺を見つめやがる。フッ、照れくせえじゃねえか。まあ、カッコイイのは今に始まったことじゃないんだし、惚れるのはしょうがねえよな。


 彼女の口元は珍しく緩んだままで、すごく何か言いたそうに映る。やっぱり肩もお揉みしなくちゃいけないんだろうか?と不安になる奴隷気質の俺だ。


「ねえ、透にビッグサプライズが有るの。あなたの住宅ローンに六千万円一時払いで入金したわ。やったわね!ついに完済出来たわよ!」


 俺は口をポカンと開けたままフリーズしてしまった。マジかよ?ホントに?ジョークだったら怒るよ。現実だったら……信じられないよォォォ!


「何固まってるのよ?本当に住宅ローンは終わったのよ。ハイ、明細書!」


 差し出された明細書を手に取り俺は発狂した。イヤッホォォォ!ヤッタゼェェェ!重圧を掛けられ続けた日々よ、サヨオナラァァァ!一枚の紙片を手に持ったまま、俺はフロアを転げ回った。あげく壁にゴンと頭をぶつけ正気に戻った。ぶつけたところに構わず若奥さまにダイブして抱き着いた。


「ありがとおォォ!地獄からの生還を果たせたぜェェ!もう、メチャクチャ愛してる。女なんて世界中で亜矢子しか要らないよォォ!」


「ん、モウ!ホント現金なんだから。まあ、透にはそれだけの価値が有るってことよ。今の私があるのはあなたのお陰だからね」


 亜矢子は昔を思い出すように遠い目を見せて涙ぐんだ。有頂天の俺はちょっとビックリした。


「ワンルームで独りぼっちだった私を透が救い出してくれた。本当に辛かったあの頃の毎日……。絶望的な暗闇の中を手探りで彷徨っていた私に、光を照らしやさしく手を差し伸べてくれたのがあなたよ。世界中を敵に回しても透を愛してるわ」


「うん、亜矢子の気持ちはよくわかる。でも、俺のしたことは気持ちに従っただけのことだからさ。大そうに言われると照れるよ」


「確かにそうでしょうけど、透のやさしさに触れられたことが今までの人生で最大の幸運よ。ずっとずうっと私を愛してね」


「ああ、いつまでも亜矢子だけを愛するよ。お前ほどイイ女は見つけられないからね」


 若奥さまはクスッと笑って「調子いい奴ね」とこぼしボカリと頭を小突いた。そのまま柔らかい笑みを携えて身を預けて来る。俺は彼女を抱き締め、口づけしながらそっと髪を撫で上げた……。




 とある金曜の夜、俺と上川先輩、杉村夫妻の電力四人組で「アンフィス」へ飲みに行った。明日の午前中に智美さんと亜矢子、由香利の三人が揃って東京から戻って来る。久し振りにゴマフファミリー集合で上場記念パーティーを開くのだ。勝利と絹ちゃんは今夜俺んちに泊まり、明朝から準備に取り掛かる算段である。



 絹ちゃんが珍しく胸を張って言いやがる。チッパイのくせに生意気だ。


「私ってスゴイよね!何たって義妹が若手ナンバーワン女優で友達も売れてるし、社長さんまでお仲間だなんて信じられない立場よォ!」


 勝利が輪を掛けたバカっぷりを発揮し始める。このお調子者の性格は死ぬまで変わらないのだろう。


「絹江、何言ってんだよ。俺なんて実の妹が超期待の星なんだぞォ!ホント兄として誇らしいよ。親友の奥さまも売れてる女優さんだし、羨望の的とは紛れもなく俺のことだな」


 さすがにムカついたので、このバカ夫婦を諌めてやることにした。


「お前らなあ、何たってスゲエのは俺だろォ!妻が売れっ子女優で元カノがスーパーヒロインなんだぞォ!これほどの奴はちょっと見当たらないぜェ!」


 いがみ合う俺たちに先輩はなだめるように落ち着いた態度を見せる……はずがない!お得意の力技で打って出やがる。


「バカ者ォ!そのスーパーな方たちをまとめ上げてるのは俺さまだろうがァ!誰が何と言おうとヒーローは俺だァ!」


 違う!総本山は智美社長だ!間違ってもクソガキのような先輩であるものかァ!



 しかし徹底的に他力に頼って自慢し合う四バカは、端からも実に見苦しいようだ。生ビールを運んで来る店員さんも眉をひそめているのがわかる。しょうがないのでバカ先輩を奉ってやることにした。


「まあ、上川先輩の存在が有って全てが回ってるんですから、わざわざおっしゃらなくてもいいですよ。いつも気前のいい男っぷりですし」


「まあなァ!わかってるとは思ってたけど、ちょっと言ってみたくなってさァ!大人げ無くて悪かったよ。さあ、ドンドン飲んでくれ。もちろんお支払いは任せとけェ!」


 こうして財源をしっかり確保し、心置きなく追加オーダーを計る。お店に迷惑を掛けないよう気遣い溢れる俺たちだ。実に清々しい集いである。




 翌日、朝から絹ちゃんのミッションの下、三バカは動き回らされる。先輩の自宅が会場なので俺と勝利はスーパーに買い出しに行かされ、メモした材料をひたすら買い込む。先輩はキッチンで食器などを並べる配膳係だ。大して役に立たないだろうけど。



 午前11時にお姫さまたち三人が東京から帰還した。705号室のドアが開けられ由香利と智美社長が入って来た。


「ただいまァ!透ゥ!帰って来たよォ!」


 叫びながら由香利が俺の胸に飛び込んで来る。オイオイ、直ぐに若奥さまが着替えてやって来るぞォ!でも、このストレートな振る舞いがお姫さまたる所以だ。



 暫くして亜矢子がやって来た。すでにエプロン姿なのは用意周到な彼女らしい。三バカが当てにならないことなどわかっているので、絹ちゃんのお手伝いをするためだ。若奥さまはみんなの手前にもかかわらず挑発的な物言いをしやがった。俺を生贄にでもするかのように。


「透、ただいま。どうしようもなく私に会いたかったでしょ?」


 俺はお姫さまの手前、遠慮がちにうなずいて見せる。


 いきなり由香利にドンッと背中を押され亜矢子に抱き着いた。


「しょうがないから亜矢子姉さんに譲ってあげるわ。透って結構面倒くさいし」


 若奥さまは俺を抱き止めながらニッコリお姫さまに目をやる。


「由香利ちゃん、ありがとう。あなたに譲られたから一生大切にするわ。でも優柔不断で、本当に面倒な奴だよねェ!」


 またオモチャにされてしまった。まあ、女優さん二人にだから光栄だと思っておくけど。


 微笑みながらうなずき合ってる若奥さまとお姫さまにしあわせな未来を見た気がした。


 どうか錯覚でありませんように……。


最後まで読んで下さりありがとうございました。

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