第十八話 無骨な剣
「合格したよー!…」
「合格したよ…」
勢い良く扉を開けて入っていったユリカとウタは、目の前の光景に飽きれてしまった。
「おう!俺の娘だ!あたりめーよ!」
「がははは」
既に前祝いとばかりにロドフとブルが酒を呑んでいた。
「おかえりなさい。…あなた達が出て行ってからこれなの」
店の奥からドロシーが顔を出す。
「まったく…」
飽きれたように顔を手で隠すリーナ。
「二日酔いが治らないからって、迎い酒だとか言い始めて…」
「ユリカにアヤト…パパは置いて帰りましょう」
こんな酔っぱらいは飛竜には乗れないだろう。
「なんならもう一泊して行けば?合格祝いってことでごちそうするわよ」
「うーん、そうしたいのはやまやまなんだけど…ユリカの学園で使うものをいろいろ帰って用意しないといけないから」
「そうだよねー。うちも用意しないとなぁ」
「そんな訳だから、その人は置いてっちゃうけど、邪魔なら外に捨てといてもいいわよ」
「あははは!わかったわ」
ロドフは外に捨てられる方向で決まったらしい。
(自業自得だな…)
「ごめんねバタバタしちゃって」
「こちらこそ、ウタの面倒見てもらっちゃって助かっちゃったわ」
「4月からまたユリカをよろしくね」
ウタの頭を撫でているが、本人は浮かない様子だ。
(あっ…これで姉さんとウタさんは晴れて学園で寮生活だ)
「またね!」
ユリカは強引にウタの手を取り握手を求める。
「…うん」
こうしてウタの地獄の生活が始まるのであった。
ーーーー
辺りはもう日が落ちてしまっている。
「すっかり遅くなっちゃったわね」
アインスト王国から帰ってきた綾人達。
ここから見える光はわずかに2つ。
シュガー家の光ともうひとつの光はロル家のものだ。
ロル家はドワーフの家系らしい。
見た目にはまったく人族と変わらないない、ドワーフ族は持ち前の怪力で亜人種とされている。
ロル家がドワーフの家系だと知ることが出来たのは今回の件があったからだ。
「遅くにすみません、リーナです」
ドアをノックして声をあげる。
「おう、リーナちゃんか!帰ってきてたのかい?」
扉を開けて男性が出てくる。
「はい。先程戻りましてその足で伺わせていただきました、ランバードさん」
その男は『ランバード・ガウル・ロル』ツェット家の隣人で、一人暮らしをしているドワーフだ。
「で…どうだった?」
ランバードはユリカの顔を見つめている。
「えへへ…もちろんばっちり合格だよ!」
一人暮らしのランバードにとっては孫のような存在のユリカ。
「そーかぁ、さすがユリカちゃんだ!…てことは『あれ』か?」
「そうなんです。学園に通うとなるとユリカ専用の装備が必要で…」
「任せとけって!おじちゃんが最高の武器を打ってやるからな」
「わぁーい!やったー私専用のが貰えるの?」
ユリカは手放しで喜んでいる。
「それで武器は何がいいんだい?ユリカちゃん」
「うーんと…片手剣がいい!パパみたいなやつ」
「うーん。さすがにあれは魔剣クラスの化け物だからな…」
ランバードの言う魔剣とは、ダンジョンの最下層クラスでドロップする他と無い一品。
「そんなご謙遜を…ランバードさんの作品はどれも魔剣に勝るとも劣らないものですよ」
「バカが!リーナちゃん、それはお世辞が過ぎるよ」
「そんなことは無いはずですよ。ランバードさんの剣はその人に合わせた最高の物だって主人もいつも言ってますから」
ロドフは双剣の加護を持っていることもあり、魔剣の他にもう一本愛用している剣があった。
その剣はランバードがロドフに合わせて打った物だ。
ロドフの戦闘スタイル、ステータス、魔剣とのバランス、様々な事柄を考えて作られている。
その剣を実際に使っているロドフは、ユリカの装備についてもランバードに頼むことを事前に相談していたのだ。
「そうかぁ…そこまで言ってくれるんなら」
一見すると頑固職人といった強面の顔に笑みがこぼれる。
「ユリカもおじちゃんの作った剣がいい!」
「ありがとうな。じゃあ、おじさん頑張るよ」
「じゃあ早速だけど、ステーテスを見せてもらってもいいかな?」
そうして夜遅くからユリカのステータスを吟味してどんな剣にしていくかの話し合いが始まった。
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「じゃあ行ってきます!」
少女の腰には似つかない、無骨な1本の剣が差さっている。
装飾の一切無い鞘は、5歳の子供が持つには異様さを放っていた。
その鞘に収まる剣はアダマンタイトの鉱石で出来た剣だ。
アダマンタイト鉱石の希少値はオリハルコンに匹敵する。
その性能は魔剣の切れ味に並ぶ程だ。
なぜこの少女はこの剣を持ち合わせているのか…
(…ランバードさん気合い入れ過ぎだろ)
ドワーフ族のランバードさんによると、生涯一の作品だろうとのことだ。
(僕に作ってくれる時まで残しておいてほしかったな)
この剣は特殊な付与『神鎚文字』が施されている。
ドワーフに伝わる文字とされ、特定の羅列で武具や装飾品に施すと特殊な力が付与される。
この剣には持ち主と剣をコネクトさせる力が備わっている。
この力の凄いところは、持ち主の成長に合わせて剣が変化していくのだ。
体格が変わればそれに合わせて刀身も変化し、力に合わせて適度な重量にも変化しだすのだ。
そんな大層な剣には傍から見てもわからない。
『アヤドぐん…』
(また始まってしまった…)
その少女の目には涙が溜まっており、目の周りも既に赤い。
「ユリカ!これから寮生活になるんだから、そんなんじゃだめよ!」
学園の門の前で必死に涙を堪えているが、ここに来る前に散々泣いていた。
(あんなに泣く姉さんは初めて見たな…)
姉のその姿に、本当に人間だったんだなと再認識する綾人であった。
「いっぱい友達つくって、いっぱい強くなるんだぞ!」
「パパくらい直に抜かしちゃいなさい」
綾人達の周りには同じく別れを惜しむ家族や、我が子を元気よく送り出す家族。
今日は学園の入学日ともあり、学園前は混雑を極めている。
「……うん。頑張る」
(強さだけなら上級生にも負けるはずは無いと思うんだけど…心配だな)
「頑張ってね!私たちは帰りましょう」
後ろ髪を引かれる思いで学園から離れていく。
(あのままあそこにいたら、いつになっても姉さん学園に入っていかなそうだもんな)
いよいよユリカの学園生活が始まっていく。
これから綾人が入学するまでに、いくつもの伝説を築いていく。
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