龍人族と風の丘 5
予定より遅くなってしまいましたが投稿できました。
その日の夕方。
装備を揃え、工房・鋼の夜明けにハルバートの修理見積もり――ドナルド・ドーン氏には会えなかった――をお願いし、ポンさん宅に顔を出して子兎の要素を確認。
一晩――風呂があるので1日1回くらいは街に戻りたい――は風の丘に泊まりこむと伝え、少々子兎と戯れたあと風の丘までやってきた。
子兎が増えたせいで少々ばたばたはしたものの、日が落ちる前に風の丘にたどり着くことができたので予定通りである。
仮設された集落のテントは20棟ほどだろうか。宿泊用とみられる三角形のものが8割ほど、あとは大きな天幕がいくつか建てられている。丘の入り口で作業していたポックルの青年?に受付の場所を聞き、ひときわ大きな天幕に向かう。
「ようこそ、アキトさん、サクラさん」
天幕ではギルドの調査課長であるグスタフさんが出迎えてくれた。
「よろしくお願いします。調査課長が出張ってきていて良いんですか?」
「ははは。拠点設営とはいえ、戦えないものを前線に送っても仕方ないですからね」
なるほど。グスタフさんはガタイも良いし、以前は冒険者だったのだろうか。
受付を済ませ、休憩用のテントの割振りをもらう。冒険者カードの更新を合わせてしてくれるというので、カードを渡して次にラーンさんのいる天幕へ。集落には夕飯らしきいい匂いが漂い始めているが、とりあえずは打ち合わせだ。
「よく来たね。かけたまえ」
ラーンさんの天幕に行くと、ちょうど別の冒険者グループと入れ違いになった。朝から出ていた3人組のパーティーが報告に来ていたところだったらしい。ここは情報を収集するための天幕で、10畳ほどのテント内には机が並べられ、ギルド職員と思しき人たちが書類仕事をしている。あれは地図の模写だろうか。
「あらためまして、よろしくお願いするよ」
「よろしく」「よろしくお願いするわ」
互いに仮発行のギルドカードを見せて、能力の確認を行った。ラーンさんの職業は魔術師か。結構珍しい。魔術を扱える人はそれなりに居るだろうけど、職業として魔術師と書けるってことはかなり精通している証だ。
「サクラ君の重戦士はともかく、勇者というのは初めて見るね」
「魔王の悪ふざけですよ。弓も多少使えますが、剣士だと思ってもらってかまいません」
「それなら私が後衛をするので問題ないね」
魔術師が必ず近接戦闘が苦手とは限らないけど、ラーンさんは遠距離攻撃かデバフ型の魔術が得意なのかな。
「丘の状況はどうですか?」
「とにかくネズミが多いね。さっき君たちと入れ違いになった3人も、午後だけで8匹。他も似たような感じさ。散発的な遭遇戦だから戦闘自体は特に問題になっていないけれどね。あとは大口蛙、飛び百足、鉄牙猪……そういえば、飛蝗の蟲人が討伐されたよ。こちらはハグレと思うがね」
聞いたことのない魔獣がいるな。後で調べておこう。
「夜行性の魔獣も多いので、夜の間をどうするかが議論になっているのだが……どうする?サクラさんは夜目が効くだろう?」
「無理をしない程度になら出ても良いんじゃないかしら?大鼠も鉄牙猪も、どっちかって言えば夜行性の魔獣よね?」
「飛び百足も含めて、森の魔獣はもともと夜行性だったものが多いよ。まあ、当てにならないがね」
魔獣化している時点で、活動時間にあまり制約が無くなっているのだろう。ネズミも普通に昼間に出ていたしなぁ。
「ほかの冒険者の方々はでないんですか?」
「何チームかは出るだろうが、全員ではないね。ここに泊まらず、街まで戻るものも多い」
「それならなおの事、稼ぎ時ね。頑張って溜めておかないと、修理費用が足らないとかなったら勿体無いわ」
サクラさんはハルバートの修理に期待を寄せているようだ。まあ、みんなが動いているときより稼ぎになるだろう。その分危険も多そうだけど……もとよりそういう職業だしな。
「わかりました。夕飯を終えたら、無理をしないように回りましょう」
それからしばらく、冒険者カードではわからない個々の能力について打ち合わせ。
ラーンさんは属に中級と呼ばれるレベルの魔術師で、圧縮詠唱もしくは光学魔法陣と力ある言葉を用いた魔術が使える。得意な攻撃魔術は魔弾と土槍。防御は盾が使える。あとは補助魔術がいくつか。
近接戦闘の心得もあるらしいけど、専門ではないとのこと。暗闇の中で光学魔法陣は目立って狙われやすいから、今回は圧縮詠唱魔術を使ってもらうことになりそうだ。
俺のほうは力ある言葉だけでいくつかの魔術が使えると説明してある。現在カードにセットしてある魔術は炎弾、飛ぶ剣、閃光、風障壁、応急手当、魔力霧散、束縛糸、解毒(ムカデ毒)の8種類。もっとも、日中の度重なる魔術行使で残りの魔力が一桁なので、今日はほとんど役に立たない。いざという時のために閃光1発分は残しておきたいから、実質戦闘で魔術を使うのはなしだな。
「それにしても、ギルドも結構無茶な采配をするわよね」
ギルドが用意してくれた食事――パン、兎の串焼き、猪肉と野菜のスープ――を広場の片隅でとっていると、サクラさんがそんなことを言い出した。
「どういうことだい?」
「自分で言うのものなんですけど、ラーンさん、あたしと組むの嫌じゃなかったんですか?」
「……むぅ、そういう話かい?」
「ポンさんもお気楽だったけど、他の町では結構嫌がられるものよ?……あんまり街を旅してないですけど」
そーいえば、エターニアでは馬車に乗る時でさえもめたのに、こっちじゃそんなこと無いな。
「鬼族は相変わらず、役割を果たしたがらない割には自分の役割を気にするね」
「うっ……気にはしてませんけど……自然にこういう流れになったのが気になるというか……」
「こうなった理由はいろいろだろう。私があまりそういう事を気にしないというのもあるし、しばらく冒険者家業から離れていたのもあるし、なんだかんだで単独ではキミが最大戦力なのもある。こんな面白いことを私が拠点で傍観するとは思えない、というギルドの配慮もね」
ラーンさんはフィールドワーク型の研究者か。
「それに、アキトくんの影響も大きい」
「俺のですか?」
なんだろう?また魔王の後光が射したかな?
「人間族と鬼族の夫婦というのもなかなか珍しいがね。人とともに歩む覚悟も、ともに歩もうという人も、称賛に値するよ」
「「……………………え?」」
「……え?」
……………………あれ?
「……いやいや、いやいやいやいや。俺たち付き合ってすらいませんから」
どうしてそういう話になった?
「…………おや?」
なぜそこで首をかしげる?
「……ギルドではそういう話で持ちきりだったんだが?」
「どーしてそうなったんですかっ!サクラさん会ったの2週間前ですよ!?」
「そういわれても、私も知らないよ。そう聞いただけだもの」
どうなってるん?シルケボーでパーティー登録したし、勘違いされる要素なんてないと思うんだけど。なに?鬼族の異性と一緒にいるとそういうもんだと認識されるの?
「しかし……君ら一緒のテントが割り当てられてないか?」
「は?」
仮冒険者カードを受け取った時に一緒にもらった宿泊用のテント番号の札を確認……サクラさんにひったくられた。
「……ほんとだ」
覗き込むと、同じテント番号が割り当てられていた。またこの勘違いパターンか。
「……飯食い終わったら、グスタフさんに相談に行きましょうか」
「あ、あたしは、別に、気にならないけど?前も同じ部屋に泊まったし」
「どもってますよ」
「うるさいっ!」
ぷるぷる震えるサクラさんに怒鳴られた。
「申し訳ございませんっ!」
グスタフさんに相談に行くと、思いっきり頭を下げられた。
「いや、気づいて良かったですけど……どうしてこうなったんですか?」
「いえ、職員がそうだと話していたのでてっきり……」
後ろでほかの職員さんたちもうなづいている。
「俺ら数日前にここに来た時にはそんな勘違いされそうな感じじゃなかったんですけど」
鬼人の案件処理と、輸送任務の失敗処理をしてもらった時にはわかってる雰囲気だった。まあ、臨時パーティーでエターニアを出たのは記録されているはずだし当然だろう。
「……その手続きをしたのが誰か分かりますでしょうか?」
「……いえ、覚えてませんけど」
そういえば、あの後見た覚えがない。兎の依頼を処理してくれたのは……2匹目はアイリーンさんだな。1匹目は別の人だ。
「現在キルナ村で発生した鬼人の後処理で職員があちらに仮設支部を立てておりますので、そちらに行っているのかと。何分、各冒険者の個人交友まで把握しているわけではありませんので……二人でパーティーを組んでますし、まあ……いいかと……」
大丈夫かよ調査課。
「申し訳ありません。テントはすでに人を割り当ててしまっておりまして……いまから準備は難しく……」
ああ、やっぱりそういうことになります?
「もう良いわよ」
「いいんですか?」
「今後大森林に向かうなら、野宿だったり山小屋だったりで同じようなことになるんだし、気にしても仕方ないじゃない」
……そりゃそうかも知れませんけどね。個人的には気になるんですよ?
「サクラさんが良いなら、俺はかまいませんけどね」
「あたしはかまわないわよ。前にも言ったじゃない」
「前にも聞きましたけど、それでも聞くもんですよ」
「なに?そんなにあたしと一緒の部屋が嫌?」
「そんなことは有りませんけど……」
「なら、この話はおしまい。ラーンさん待たせてるんだし、時間が勿体無いわ」
先にいくわよ、と告げるとさっさと天幕を出て行ってしまう。
なんだろう。微妙に不機嫌になってる気がする。
俺はため息をつくと、グスタフさんに頭を下げてサクラさんを追いかけた。
□□□
気を取り直して風の丘。
ラーンさんが使った満月の灯火という魔術の効果で、彼女を中心に半径50メートルくらいが少しだけ明るくなっている。光量は名前の通り満月に照らされた程度であるが、全体的に均一に明るくなるのが特徴らしい。
これだけ明るければモノクルの暗視モードで十分視界を確保できる。
夜の戦闘、暗いところでの戦闘にはある程度セオリーがある。
例えばキルナ村で鬼人と戦った時の様に、相手が少数、こちらが多数ならば視界を確保するために全体を明るくしてしまうのが良い。逆の場合は相手側だけを明るく、自分たちのいる所を暗くするのが基本。明るいところで目立って狙われても意味がないし、自分の周囲が明るいと暗がりを見通せない。
今回のように索敵と遭遇戦を繰り返す場合は後者と同じ。照明のように強い明りはかえって敵を呼び寄せるだけだ。大抵の動物は火を怖がるので、地球だったら松明を持つことに意味があるんだろうけど……この世界では微妙なところ。昆虫から魔獣化した奴らは明りに群がってくるし、そもそも松明程度の弱い火など『なんのその』な魔獣も多い。
そんなわけで、うっすらと光射す草原をそろそろと進んでいるんだけど……。
「このっ!」
向かってきた飛び百足を切り払う。長い胴体を真っ二つにされて地面に落ちたその頭に追撃を振り下ろすと、それでようやく動きを止めた。
「アキト君!左から鼠だ!」
ラーンさんの声に反応して、今まさに飛び掛かってきた大鼠を盾で叩き落すと同時に蹴り上げる。
「任せて!」
サクラさんが魔王剣を振るうと、哀れ鼠は真っ二つになった。返り血を浴びないように慌てて飛びのく。
ふぅ……何とか一息。
集落を出てから小一時間ほど、緩衝地帯の森沿いをゆっくり進んでいるのだが、とにかく遭遇率が高い。すでに大鼠が6匹、飛び百足に至っては20匹以上仕留めている。
「周りに敵は?」
「今のところは見えないね」
ミスリルソードを軽く振って鞘に納める。こう遭遇が多いと抜刀したままのほうがいいんだけど、後始末をしなければならない。
切り落としたムカデの体を運搬用の大八車に乗せた麻袋に放り込む。真っ二つになた鼠の死骸も、手足を縛って固定。サクラさんが仕留めたもう一匹も同じように。こうして回収しておかないと、他の魔獣の餌になってしまう。
「はぁ……鼠とムカデじゃ実りがないわね」
サクラさんがため息をつくのもわかる。
大鼠は皮の買取費を入れて1匹3ゴルほど、ムカデはキロ当たり2ゴルにしかならない。鼠の皮以外は使い道があまり無いせいだ。ムカデ自体は乾燥させてエルフが漢方の調合に使う場合があるらしいけど、そんなに大量に消費されるものじゃあない。
素材にも食料にもならないものは、たいていは乾燥させるかして家畜――主に鳥。魔王軍ならグリフォンなどの飼育している魔獣の場合もある――の餌にするか、焼いて畑の肥料にするしか使い道がないのだ。
……ムカデの価格がスズメバチの巣より安いのは泣ける。
「いくら夜だからって、頻度が多すぎやしませんか?」
鼠は単独で、ムカデは1〜2匹でいることが多い。ただ、結構近くに集まっていることが多く、遭遇すると結局両方と戦うことになる。
「臭いにつられて集まってきているのだろう。この様子だと、森の近辺は以前からそれなりの数の魔獣がいたような気がするね。ふむ、興味深い」
なんの慰めにもならない。
大鼠は中型犬と同じぐらいのサイズ。飛び百足は長さ1メートル弱で、幅は10センチちょっとといったところ。どちらも少し小型の個体らしい。それほど脅威ではないけれど、逆にギルドの買取価格も期待できないし、気持ち悪いのは変わらない。暗闇で油断できないのも結構疲れる。
サクラさんに大八車を引いてもらい、残り二人で周囲の警戒を行う。暗視のおかげで昼間と同程度に見えるから魔獣の発見は可能だけど、視野が狭いのとはいただけないな。ムカデが上からくると反応が遅れる。
視界の悪い草むらや藪を避けて進む。深い草むらは何が潜んでいるかわからないから命取りだ。一応、草を払いながら進んではいるけれど、あまり近づかない方がいい。
「左手、藪の手前に飛び百足があ集まっているね。3匹かな?」
「何かの死骸でもあるのかしら」
「わからないけど……倒してしまおうか」
「じゃあ、あたしがやるわ。アキトは警戒をお願い」
「了解」
「私も牽制するよ」
大八車のブレーキを引いて、サクラさんが剣を抜く。距離は20メートルほどか。ラーンさんは杖を構えると、大きな身振りとともに詠唱を始めた。
「万物の根源たる魔素の、その衝撃たる七の散弾。魔弾!」
ラーンさんから放たれた不可視の衝撃波がムカデの群れを襲い、2匹が地面に落ちた。7発同時発射の魔弾。単発の威力が低いから大したダメージにはなっていないはずだけど、飛んでいる蟲を落とすくらいの効果はある。サクラさんはあっという間にムカデ3匹を切り捨てた。さすがに早い。
ガタッ!
大八車が大きく動いたのはその時だった。
「なんか変です!」
慌ててあたりを見回す。なんで動いた!?
警戒しながら大八車を見るが、周囲におかしなところは……いや、鼠の半身が足らない。簡単に止めていただけのロープが、輪を作って垂れ下がっている。
「何かいた?」
ムカデを拾ったサクラさんがゆっくりと戻ってくる。
「見えません。でも鼠が半分無くなっています」
そう言ってサクラさんのほうを向いた瞬間、白何かが伸びてきてムカデを摘まんだままのサクラさんの腕に絡みつく!
「うきゃ!なにこれぇぇぇ!?」
サクラさんの小さな体が宙を舞う。大口蛙だ!岩のように地面にはいつくばって擬態していたのだろう。首をもたげ口を大きく開いた蛙が、伸ばした舌を絡みつかせてサクラさんごとムカデを飲み込もうと……。
「このっ!」
一瞬のうちに剣が閃いて、蛙の舌が切り落とされる。蛙が大きく鳴いた。それまで地面だと思っていた部分が動く。2匹いる!?
「2匹います!ラーンさん、援護を」
「……すまないが、アキト君、こっちの相手もしてもらえるかい?」
ラーンさんの声に振り向くと、そこには熊と同じぐらいの大きな影が、今にも飛び掛かってきそうな体制でこちらを見ていた。
「……鉄牙猪!」
どうやら楽な戦いはさせてくれないらしい。
買い出しで二人の防具が少し変わってたり、ラーンの装備についても描画したかったけど入れる場所がありませんでしたorz 特に影響ないのでいいタイミングで描写します。
土日はまた家を空ける予定なので、次の更新は7/12(火)を予定しております。(執筆が進めばこっそり月曜日に上げます)
■圧縮詠唱魔術
音声魔術の一種。通常の音声魔術(詠唱魔術と呼ばれるもの)に比べて、呪文を短いためこう呼ばれる。
詠唱魔術の呪文は早口で唱えても効果がなく、一定のテンポや音程で唱える必要があるため、魔術発動までに時間がかかる場合がある。
この問題を解決するために、呪文自体は短くし、省略した呪文と同じ効果を身振り手振りなどの印や、思考で補うのが圧縮詠唱魔術である。
ちなみに、思考で魔術を発動させる術を極めると無詠唱魔術となる。