7.説明
「少し縮んだかなぁ・・」
血を洗い落としたウエストのあたりが心持、朝よりも
ぴったりしているように感じた。
しかしそれもあくまで心持、だろう。
2〜3回ウエストをひねってみるとしっくりとなじんだ。
京介の部屋に大きな姿見がない。
よって全体を見る事はできないが着た感じおかしいところはないであろう。
(問題は髪・・)
一生分の髪・・・優に5〜6メートルはあっただろう・・・を
暫定的に切ったので毛先がばらばらになっている。
長い・・長い髪。
あんなに伸びるんだぁ・・・と思い出してみる。
髪を伸ばそうと思っていたので折角長くなった髪を切っちゃったのは
もったいなかったのかな?とも考える。
教科書で見た平安時代の女の人はあんなに長い髪をどう維持していたのであろう?
肩下で適当に切りそろえた自分の髪をつかみ思いをはせる。
明日美容室にいかなくちゃ・・・ちょうどそろそろ行こうと思っていたし。
今日はまとめておけばよいだろう。
化粧ポーチからピンを出し数箇所にブロッキングしながら
慣れた手つきでアップスタイルに纏め上げた。
夕方以降はまだ寒い。
そんな中でこの部屋の主である京介を長く待たせるわけにはいかないので
メイク直しはとりあえず諦める。
ふと洗面所の鏡から視線をキッチンの方に移す。
日頃はあまりシンクを使わないのか、はたまた異常なまでに
神経質なのか全く料理とは無関係にも見える台所だ。
「男の人ってこうなのかしら?」
美樹には男兄弟がいないのでよくわからない。
一人暮らしの男の部屋に全く行ったことがないわけではないが
こんなにまじまじと観察したのは初めてだ。
は、と我に返り玄関のドアをあける。
「あの・・お待たせしました。」
ドアに背を向けて階段の踊り場で外を見ている京介を呼んだ。
寒かったかしら?とちょっと心配になる。
「よかった。洋服だめになっちゃわないで」
ほっとした京介の笑顔を見て心配かけて悪かったなぁ・・・と反省する。
でも原因作ったのは京介なのだから美樹が悪かったなと思う義理はないはずだ。
それでも親身になって心配されると後ろめたくなってしまう。
それが美樹の良い所でもあり、しかしそのせいで
少々引っ込み思案になってしまう短所でもある。
「良かった・・じゃあ、家まで送ろうか?」
暗くなっちゃったしと、空を指差す。
時計は九時少し前を指している。
美樹の家に門限はないが、いつも7時前には家に着くので遅い帰宅になるだろう。
「家どこかな?少し車の中で話すね」
玄関の棚から車と家の鍵を取り美樹がバックを取って来るまで玄関で待っている。
(行動がてきぱきしたひとだなぁ)
とテンポののんびりしている美樹には感じられる。
数字と格闘している理系の人ってみんなこうなのかなぁ・・とぼんやりと考えた。
玄関でミュールをはくとき、靴擦れが痛くてお昼に貼った
バンソウコウが甲部分に引っかかり少しはがれ傷一つない真っ白な足の甲をさらした。
京介の家からは車で20分ほどの距離らしい。
学校のある市とは隣の市だが町名を言ったら近くまでならわかるから
近所は案内してと京介は言った。
車を運転しない美樹にはよく分からない道を京介は楽しそうに運転している。
「運転って好きなんだ。マニュアル車でガンガン飛ばすのが
好きってのじゃなくてただただ景色が変わるのがすきなんだよね」
とハンドルを嬉しそうに握る。
「男の人って運転好きな人多いですよね」
周りのクラスメート達を思い出しながら言う。
それに応える京介のおだやかな笑顔がふと真顔に変わり
「竹来さんは・・・もう・・人間じゃないんだ・・・」
突然、本題に入った。
美樹の京介に向けていた笑顔が凍りつく。
「ごめん・・・もう・・竹来さんは普通に年を取ることができない・・・」
さっきまでとは違った重い声。
「さっき・・もう・・人間としては死んで・・今は・・生きた人形なんだ」
「傷を負っても体が肉片レベルにばらばらにならなければ死ぬ事が
出来ないし、小さな傷は人の治癒能力とは比べ物にならないほどの速さで
完治しちゃう・・
これからは周りの人たちに不信に思われないように生活しなきゃいけない」
(じゃないと周りから迫害される・・昔の俺みたいに・・・)
京介はその事は黙っていた。
いきなり脅すような事は言いたくないという気持ちが言葉を抑えた。
もうひとつ、京介が今言いたくなかったことは、
今後10年は今の家族、友達と一緒にいる事はできないだろうという事・・・
あまりに残酷なことは言いたくない。
しかも彼女が「死んだ」日に。
「そして俺は吸血鬼なんだ・・ごめん・・。
君を人間以外のものにしちゃって・・・」
美樹は凍りついたように表情をこわばらせたままだった。
人間以外のもの・・?そんなものあるわけない。
って思う気持ちもあるが、さっき自分が血まみれだったことや
信じられないくらい長い髪が非現実なことが現実になった証拠のようにも思われた。
確かに血まみれだった。
確かに髪が伸びた。
確かに・・・・・おかしい?
でも・・でもそれだけじゃまだ信じられない。
「でも・・・」
言いかけた美樹に
「これで証拠になるかわかならいけれど」
と京介は口をあけ・・・牙を見せる。
「牙」にしか見えない歯・・・人の犬歯は普通ここまで発達しないだろう。
美樹も少し八重歯なのでよく「見てみて〜牙みたい」と
冗談で言ったことがあるが八重歯と牙は大きく違う・・と京介の牙を見ると感じた。
しかしさっきまでそんなの無かったのに・・。
「吸血鬼の牙はネコの爪みたいに普段は隠してあるんだ。
人間に紛れて暮らせるために進化かもしれない」
と静かに語るその口元にはもう牙は確認できなかった。
「でも・・吸血鬼って昼間だめなんでしょ?」
そうだ、日が照っていた。
薄暗かったがたしかに京介を見たのは光の下だった。
「光がくらいで灰になるような弱い血族だったら・・
遠の昔に淘汰されているよ・・・ちなみに鏡にも映るよ」
サイドミラーに目を向けると京介の横顔が鮮明に映っている。
「死体だって鏡に映るだろ?そもそも実体があるのに鏡に映らない
存在があるわけないんだよ。
ブラム・ストーカーの影響でみんな吸血鬼は鏡に映らず、
光とにんにくと十字架がダメって思っているみたいだけれど」
京介が言うには、吸血鬼みんながクリスチャンではないし
どこの国にもいるのだから欧州の宗教のみが弱点になるわけがないとのことだ。
中国には有名なキョンシーがそれにあたるし日本にもひえんまという
女吸血鬼が昔話に登場しているらしい。
「そして霧になったりコウモリになったりも出来ないよ。
あんまり魔術めいたことは出来ないんだ」
「じゃあ・・私を生き返らせたって?」
十分に魔術めいている。
「んと・・竹来さんのもともとの体にセイレーン族の
性質が備わったっていうか・・・あ、接木ってわかる?植物の。
あれと同じだよ。俺は何か特別なことしたわけではないんだ」
接木・・品種改良などのために与えたい性質を持った他の植物と
接合させて性質を持たせる。
まさにぴったりな例えだろう。
ただし敢えてドナーであるセイレーンのことは告げない。
いずれ時が来れば説明するかもしれないが、
ただでさえ混乱している時に「ドナーは死んだ」なんて知ったら
自責の念にかられてしまう恐れがある。
「あの・・・それって腕をくっつけたのですよね?
くっつくのですか?だってキョゼツ反応があるんじゃ・・?」
たまにテレビで臓器移植の問題を取り上げている。
あれは他人の体のモノは自分とは違うと認識するので免疫系が
折角移植した臓器を攻撃してしまう。
それを防ぐには血液型や免疫の細かい型が一致しないといけないらしい。
美樹はあまり詳しくはわからないがすぐに手がくっつくとは
考えられない。
「・・・死体に抗原抗体反応は起こらないんだ・・」
京介の声のトーンが下がる。
極力「死体」という言葉は使いたくない気持ちがトーンを
下げさせたのだろう。
「ぬいぐるみの腕を別の人形の手につけるのと一緒だから・・・」
そして美樹は生きた死体・・creatureになった・・・。
左折するために出したウインカーの音がやたら大きく聞こえた。
「俺たち吸血鬼や竹来さんみたいな・・ヒト・・は
人間と代謝システムや細胞周期が違うんだ」
ヒトと呼んでいいのだろうか?
空いている何の変哲もない住宅地の道を走る車の中での非現実な会話。
「竹来さんももう普通の代謝はされない。もちろん普通の食事を
摂ることはできるけれどそれが今までみたいに成長に使われることはなく
最低限度の細胞維持にのみ使われて体外に排出されえる・・
あ、この道は右?左?」
右です、と小さく答えた。
もうすぐ美樹の家の前になる。
「どうしよう。明日、また話せるかな?」
ここです、と美樹が家の前で言うと京介はエンジンを止めながら顔を向けた。
「まだ、いろいろ説明しないといけないし、明日学校に来る?」
明日は2コマに必修授業がある。
「はい。2コマに授業あるので・・」
「ならお昼にでも話そうか。えっと・・・・じゃあ2コマ終わりに
生協の前って平気?」
「はい。・・・あの、ありがとうございました」
「え?」
「あの、送っていただいちゃって」
ぺこりと頭を下げる。
「ううん。いいんだよ。ごめんね。明日もっと詳しく話すね」
助手席のドアを開けもう一度お辞儀をして車からでた。
「また明日」
何故か二人で同時に言い、それを二人で照れ笑いしながら京介は
車のエンジンをかけ美樹はそれを見送った。
「送ってくれてありがとう・・・か・・」
帰り道を運転しながらさっきの美樹の言葉を思い出す。
彼女に京介がどんな残酷なことをしたかはたして理解しているのだろうか?




