6.再生の夜
生まれ変わったらキメラだった。
アナタはどう思いますか??
何の変哲もない3階建てのアパート、その3階の304号室が京介の部屋だ。
駐車場に車を停めあたりを見回し、人がいないことを確認する。
ぱっと見だとわからないとはいえ、女の子が血まみれの服を着ている姿を
人に見せたくはない。
鍵を開け、部屋の中に美樹を促す。
ふと見られてまずいモノは何もなかったよなと思い返してみる。
・・・ないだろう。大丈夫。
ごく普通の1Kのアパートでキッチンが少し広いのがご愛嬌。
本来なら一人暮らしの男の部屋に女の子を促すなんて
特別な場合だけなのだろうが、今回はある意味「特別な場合」なので
仕方がないと自分で納得する。
「お邪魔します」
聞き取れないほど小さな声で言った。
「服・・着替えた方がいいよね。ちょっと待っていて」
クロゼットからパジャマを取り出す。
まだ一度も袖を通していないしこれなら女の子が着ても
おかしくはないだろう。
「俺は着替えている間、外いるから終わったら教えて」
こくりと頷いてパジャマを受け取ると、京介はいったん部屋を出る。
放心しているのかな?もっと泣き喚くかと思ったがあまりに
大人しくてびっくりした。
切り取った髪を燃やし、creatureのものとは違い残ってしまう
美樹のおびただしい血痕も炎で焼き焦がしておいた。
その場に座り込んでいる美樹の散らばった荷物を集め、
ほとんど抱えるようにして美樹を車に乗せ家まで連れてきた。
俺は間違っていたのだろうか・・・
あのまま彼女を殺したままにしておいた方が良かったのだろうか?
明日の新聞やニュースで「女子大生変死」と報道される。
手を何かにより噛み取られ出血多量によって死亡・・・。
猛獣か変質者か通り魔か、または怨恨か。
様々なプライバシーが暴かれて面白おかしく脚色されて公共の
見世物になる。そして飽きるとあっさりと次の話題になる。
でもプライバシーをさらされた本人とその家族はどうなるのだろうか?
被害者はこの世を去っても家族親族は生きて社会生活を営まなくてはならない。
それに彼女がこれから生きていくかどうかはせめて選択できてもよいはずだ。
そして・・・非常にわがままな願いかもしれないのだが人を見殺したくなかった。
しかも何の罪もない女の子を。
そんなエゴで生き返らせた。
Creatureとして・・・・
「あの・・終わりました」
玄関のドアを少しあけてパジャマに身を包んだ美樹が京介を呼ぶ。
「お茶飲む?紅茶でいい?」
棚から久しぶりに使うマグカップを取り出し、やかんでお湯を沸かす間に洗う。
洗って棚においてはいたが、長い間つかってなかったので
手触りが少し埃っぽかった。
美樹はまだ放心したようにたたずんでいる。
「座っていていいよ」
そこのクッションのとこ、とビーズクッションを指し示す。
美樹は素直にちょこんとクッションに腰をしずめた。
そんな姿はまるで小さな女の子のようだ。
大学2年生・・・19〜20歳とはこんなに幼いものだったか?
京介は自分が本当に20歳前後だった頃を思い出してみようとする。
しかしそれははるか昔過ぎてぼんやりとも思い出せない。
もう一つ、可愛いな・・と思った。
まだぼんやりとして宙を見ている美樹をそれとなく観察してみる。
さっきは顔なんて見ている余裕はなかったがよく見るとかなり
可愛い女の子だと気付く。
名前は忘れてしまったがお茶のCMに出ているアイドルタレントに
似ていなくもない。
おそらくこうゆうコを清純派と呼ぶのだろう。
「はい、どうぞ」
手渡したマグカップを微かな笑みで応えて受け取った。
(何て言えばいいんだろう・・)
言葉を探すが見つからない。
いきなり「君はもう人間じゃないんだよ」なんて言われたら確かに
人は事実をそうすんなりとは受け入れられないだろう。
ましてや自分の右手はセイレーンから移植したものだよ、なんて言われたら・・・
(恨まれても仕方ないよな)
今は大人しいが、落ち着いて状況が飲み込めたら罵られるのだろうか
さめざめと泣かれるのだろうかそれとも恨まれるのか。
生きた屍・・・いや、人形となって永遠に姿が変わらない存在。
この先4〜5年はよいであろう。
しかし必ず「老い」ないその姿は人から不信をかう。
もちろん家族や親しい友人からも・・・。
そうなった時、彼女はそういった周りの環境を捨てて
生きていくことができるのだろうか?
俺みたいに・・・・・
もう一度、美樹に目を向けると今度は彼女もしっかりとこちらに
視線を向けていた。
「お茶、ごちそうさまでした。」
ぺこりと頭を下げてマグカップをテーブルに置いた。
カップを置いたその手は彼女本人のモノではない。
「あ・・・うん」
あまりにお行儀良く言われたので京介は戸惑って言葉を
頭で反芻しなくては意味がつかめなかった。
「あと・・・お洋服も貸していただいちゃって・・ありがとうございます」
と自分が着ているパジャマを摘んでみる。
まさかお礼を言われるとは思わなかったので面食らってしまう。
「あの・・・俺・・・」
謝るべきか、謝らなくてはいけないだろう。
目の前にいる娘を俺は殺してしまったのだから。
「あの・・」
もう一度口を開く。
「ごめん」
頭を下げる。
これしか言えない。
弁解の余地なんてないし、いい訳言える立場でもない。
「ごめん。」
繰り返す。
静かな時間が流れる。
多分数秒、長くても十数秒の時間であろう。
しかし京介にはその間が永遠にも近く感じられた。
「あの・・」
沈黙をやぶったのは美樹の困った様な声だった。
「ごめんなさい、私・・謝られる意味が解らないんです」
顔をあげると不思議そうにこっちを見ている。
「だって俺・・」
「私、今動いてますよ?
確かに服に血が付いていたときはびっくりでしたけれど」
だから謝られるのがわかりません、と控えめな笑みを作りながら
静かに言った。
「でも俺が・・」
美樹の身体がリンカーンに振り回される映像が頭の中でフラッシュバックする。
そしてインペリアの腕を切り落とし美樹に接合したグロテスクで
原始的な手術を思い出す。
「ごめんなさい。まだよく飲み込めてないんです」
ごめんなさい、と言わなくてはいけないのはこっちなのに
しきりに恐縮しながら謝られて京介は少し居心地が悪くなった。
また沈黙してしまう時間が訪れる。
「ごめんね。服も・・・着ていた服の血・・クリーニングで落ちるかな?」
話題を変えなくては、とあせって京介はそんなことを
言ってしまう。
しかし言ったあとで「しまった、不謹慎だったかな?」と
後悔をした。
「私、自分で洗えますよ?」
美樹もどうやら話題を変えたかったらしい。
ほっとしたような笑顔で答えた。
「あの・・・良かったらここで洗っていいですか?」
パジャマお借りして帰るわけにいきませんし・・
とおずおずと上目使いで言った。
美樹が言うにはワンピースは幸い茶色なので洗っておけば
多少しみになっても目立たないだろうとのことだ。
明日にでもちゃんとクリーニングに出せばよいらしい。
「とりあえず、血のついたお洋服で帰るわけには行かないので」
とちらりと窓の外を見た。
もう日が落ちている。
「家に連絡とかしなくていいの?」
見た感じ良いところのお嬢さんっぽいし門限がないとも限らない。
って今時大学生で門限あるような家は皆無かな?
「そうですね、姉にメールします」
と奇跡的に血痕がつかなかったバックから携帯を出しメールを打つ。
一人暮らしではなく姉がいるらしい。
ペンギンのマスコットのついた携帯ストラップがいかにも
女の子の持ち物っぽい。
携帯メールを打つ早さもかなりのものでメールを普段から
フル活用しているのが伺えた。
電話不精だし、ちまちまとした携帯メールがどうも苦手な
京介にはそんな姿が違う人種のようにも見えた。
「遅くなるってメールしときました。お洋服洗って乾かさなきゃ」
すっくと立ち上がりお風呂場借りてもよいですか?
と手にワンピースを持ちながら首をかしげる。
「こっちだよ」
とお風呂場に案内する。
バス・トイレが別々になっていて一人暮らし用バスにしては
広いほうだと思う。
しかし女の子をまさか我が家のお風呂場に案内することになるなんて・・
ちらと美樹を見ると熱心に服の染みをチェックしている。
パジャマ姿の可愛い女の子とお風呂場へ・・・もちろん一緒に
入るわけではないが何か照れてしまうようなシチュエーションには
違わない。
(何か不謹慎だぞ、俺)
自分の不注意で殺した女の子に一体何を考えているんだか、と
ひとりごちする。
「洗濯石鹸ってありますか?」
せんたくせっけん?・・・男の一人暮らし・・しかもそんなに
マメではない男の一人暮らし・・そんなモノ・・・ない・・。
「買ってこようか?」
何かおろおろしてしまう自分が情けない。
「あ、いえ、いいんです。えーと、
じゃあボディーシャンプーとかあります?」
「ボディーシャンプーならあるよ」
とお風呂場には使いかけがあるが、一応棚から新しいボトルを出す。
「お湯だしとく?」
「いえ、血はお水のほうが落ちやすいんです。」
「へぇ・・・」
感心してしまう。
確かにタンパク質を含んでいる血液をお湯であらうと凝固を起こしそうだ。
「ではではお借りします」
ぺこりと丁寧にお辞儀をしてバスルームに入っていく。
それを見送りながらまた何故か照れてしまう。
考えてみるとこの部屋に女の子が入るのは初めてかもしれない。
今の大学に入ってから彼女を作っていない。
いいな、と思う女の子がいなかったわけではないが縁がなかったのだ。
彼女なんてつくらないで卒業かなぁと思っている。
潤いの無い生活、それが部屋にも現れているかもしれない。
小さなTVにビデオデッキ。CDプレーヤーと本棚。
本も雑誌の類はほとんどなく学校の教科書と専門書くらいしかない。
クロゼットの中の衣類も基本的な大学生としては平気よりも
むしろ少ないほうであろう。
いつもの自分の部屋を改めて見直してみる。
くつろぐというよりただ寝るだけの部屋。
面白みもないが見られて困るようなものもなかったのがせめてもの救いだ。
吸血鬼は普通の食事を食べる事は出来ても肉体を最低限維持するためにしか
必要とはしないので普段家では食事はほとんどしない。
学校や人といるときは食べないと怪しまれるので一緒に食事を摂る。
それだけで十分だ。
部屋には一応、最低限度の食器類は揃えてある。
これも人を部屋に上げた時に『普通』に見えるための演出にもなる。
もちろん客人にお茶などを出すときにも使えるし。
それにしてもこのお客様用マグカップを出したのなんて何年ぶりだろう・・・
「・・・」
懐かしい名前を口の中でつぶやいた時
「落ちました。ありがとうございました」
と美樹の声がし、ふと我に帰った。
「良かった」
ほっと胸をなでおろす。
血を落とすのに使ったボディーシャンプーの香りがまるで
湯上りのようでどぎまぎしてしまう。
「いろいろお借りしちゃって悪いのですがこのドライヤー使ってもいいですか?」
と洗面台の横にあるドライヤーを指差す。
どうぞ、と言いながら丁寧なコだなぁと関心する。
最近では、挨拶はおろかお礼も満足に言えないコが多い中
こんな礼儀正しいコは珍しい。
親の教育が良かったのだろう、良い意味で親の顔を見てみたい。
そんな年寄りじみた事を考えているうちに美樹はドライヤーで
服を乾かし終えたようだ。
ほら、見てくださいーと嬉しそうにワンピースを広げてみせる。
「落ちましたーっしかも皺もあんまりつかなくて良かったー」
確かに見た限り血まみれになっていたようには見えない。
とりあえずこれを着て外を歩いても何ら問題は無いであろう。
「着替えるよね。また外出るね」
「あ、すみません」
部屋を出ると外はすでに真っ暗になっており、冷たい夜風が
頬をなでた。
京介はタバコを吸わない。
のでこんな時に時間を潰すすべがない。
そんなわけで美樹が着替え終わるまでぼんやりと見慣れた
我が家の玄関前の風景を眺め続けた。
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