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後編・・・・・警告する役目の引継ぎ

 山から冷たい風が吹いて、川面を揺らした。


最後に投げた釣り糸は美しい放物線を描き、浮きが水面に立ち、波紋が広がる。

鳥・虫の声も聞こえず、静かだ。


自分の鼓動の音だけが、大きく響いているような気がした。

 (何やってんだよ、俺は・・・)

冷や汗が全身を覆い、早く竿を引いて帰るべき、と言う気持ちが、必死に叫んでいた。


 しかし、一度突き出した欲は、もう、元には戻れない状況。

 この川で一番大きい魚を釣り上げたい、という欲望が達也の体を束縛していた。


 カツン・・・ツッツッ・・・・

小さな振動が手元に伝わってきた。

浮きが水中に消えるどころか、ズズズッーっ

引きずられ、"わっあぁ・・・"

引きずり込まれそうになり、達也は寸前で、足を踏ん張った。


竿は、今まで見たこともない角度で、ミシミシと音を立てた。

 「重い・・・っ、強いぃーーーっ、なんだ、なんだ、石や、何かに引っかかってるから重いのかぁ?」


魚が逃げるために暴れているだけなのか、それにしては重すぎる。

達也は歯を食いしばり、リールを巻きあげた。

 「上がれ、上がれ、俺の勝ちだぁっーーーっ」

叫びながら、軍身の力で竿を煽った。


 ドバァーーン!


大量の水しぶきが舞い上がった。巨大な魚体が空中に踊り出た。

体長は一メートルを超えている。


 「やったぁっ、釣れたぞ」

達也は歓喜の声を上げながら、打ち上げられた大物の元へ駆け寄った。


河原の湿った砂利の上に、その巨大な魚は横になっていた。

 しかし、近づくにつれ達也の足が止まった。


歓喜は凍り付くものに・・・。なぜなら、その魚には鱗がなく、ぬめりけのある不気味な皮膚。

魚の頭部があるところについていたのは、《人間》の頭部になっている怪魚。


 首の境目からは赤いエラがあり、空中で喘ぐように、開閉している。


 「あっ・・・・あぁぁぁっーーー」

達也は腰を抜かし、尻もちをドンとつき、後ずさりしながらもその「顔」から目を逸らすことができずだった。


落ち込んだ目、薄い唇、ヤツレタ頬。

 それは今日この川へ来るとき、車のルームミラーに映った自分自身の顔だった。


 『た・・・つ・・・や』

巨大な魚の口が動き、耳元でささやかれた気がした。

 『欲張ったな、達也』


達也は叫び、もがき倒し、逃げ出そうとしたが、足は動かない。足元の方を見ると川底から伸びた無数の泥の「手」が達也の足を、ギュッと固く、強く掴んでいた。


 次々と、川の水面から顔が浮かび現われ、過去にこの川を訪れ、老人の警告を無視し欲に誘惑された者たちの顔だ。


全員が絶望に満ちた目をし、苦しそうに口をパクパクしている。

 『こっちにおいで・もっと釣っていいんだよ・全部おまえのものだ』

無数の声が頭の中に響き渡る。


 「離せっ、助けてくれ」

河原に這いつくばって、もがきもがいた・・・。触れたのは草むらに残されていたあの老人の麦わら帽子。



ーーーあの老人もかつてこの川で欲に呑まれた者だったのだ。


警告をあたえ、次の犠牲者が現れるのを待つだけの存在。そして今、その役目が自分に引き継がれようとしているのだと・・・。



 「えっ・・っっっ、あっ・・・・わぁぁっーーー」

引きずり込まれる感覚と、共に視界が水の中になっていく。


鼻と口から冷たい川水が流れ込み、意識が薄らいでいく。


達也の体に、異変がっ。

腕が胴体に張りつき、皮膚が滑らかに変化し、足が尾ひれへと・・・。


胸の奥にあった、仕事の悩みも、日常生活も全てが冷たい水の中へ、溶解していた。


残ったのは満たされることのない、果てしない【飢え】。

ーーー ーーー ーーー

数か月後

澄み切った河原に一人の若い男性が立っていた。

顔色は青白く疲労が刻まれており、車から降ろした大きなクーラーボックスを、手にしている。


 準備をしていると、背後でガサガサ。

振り返ると男が立っていた。白髪交じりの髪の隙間から生気のない目が覗いている。

 『ここはよく釣れる、欲張るな』

若い男性はうっとおしいそうにはなで笑い頷いた。


白髪交じりの男達也は背を向け、草むらへ消えた。


川の底の闇で、自分を待つ、次の"最後の一投"の予想を期待して。








最後まで拝読、誠にありがとうございました。


♧♧♧♧ じゅラン椿 ♧♧♧♧

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