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3.そのころまかいでは

「姫よ、そろそろ何か食べないと・・・」


「うるさいわね!ほっといてよ!あと部屋に入ったらころす!」


魔界へ連れてこられたケイトリンは、塔の上の部屋に入れられると、自分から内鍵を掛け、引きこもってしまいました。心配した魔王が食事を持ってきましたが、冷たく突き放します。


「・・・ドアの前に置いておくから、お腹がすいたら食べなさいね。」


魔王はがっくりと肩を落とし塔を降りていきました。


「・・・ふん!」


ケイトリンは知っています。魔界の食べ物を口にすると魔族になってしまうということを。

そうして五日間、飲まず食わずで過ごしたケイトリンは、ふいに様子が気になって塔の部屋から出てみることにしました。扉を開けると足元には豪華な食事が置かれています。トレイには、『ケイちゃんへ、ちゃんと食べてね。』とメモが添えられていました。まだ温かく、用意されてからそれほど時間が経っていないのでしょう。毎食の時間にわざわざ用意してくれていたシェフがいるであろうことを思うと少しだけケイトリンの胸がチクリと痛みました。

永遠にも思えるほど長く続く階段を一段一段踏みしめ降り切ると、息は荒れ、視界はぐらりと揺れます。


「姫?」


誰にも見つからないようにこっそりと降りてきたのに見とがめられてしまい、声に驚いて振り返ろうとしたケイトリンは、疲れと栄養不足でとうとう力が尽きてしまい、その場にどさりと倒れました。

意識を手放す前にぼんやりと見たものは、恐ろしい竜でも薄汚れた老人でもなく、心配そうにケイトリンを支える、赤い目の凛々しい青年でした。


---


「うう・・・むぅ」


「目が覚めましたか?」


次にケイトリンが目を覚ました時、すぐに聞こえたのは優しそうな女性の声でした。声の方を向くと、使用人の服をまとった魔族の女性が微笑んでいました。


「・・・あなたは?」


「リリーと申します。あなたのお世話をするようにと、主から言われています。なんなりとお申し付け下さい。」


種族は違うけれど、とても美しい人だとケイトリンは思いました。それに見た感じ、ケイトリンと歳も近そうです。少し気が緩んだケイトリンのおなかが、きゅるると音を立てました。


「おなかすいた・・・」


「そうくると思いました。」


リリーは近くのテーブルに用意されていた皿を手に取り、まだ湯気が上がる料理をひとさじすくい、食べやすいように息を吹きかけ冷ましました。


「ミルクがゆです。人間界の食材で作られていますから、安心してお召し上がりください。」


勧められるままに口に含むと、優しい甘さが染み渡ります。

ケイトリンは思わず笑顔になりました。


「おいしい・・・!あの、わたしシェフさんにお礼を言いたいわ。人間界の食材を手に入れるのは大変だったでしょう。それに謝らなくちゃ、お料理を無駄にしてごめんなさいって。」


リリーはくすっと笑うと、かしこまりましたと答えシェフを呼びに出ていきました。

しばらくしてリリーに連れられて部屋へやってきたのは、さっきケイトリンを助け起こそうとした青年でした。


「・・・あなただったのね!さっきは助けてくれてありがとう。それから、毎日お料理を作ってくれたのにごめんなさい。わたし、魔界のものは食べられないの。」


青年は、すっかり元気を取り戻した様子のケイトリンを見てほっとしたように、「そうか。」と返しました。


「それにしても魔王って本当にヒドイ奴ね!いきなり人をさらって、わたしの都合も考えなさいよって感じ!」


クスクスと笑うリリーの横で、青年はきまりが悪そうに口を曲げています。

きょとんとするケイトリンに、リリーが説明しました。


「この方こそ我が主君、魔界を統べる王でいらっしゃる方。あなたのための料理はすべて、我が王が手ずから用意したものです。」


「うそ・・・」


てっきり竜に化ける老人が魔王だと思っており、本人の前で思いっきり愚痴をこぼしてしまったケイトリンが青ざめて口元を抑えると、魔王は不機嫌そうに言葉を返しました。


「ひどい奴で結構。約束なら15年と11ヵ月3週間前に取り付けたはずだ、お前をいただき魔族にすると。それを無視して神妙にしていなかったお前が悪い。」


そんなことを言われても、父王の態度で買ってしまった恨みの責任は、当時赤ん坊だったケイトリンにはないはず。口答えをしようとするケイトリンをじろりと睨みつけると、魔王は続けました。


「まぁお前が魔族になりたくないと言うならそれでもいいよ。当分は人間用の食事を用意してやる。約束の16の誕生日までまだ1週間もあるんだ。それまでにどんな手を使ってでも、お前が自分から俺の妃になりたい、魔族になりたいと思うように仕向けるから覚悟しておけよ。」


そう言い残すと部屋を出ていってしまいました。

ケイトリンの頭の中に、小さな頃から父から何度も聞かされていた呪いの言葉が蘇ります。

【この子を16の誕生日に魔王の妃とする。やがて魔族として人間界に脅威を与えるだろう。】


「あれって、予言じゃなくて努力目標だったんだぁ・・・」


魔王の去る方へ頭を下げお辞儀をしていたリリーは、頭をあげるとケイトリンに向き直って微笑みました。


「手荒な真似をしてごめんなさい。主君に代わって謝りますね。何せあの人はおよそ16年もの間あなたを一途に想い、その成長を影から見守り、見守るのが趣味になって気づけば16の誕生日まで目前。今になってなんの策も考えていなかったことに急に焦りが出たのでしょう。だからと言って力技に出たのは逆効果だと、私は思うのですけれどね。」


なんだか思っていた魔王とはちょっと違う。それにちょっとだけハンサムだったし。ケイトリンは魔王のことを嫌いになりきれないなと思っていました。

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