P-268 若手と共に
カタマランを手にして間もない世代。俺達より若い連中だから、ガリムさん達が指導するのが本筋なんだろうな。
生憎と漁の期間が上手く重ならなかったということらしいのだが、本人達は俺と同行できることを喜んでくれた。
「聖姿を持つ漁師と漁ができるんだから嬉しいのは当たり前にゃ。しっかりと模範を示してあげるにゃ!」
そんなことを言って俺達のカタマランに乗り込んできたトーレさんは、操船櫓の上で舵を握っている。
若い連中が一緒だから速度を上げられないとの呟き声が、船尾のベンチに座る俺にまで聞こえてくるんだよなぁ。
屋形の扉近くにマナミを入れた籠を持ちだし、その脇にベンチを移動してエメルちゃんが籠の中のマナミと子猫に色々と話しかけている。
少しずつマナミも言葉を覚えてきたからね。
もう1人子供が増えるから、賑やかになるに違いない。
「トーレさんの操船だと、着いて来れないかと思っていたにゃ」
「さすがにいつもと違って、たまに後ろを見て操船してるよ。彼らのカタマランで2日の距離と聞いたんだけど、この速度なら明日の昼過ぎには漁場に到着するんじゃないかな」
俺達のカタマランに乗ると速度を上げて水中翼船モードで航行するトーレさんだけど、さすがに若手を3隻率いるとなればそうもいかないようだ。
飽きて直ぐにタツミちゃんに操船を任せるかと思っていたんだが、やはり若手の育成は年長者の務めと思っているのだろう。
何時もと違って穏やかに操船してるんだよなぁ。いつもこんな操船をしてくれると良いんだけどねぇ。
夕暮れが迫ってきたところで近くの島に船を寄せアンカーを下ろす。
ここならオカズ釣りが出来そうだと、竿を取り出し仕掛けを下ろすと直ぐにブラドが食いついてきた。
数匹釣り上げたところで獲物をタツミちゃんに渡すと、竿を仕舞い込み船尾でパイプに火を点ける。
風はそれほどないんだが、煙がゆっくりと後ろに流れていくからトーレさんの厳しい目を受けずに済みそうだな。
夕食は釣り上げたブラドの焼いた切り身とトーレさん特製の漬物、それにブラドを3枚に降ろしたからブラドのスープになる。
子猫もブラドの背骨を軽く炙った物を美味しそうに食べている。結構肉も付いているからなぁ。スープにならなかった分だろうけど、あれだけ食べたらお腹いっぱいになりそうだ。
「ところで、その子猫に名前を付けたの?」
「タツミちゃんと相談して決めたにゃ。『ミー』がこの子の名前にゃ」
雌猫だったらしいからなぁ。鳴き声から付けたんだろうけど、子猫にふさわしい名前に思える。
「次に見つけた時には、島に連れて来るにゃ。1匹では可哀そうにゃ」
「そうですね。魔石の競りには商船が何隻か集まるでしょうから、雄雌の子猫を何匹か頼んでみましょうか。島でネズミを見ていませんが、ネコはネズミを狩るのが得意ですからね。保冷庫や燻製小屋にネズミ対策が必要かと思っていたんですが、バゼルさんからネズミはいないと教えて貰いました」
島だからだろうな。だけど商船にネコがいたということは、ネズミ対策としか考えられないんだよなぁ。
そんな商船が出入りするんだから、将来的にはニライカナイにもネズミが住み着きかねない。それを考えると、一定数のネコを島で飼うのは案外役立つかもしれないな。
「漁場はサンゴの穴と聞いたにゃ。おかずは1匹で良いにゃ」
「昔と違って、そうそうオカズは作りませんよ。この頃は打ち損じが殆どなくなりましたからね」
俺の言葉に残念そうな顔をしてるんだよなぁ。
バルタックやバッシェ等は他の船でおかずになることはあまりないらしい。それだけ慎重に銛を使うということなんだろうけど、俺の腕は酷かったからなぁ。
高値で売れる獲物が、銛を上手く撃ち込まなかったせいで夕食のおかずになることが多々あったんだよね。
トーレさんはそれを期待していたのかな?
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オラクルを発って2日目の午後、俺達は目的地の漁場に到着した。
船団を一時解散して3日目の朝に再び集合するのが俺達の流儀だ。屋形の屋根に上って笛を力強く2度吹くと、後方に並んでいた3隻のカタマランが思い思いの方角にゆっくりと離れていく。
これだと思うサンゴの穴を見付けて、2日間の漁を行うのだ。
なるべく大きくて深い穴……。言葉でいうのは簡単だけど、いざ選ぶとなると中々難しい。
トーレさんとタツミちゃんが操船櫓に上がって、海の色をじっくり見ながらカタマランを進める。
他のカタマランもだいぶ遠ざかってしまった。さて、どんな場所を選ぶんだろう?
「ここにするにゃ! ナギサ、アンカーを下ろすにゃ」
操船櫓から船首で合図を待っていた俺に、トーレさんが大声を上げた。
片手を振って了解を告げると、枕のような形をしたアンカーと呼ばれる石を投げ込む。スルスルとロープが延びて行くのをジッと見つめて、等間隔に結んである紐の数を数えた。
海中に8個沈んだ。間隔は3YM(90cm)だから7.2mの水深だ。結構深いから大物が潜んでいるかもしれない。
笑みを浮かべながら船尾の甲板に戻り、夜釣りの準備を始める。
さすがにお腹の大きくなったエメルちゃんは無理だけど、トーレさんがいるからなぁ。
エメルちゃん洋の竿を使って貰うことは当人の了解済みだ。
船尾から後ろに竿を3本出して仕掛けを付ける。枝針を2本出した胴付き仕掛け。上下の枝針の間隔は1.2m程ある。
バヌトスだけでなくバルタックも狙えるし、シーブルの回遊を知ることもできる。
「シメノン用の竿も用意しとくにゃ」
「もちろんです。かなり島の間が離れていますからね。シメノンが来ないとも限りません」
うんうんとトーレさんが頷きながら、夕食に準備をしている。
マナミと子猫は籠の中だ。
子猫は籠を嫌うかと思っていたんだが、結構おとなしく中に入っているんだよね。
航海中は屋形の中を飛び跳ねていたけど、マナミが目を覚ますと一緒に籠に入ってくれる。
沈む夕日を眺めながらの夕食が終わると、ランタンを2つ用意して1つを操船櫓の後方の柱に掲げた。もう1つは柱から船尾に伸びる帆桁の端に吊るす。
結構明るいからこれで夜釣りの準備は終了だ。
タツミちゃんがタモ網と棍棒を用意しているけど、餌の方も準備して欲しいんだよなぁ。
「これを使うにゃ!」
底の浅い木箱に入った魚の切り身をエメルちゃんが手渡してくれた。
「ありがとう!」と礼を言いながら、直ぐに仕掛けに付けて投入する。
スルスルと道糸が延びていく。その動きが止まったところで糸ふけを取り、リールを巻いて底を切る。下は岩があるみたいだな。
竿先を上下しながら辺りを待つんだが、最初の獲物は誰の竿に掛かるんだろう?
「きたにゃ!」
船の右舷に竿を出していたタツミちゃんが声を上げた。
ベンチから腰を上げて竿を立てているけど、かなりの大物みたいだな。竿が胴までしなっている。
「ゆっくり上げるにゃ。大物にゃ!」
竿を放したトーレさんが、タモ網を片手に海を覗き込んでいる。
しばらく獲物と綱引きをしていたけど、トーレさんが落としたタモ網に上手く誘導できたみたいだ。
「それ!」と大きな声を上げて甲板に引き上げた魚はバルタックみたいだ。バタバタと甲板を叩いていたけどトーレさんの棍棒の一振りでおとなしくなった。
鮮やかだなぁ。感心してしまう。
マナミと子猫が目を丸くして見入っている。子猫が籠から飛び出すかなと思ってたんだけどねぇ。案外おとなしいというか、おりこうさんな子猫だ。
「大きいにゃ! 次は私にゃ! ナギサも頑張るにゃ」
「そうですね……んっ!!」
トーレさんと話をしているところで竿が引き込まれる。
グイグイという引きはバルタック特有の引きだ。しっかりと会わせを行ったから、針掛かりに問題はない。
そのまま引き上げたんだけど、タツミちゃんの上げた獲物よりも小さいんだよねぇ。
針を外して、餌を代えて再び仕掛けを放り込む。
今度は大きいのを……。
「シメノンにゃ!」
俺達を後方から見ていたエメルちゃんが大声を上げた。
直ぐに仕掛けを巻き上げ、竿を交換する。
今度は直ぐ下では無く、なるべく船から遠くに餌木を投げる。
5つカウントを取ったところで、シャクリながらリールを巻いているとグン!という感触が手元に伝わった。
笑みを浮かべながらリールを巻いてイカに空気を吸わせると勢いよく墨を吐き出す。
後は甲板に上げるだけ。甲板に次々とシメノンが釣りあがる。
突然当りが遠のいた。群れが去ったようだな。皆の竿を邪魔にならない場所に片付けていると、タツちゃん達がシメノンを籠に入れて保冷庫に入れている。
さて、再び夜釣りを続けよう。
改めて仕掛けに餌を付け直して投入にする。
今度は何が掛かるかな?
「一息入れるにゃ。エメルがお茶を沸かしてくれたにゃ」
「今夜はこの辺で竿を上げましょう。漁はまだまだ続くんですから」
今夜はこれで良いんじゃないかな。夜釣りは明日もあるんだからね。
皆でお茶を頂きながら、温めた蒸しバナナを頂く。チマキ風にバナナにの葉で包んで蒸すんだけど、硬いバナナがお持ちみたいに柔らかくなるし、甘さがぐんと増すから俺の大好物だ。
「シメノンが18にバルタックが8、そしてバヌトスが5にバッシェが2にゃ。バルタックが大きいにゃ。明日はナギサに期待するにゃ」
マナミを抱っこしながらトーレさんはご機嫌だ。
苦笑いを浮かべながら、船尾の端でパイプを咥える。
タツミちゃんが最初に釣り上げたのは、50cm近いバルタックだったからなぁ。あの大きさのバルタックが群れているなら、素潜り漁も期待できそうだ。




