P-265 子猫と暮らす許可を貰えた
何とか背負いカゴに半分ほどの獲物を釣り上げ、途中の島で肥料袋2袋の砂を取ってオラクルに帰って来た。
ほとんど日中の航海を神亀が行ってくれたんだよなぁ。
タツミちゃん達は大助かりだと思うんだが、そこまでして貰うのもなんだか恐れ多い感じがする。
オラクルの島が見えたところで神亀は海中に潜っていったから、タツミちゃんがゆっくりといつもの桟橋までカタマランを進めて行った。
桟橋にバゼルさんのカタマランが見えない。漁に出ているのだろう。
まだ日が高いから、桟橋にカタマランを停泊させたところで漁果を運んで行ったタツミちゃんを待つことにした。
マナミは籠の中で子猫と遊んでいるから、ココナッツを1つ割ってエメルちゃんと分けて飲む。
マナミにもあげようとしたら、首を振っているんだよなぁ。
後でタツミちゃんと飲むのかな?
「タツミちゃんが戻ったら長老のところに行ってくるよ。その後で時間があれば、カヌイのお婆さんのところにも顔を出すつもりだ」
「大陸の神殿の話にゃ。ナギサに判断が付かないなら長老達も迷うと思うにゃ」
「難しい判断じゃないんだけどなぁ。ニライカナイに商船以外の船が出入りする許可を与えるかどうかという事なんだ。俺としては条件を付けての許可を与えることが一番に思えるんだけどね」
場合によっては約定を神殿とニライカナイで交わすことになるだろう。ニライカナイの窓口になるかつてのサイカ氏族の島に銘文を刻みこんでも良さそうだ。
ニライカナイと神殿の間で未来永劫変わらぬ約定になるだろう。
それが唯一破られる事態もあり得るのだが、無視できないこともない。ネコ族は龍神を信仰しているけど、それは一神教ではないからね。幾多の神々が見守るこの世界でネコ族が帰依しているのが龍神であるだけだ。
だけど、他者から見たら俺達は一神教に見えるかもしれないんだよなぁ。
カヌイのお婆さん達だって、龍神に祈りを捧げることはあっても他の神々に祈ることはないだろうからね。
その辺りを上手く説明しないと理解して貰えないんだろうな。
俺の説明で納得してもらえるか、ちょっと心配になってしまう。
タツミちゃんが戻って来た。
漁果は銀貨半分にも満たないが、日頃の蓄えがあるから暮らしに支障は出ないだろう。それより運んだ漁果よりも、買い込んできた食料の方が多いように見えるんだよね。
エメルちゃんと食料を仕分けながら保冷庫に入れているけど、直ぐに漁に出るわけではないんだけどなぁ。
2人に断って、長老に所に向かう。
子猫を貰って来たことも報告しないとね。しっかりとマナミが子猫を抱いているから、今更親のところに戻すことになるようなら大泣きしそうだ。
桟橋を歩いて島の様子を眺めながら長老達のログハウスに向かう。
「ご苦労だったのう。本来なら商会を通じて神殿と調整するのは、カヌイの婆さん達の役目でもあるんじゃが」
いつもの席に着くと、すぐに世話役がお茶を出してくれた。
ゆっくり飲んでいる俺に、長老が言葉を掛けてくる。
「俺で話が済むなら、いつでも出掛けますよ。今回大陸の神殿が俺に合う目的は、俺以外にも関係していましたから、その話をします……」
とりあえず概要を報告することにした。名目は水の神殿の祭司長の交代に関わり同じく水の神である龍神を信じる俺達ニライカナイへの挨拶という事になる。
「それだけなら商会ギルドに席を持つカヌイのお婆さんに挨拶すれば済むことでしょうが、それ以外の目的が2つありました。1つはニライカナイに大陸に神殿の祠を設けたい、もう1つはニライカナイへの巡礼船の許可を得たいという要望です。ニライカナイは龍神の懐でもありますから、他の神の祠を設けることは出来ぬと断りましたが、もう1つについては俺の判断で良いかどうか分からず持ち帰りました。その判断を族長会議に変えて頂きたいと考えております。
俺としては、龍神はネコ族だけが讃える神ではないという思いがあります。大陸で暮らす人々の信じる神と龍神は同じ神、神には上下の関係は無いと思っています。
ここで1つ神殿の神官達と話題に上がったのは、神殿の祭司長と言える人物であっても、祭司長が祭る神と合う機会はほとんど無く、まして信者ともなれば神の眷属を見る機会すらないとの事でした……」
俺の説明をジッと聞いていた長老達が互いに顔を見合わせて小さな笑みを浮かべる。
「なるほど、それで巡礼という事になるのじゃな。ニライカナイでも龍神に合う機会はあまりないのじゃが神の眷属である神亀を見る機会はあるからのう。大陸の神々と龍神は同じ立ち位置の神。龍神の眷属である神亀を目にすることで、自らの信じる神の実在を感じることが出来るというわけじゃな」
「その通りです。とはいえニライカナイの領海を自由に、しかも何隻もの大型船が動き回るという事態は避けたいと考えました。多くても雨期と乾期の2回、船の大きさは氏族の島を巡る商船と同じ。さらに巡礼船は1隻とし商船の航路以外の航行を禁じ、各氏族の島への上陸は砂浜に限る……。これぐらいの条件を付ければ現状とさほど変わらないと思っています」
「かなり厳しい条件に思えるが、その条件をナギサは 神殿に話しているのか?」
「さらに追加があることも伝えました。神殿側は、それでも巡礼が殺到するだろうとのことでした」
「即答しなかったという事じゃな。我等でしっかりと協議せねばなるまいが、そこまで条件を付けたなら十分に思えるのう。やはりナギサはニライカナイに必要な人物じゃよ」
「我等の矜持を保ってくれたか。他の長老も喜ぶに違いない。ワシとしては巡礼船が1隻で、しかも商船の航路を取るなら何も問題は無いと思うのじゃがのう」
「ワシも同じじゃ。だが、ナギサは即答せずに持ち帰っておる。ナギサの心配は別にあるという事かもしれんぞ」
確かに裏があるんだよなぁ。それは直ぐに表面化しないから問題はないんだろうけどねぇ……。
「実は心配事が1つあります。巡礼船を運航することになれば、その条件をしっかりと銘文化して残すことになるでしょう。俺が心配するのは、大陸の神殿が無くなるようなことがあるなら、その銘文が意味をなさなくなるという事です。その危惧はすでに大陸に影を落としつつあります。とはいえ、今後100年でそのようなことがあるとも思えませんし、その対策についても神殿側と話をしてきました」
「大陸の王国と交わした、漁に関わる約定の改定と同じことが将来起こる可能性があるという事じゃな。直ぐにではないが、それは大陸次第という事か……。困った話じゃのう」
「袂を分かつという方法もありそうですが、俺達の主食は今でも大陸から購入しています。完全な独立は不可能だと考えます」
「そのような事態には、巡礼船の航行は認めないとすれば良いのじゃな。それを約定に加えれば良さそうじゃ。さて、面白くなってきたのう。ナギサもあまり心配することはないぞ。先ずは現状を考え、それがどこまで維持できるかを考えれば十分じゃろう。大陸の神殿を信仰する民であるなら何ら問題はない筈じゃからのう」
俺が心配症なだけなんだろうか?
ここは長老に任せようか。その結果を教えて貰って俺の危惧するところが改善されているなら問題はないわけだからね。
「よろしくお願いいたします。それと……、はなはだ個人的な話で申し訳ないことではあるんですが……。神殿の神官達を乗せてきた大型船にネコがおりまして、その猫生んだ子猫が俺から離れないのでオラクルまで連れてきてしまいました。ニライカナイでネコを未だかつて見たことがありません。俺がネコを飼う事を許可して頂きたいのですが」
そう言って、長老達に頭を下げる。
ちょっと間があったのは驚いたという事なんだろう。だけど小さな笑い声が聞こえてきた。だんだんと大きな笑い声になって、笑いをこらえるような声で長老が話を始める。
「確かにニライカナイにはネコがおらん。だが、我等も龍神様もネコを嫌うことはないんじゃ。ネコを連れて来なかったというだけじゃよ。ネコだけではない。他のイヌもおらんからのう。オラクルに小さな馬がやって来たが、その時でさえ誰もが反対しておらんし、老人達が笑みを浮かべて世話しているぞ。ネコも同じじゃな。たぶん我等がネコ族であるという事で我等に許可を求めたんじゃろう。気にせずに育てるが良い。じゃが、トーレがおるからのう……。取られぬようにすることじゃな」
「確かに……」なんて他の長老が笑っている。
帰ったらタツミちゃん達に、トーレさんに注意するよう伝えておこう。
「まだ夕暮れには間がある。今の話、カヌイの婆さん達にも伝えた方が良かろう。それにもう1つあるというのは、カヌイの婆さん達の領分じゃろうからな。ゆっくり休んで漁に出るが良いぞ」
「分かりました。そういえば、水の神殿の祭司長の話では我等の作る燻製がかなり人気のようです。増産できないかと尋ねられましたから、努力はしますとだけ返事を返してきました」
「やはり遠くに運ばれておるようじゃな。それなら庶民用に小魚も出荷してみるか。先ずはどのような形で出荷できるか考えてみよう」
「それでは、失礼します」
小魚を対象とするなら、メザシみたいな乾物になるのかな?
簡単なメザシを作って燻製にしてみるか
次はカヌイのお婆さんのところだ。一神教はお婆さん達にどのように捉えられるだろう。
カヌイのお婆さん達の住む小屋までの小道は緩やかな坂道なんだけど、小石が敷かれてだいぶ歩きやすくなっている。
作りかけの丸太の柵があるのは、お婆さん達が転ばないように掴まりながら歩けるようにしようということなんだろう。
自分達の島ということで、いろいろと工夫がされているみたいだな。
小屋に入ろうとしたところで足が止まってしまう。
俺もネコ族にだいぶ馴染んできたようだ。ネコ族の男達はカヌイのお婆さん達とほとんど関りを持たないからなぁ。
どのように声を掛けて入ろうかと悩んでいると、世話役の小母さんが扉を開けてひょっこりと顔を出した。
「いつまでそうしてるにゃ。カヌイのお婆さん達が笑ってるにゃ」
苦笑いを浮かべて、世話役の小母さんに頭を下げる。まったく何時もお見通しなんだよなぁ。大きく頷いて足を進め、小屋に入ることにした。




