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P-258 ニライカナイそのものが龍神を祀る神殿でもある


 浜の北にある石の桟橋に向かって砂浜を歩く

 俺達漁師は普段石の桟橋を使うことはあまりない。この桟橋を使うのは母船を使った漁をしている人達の母船を停泊する時や商船だけになるようだ。

 積み荷が多いからね。それだけ頑丈にしておかないと荷を海に落としかねないからなぁ。

 石の桟橋を半分ほど歩くと、商船に乗り込めるよう商船側から立派な橋桁が下ろされているのが見えた。幅広の板橋だけど側面に腰ほどの高さの柱が数本立てられロープが回らされていた。落ちないようにとの配慮だろう。

 商船に乗り込み、1階の船首側に作られた店に入る。

 通常なら棚が船首方向に3列並んでいるんだが、この商船は4列ある。それだけ扱う品が多いという事だろうから、後でゆっくりと見て回ろう。

 入り口近くにあるカウンターに、2人の店員が立っていた。

 俺がネコ族ではないと思ったのだろう。ちょっと驚いた顔をしているんだよなぁ。

 そんな店員に近付くと、声を掛けた。


「この手紙を受け取ったのだが、この商船に差出人はいるのだろうか?」


 バッグから取り出した手紙を店員に渡すと、すぐに手紙の表と裏を確認して手紙を返してくれた。


「貴方がナギサ様でしょうか?」

「そうだ。シドラ氏族のナギサだよ」


 俺の言葉に、若い店員が笑みを浮かべて、カウンターから出てきた。


「祭司長様がお待ちかねです。ご案内いたします。……君! 直ぐに知らせてくれないか」


 まだ少年の面影を残した、もう1人の店員に指示を出すと、頷いた店員が直ぐに店を飛び出して行った。

 その後ろ姿を見て頷くと、俺に振り返り「それではご案内いたします」と俺の前に出てゆっくりと歩き始めた。

 店から船尾に向かう通路に出ると、直ぐに階段がある。これはどの商船も同じようだな。2階にはいくつかの小部屋があり大きな商談が行われる。カタマランを作る時に何度か入ったことがあるからね。

 そんな小部屋は船首方向に向かう通路沿いに並んでいるんだが、店員が向かった通路は船尾方向だった。

 前に約定の修正を行った際の大きな部屋を使うのだろうか。回廊の左右に並んだ扉は客室かもしれないな。

 回廊の突き当りの扉の前で店員が立ち止まり、扉を軽く叩く。


「ナギサ様がいらっしゃいました」


 そう言って、扉を開き俺を中に入れてくれた。

 俺を中に入れると店員が扉を閉める。

 長老達のログハウスよりも大きな部屋だ。無扉の向かい側に窓が並んでいるから、部屋の中は結構明るい。

 絨毯が敷かれた上の丸いテーブルが置かれ、6人の男女が腰を下ろしている。両側の壁に置かれたベンチには数人の男女が座っていた。

 長剣を履いているけど、右手の男女は神官服を着ているし、左手は鎖帷子を着込んでいる。

 テーブル席に座った神官達は清楚な衣服に身を包んでいるが、よく見ると緻密な刺繍が施されている。

祭司長一行だからなぁ。それなりに高価な衣装なんだろう。


「お忙しい中、我等の為に御出で下さりありがとうございます。どうぞお掛けください。後ろに僧兵や護衛兵がおりますが、ナギサ殿に危害を加えるようなことはありません」


 とりあえず、席に着くことにした。後ろの僧兵には見覚えがある。

 確か僧兵を束ねる人物じゃなかったかな。


「水の神殿の祭司長殿、それに炎の神殿の祭司長補佐殿が会談を望むとなれば、何を差し置いても来る必要があるでしょう。約定の修正については色々とご協力頂き感謝しております」


 用向きが分からないからなぁ。先ずは先の礼を言っておけば失礼にはならないだろう。

 小さく扉が叩かれ、「失礼します」と言って入ってきたのはトレイに飲み物を入れたカップを乗せた女性店員だった。

 目の前に置かれたカップに入っていたのは、コーヒーのようだな。

受け皿のスプーンの上に角砂糖が2個乗っていた。


「確か、ナギサ様はコーヒー党でしたね。私には少し苦すぎるのでお茶を頂きます」

「好みは人様々ですからね。水に潜って魚を突くことから、甘い物がどうしても欲しくなるんです」

「いつも漁をしているのですか?」


 ちょっと驚いている人物は、始めてみるな。

 老境に入りつつある女性だが、やさしい表情をしているんだよなぁ。さすがは神に使える神官だと思ってしまう。


「はい。それで俺達は家族を養えます。漁果を仲間達と競って一喜一憂しながら焚火を囲んで酒を飲む……。それがニライカナイの暮らしです」


 うんうんと頷いている神官達は、その暮らしが目に浮かぶのかな。

 変化がないような暮らしでも、喜怒哀楽はあるんだよなぁ。


「水の神殿の祭司長がその役を返上し、神に祈る日々に戻ります。後を引き継ぐのが私になるのですが、祭司長のたっての願いをナギサ殿に適えて貰おうとやってまいりました。出来れば私達だけでやってきたかったのですが、商会ギルドに尋ねてもナギサ殿の暮らすシドラ氏族の島に至る航路が不明であると……。そこで、長年ニライカナイのカヌイ殿達と縁のある炎の神殿に仲立ちを依頼した次第なのです」


 ニライカナイの住民でさえ、シドラ氏族の島を知る人達はあまりいないんじゃないかな。かつて住んでいたサイカ氏族の人達でさえオラクルにやってきたことは無いからね。


「それは大変でしたね。故あって俺が暮らす島は、ニライカナイの住民達でさえ知らないんです。定期的にこの島を訪れますから、情報はサイカ氏族経由で伝わるようにしています」

「それなりの秘密があるという事でしょうか? それなら仕方がありませんね」


 ひょっとして、リーデン・マイネを隠匿している島と勘違いしているんじゃないかな。

 秘密を何時までも続けることは出来ないだろうが、商船がわざわざやってくるような島でもないと思うんだよなぁ。


「どちらかというと、遠い場所にある島ということになりますね。それが元で商船に持ち込む魚を全て燻製にしているぐらいです。かつてこの島に俺達シドラ氏族が暮らしていた時には商船から野菜を購入していたんですが、俺達の島に移動して且つ漁に持っていくとなるとしなびてしまうほどです。何とか島に畑を作り野菜を育てていますよ」

「そうなると自給自足ができるということになるのでしょうか?」


 興味深々な表情で問い掛けてきた。

 確かに目指すところではあるんだが、完全には出来ないんだよなぁ。ネコ族に金属加工の技術は無いからね。

 精々鉄の棒を真っ赤に焼き、先端を叩いて銛を作るぐらいだ。その銛だってリードル漁だけにしか使わないからね。

 素潜り漁で使う銛の銛先は、全て商船のドワーフが鍛えたものだ。


「食料の自給自足を目指しているところではありますが……、それが進まない原因はここまでの航海途中で見た島を見れば分かると思います」


 俺の言葉に表情を曇らせて小さく頷いてくれた。

 島の大きさが小さいということに気が付いたのだろう。無理をすれば田圃を作れないことはないだろうが、その規模は小さなものになってしまうからね。その島で暮らすネコ族全員に食べさせることは出来ないだろう。


「畑を作り、芋やトウモロコシを植えて、商船の来航が半年程度途絶えても飢えることが無いよう自給体制を整えようと努力しているところです。かつて南の島が大噴火をした時には苦労したようですからね。今では不便でも食料倉庫を高台に設けています」


「それで、いろいろな種類の種を購入しているのですね。我等の王国でも牧畜から農業へと職を変える者が多いと聞いたことがあります。住民の定住化は王国としても歓迎することではあるのですが……」

「国民生活は安定するでしょうが、戦力は低下してしまませんか。騎馬民族が馬を降りたなら、狼が子犬になりかねません」


 俺の言葉に、大きく目を見開いたのは俺達の話を聞いていた後方のベンチに座っていた僧兵隊長だった。

 多分それを憂いていたに違いない。だけど周辺の王国は安心して眠ることができそうだ。


「陛下がそれを憂いております。両立させるのは中々難しそうです」

「建国時の戦力は維持したいという事でしょう。そうなると、首都の近郊だけに定住化政策を限定し、それ以外は今まで通りの遊牧地とするのが一番でしょうね。そうなると定住民と遊牧民の収入の格差が出てきます。貧富の差が開かないよう税を調整することが大事だと思いますよ」

「ナギサ殿はジハール王国には今まで通りが望ましいと思っておいでなのでしょうか?」


 マルーアンさんが驚いたような表情で問い掛けてきた。

 ここは頷いておこう。

 騎馬民族がいつまでも遊牧生活を送るというのは問題だと思うけど、定住生活に急に変えることは出来ないだろう。

 場合によっては国力の低下に繋がりかねない。それによってさらに遠方の王国に攻め入られる可能性だってあるだろうからね。

 やってくるのは同じ騎馬民族になるだろうから、沿岸の3王国にも影響が出て来るに違いない。


「俺個人の思いではありますが、おそらくジハール王国軍が王国単独として見るなら4王国で最強だと思いますよ。その王国が3王国の西にあるというのが重要です。その西にもたくさんの王国があるでしょうが、ジハール王国が防壁となっているのが現状でしょう。農耕民族からすれば騎馬民族は恐るべき民族ということになるのでしょうが、国交を続け、互いに信頼できる関係であるなら沿岸の3王国も安心できるということです」

「ナギサ殿のお言葉、帰国したなら直ぐに陛下に伝えましょう。……でも、そうなると」


「ニライカナイに水の神殿を築くのは、我等炎の神殿だけでは無く他の神殿も容認しないと思いますよ」


 突然、強い口調でミラデニアさんが横槍を入れてきた。

 その言葉に、首を傾げてマルーアンさんがミラデニアさんに顔を向ける。


「同じ水の神を祀っているという事になるのでしょうが、1つ重要な事を忘れてはいませんか? 我等の王国にはそれぞれ神殿がありますが、ニライカナイには神殿がどこにもないのです。ナツミ様の時代から、その事を我が神殿は不思議に思っていました。無ければ作れば良い。それぐらいの財力は魔石を得る手段があるのなら簡単ではないか……。と考得た次第。その疑問に答えてくれたのは先代の祭司長様でした。やはり不思議に思っていたのでしょう、ナツミ様と同じ時代に祭司長を務めた神官が訊ねたことがあったそうです。その時のナツミ様の言葉が、『ニライカナイそのものが神殿なのです。龍神はニライカナイのどこにでも姿を現しますし、神亀は私達の呼び掛けに応えてくれますからね』と記録に残されています」


 炎の神殿の神官と護衛兵達が頷いているんだけど、水の神殿の関係者は唖然とした表情で、俺とミラデニアさんを交互に眺めている。


「龍神様の御座所がどこにもないと……」

「かつては千の島と言われたニライカナイの領域が全て龍神様の御座所ということです」


 火の神であるサラマンディーネは火山に住んでいるらしい。炎の神殿は暑い溶岩がたぎる火口を見下ろす場所に祈りの場が作られていると聞いたことがある。

 水の神殿の祈りの場は、広大な湖の一角にあるんだろう。湖に水の神が住んでいるということになるんだろうな。

 それにしても、龍神が住んでいるのはニライカナイそのものだと言った夏海さんには感心してしまう。

 その言葉にカヌイのお婆さん達を含めてネコ族の人達は納得するに違いないし、大陸からの干渉を受けずに済むと考えたんだろうな。


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