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P-255 水の神殿からの来客があるらしい


「3籠ってことか! やはり背中の御利益は大きいってことだな」

「ガリムのところも2籠だからなぁ……。まぁ、飲め!」


 豊漁を喜んでくれるのは良いんだけど、ココナッツ酒を勧めないで欲しいところだ。

 とりあえず受け取って、先ずは一口……。

 もう少し蒸留酒を減らした方が良いんじゃないか? これを2杯飲んだら夕食は食べられなくなりそうだ。


「長老達も喜んでいるぞ。ナギサが同行する、次の船団を選ぶのが楽しみらしい」


 カルダスさんの言葉にバゼルさんも頷いている。このまま10程ある船団を渡り歩くことになるんだろうか。

 皆の漁果が、ある程度均一になれば良いんだけどねぇ。


「おかげで俺とバゼルの船団には来れなくなりそうだな。まぁ、シドラ氏族全体を考えるなら、そうなるんだろうなぁ」

「そういつまでも、氏族筆頭を続けられるものでもないだろうが。その時は爺さん連中に混じって漁をするのも良いかもしれんな」

「よせやい。あの中に入ってみろ。一番の若造だと言われて扱き使われるのが落ちだ」


 そうかな? 結構おもしろい人達ばかりなんだよね。

 夜の宴会で昔話を聞くのも楽しいし、タツミちゃん達もお婆さん達に料理の味付けを色々と教えて貰ったと喜んでいたんだけどなぁ。


「だが、次の船団参加は少し先になりそうだ。今度の満月に大陸から客人がナギサを訪ねて来るらしい。さすがにオラクルに案内することは出来んからなぁ。サイカ氏族の島という事になるぞ」

「サイカ氏族の若者が長老に文を届けてくれたそうだ。ニライカナイ全体に関わることなら族長会議に諮らねばならんだろうが、長老の話ではナギサ個人で十分とのことだった。詳しい話は明日にでも長老を訪ねれば良い」


 面白いことになったなと言う感じで2人が顔を見合わせているんだが、俺個人に対する話とは考えてしまうな。

 かつて漁果の分配で大陸の王国と約定を修正したことがあるんだが、あの約定が王国内で問題になり始めたのだろうか?

 当時では最善策だと思ったんだけどなぁ。あの約定を再度修正するのは俺の代ではないと思っていたんだけど……。


「長老達は、特に何も言ってなかったんですか?」

「ああ、ナギサが向かえばそれで十分だという事だったぞ。その話を聞いてナギサが行ってくれた約定の話かと思ったんだが、長老達は笑みを浮かべて首を振っていたな。そうでないなら、はっきりと言ってくれれば良いものなんだが……」


 長老の発言は氏族の総意になるからなぁ。

 明確に断言しないことが多々あるんだよね。だが、カルダスさんの話では約定ではないと長老が言ったようなものだ。

 となると……、ダメだ。思いつかないぞ。


「漁果を増やせと言う圧力なら約定違反だ。ニライカナイの海の自由航行もそうなる。

となると、向こうがわざわざ大陸から一番遠いサイカ氏族の島にまで来るのが分からなん。高圧的でもないらしい。それならナギサを昔のサイカ氏族の島に呼び出せば良い話だからな」

「とりあえず、この話を知るのは長老と俺達だけだ。2人で色々と考えてみたんだが、今のところ大陸との取引に問題が出たという話も聞かんからなぁ。長老と話したら、教えてくれよ」


 教えるのは構わないけど、ようやく半分に減ったカップにココナッツ酒を継ぎ足さないで欲しいな。

 このまま行くと、間違いなく明日は二日酔いになりそうだ。

                ・

                ・

                ・

 翌日。傷む頭を押さえながらエメルちゃん特製のお茶を頂く。

 食欲が無いから、朝食は抜いておこう。

 心配そうに見守ってくれる2人には申し訳ないけど、午前中はお茶だけ飲んでハンモックで横になることにした。

 あのお茶が効いたのだろう、一眠りすると頭の痛みがすっかり取れた。

 昼食は朝食の炊き込みご飯を炒めて貰い、それにスープを掛けて頂く。

 かなりエスニックな味付けなんだけど、お茶漬けのように食べられるから俺の好物でもある。

 食後のお茶は、朝飲んだお茶と違いすっきりした味だ。お茶の木が無いからなぁ。野草を使ったハーブティーという感じだ。

お茶の木は種が取れると聞いたことがある。お茶の木を移植することは出来ないかもしれないけど、種からなら育てられるかもしれないな。


「長老のところに行ってくるよ。どうやら大陸から誰かが来るようなんだ」

「トーレさんから、聞いたにゃ。用向きが分からないらしいけど、面倒な話にならないと良いにゃ」


 トーレさんから聞いたという事は、すでにシドラ氏族の小母さん達のネットワークで拡散しているんじゃないか? カルダスさんは長老と俺達2人だなんて言っていたけどね。

 そうなると、早くその内容を聞いた方が良さそうだ。

 シドラ氏族に関わらないなら、小母さん達のネットワークで訂正しておかないと氏族全体が暗くなりかねない。


 ベルトのポシェットにタバコを入れて、パイプをベルトに差し込む。少し歩くから革製の草履をはいて桟橋に下りた。

 見知った顔に出会うと、片手を上げて軽く頭を下げる。

 手を上げるだけで十分だとバゼルさんは言ってくれたけど、やはり頭を下げるべきだろう。

 桟橋を下りると少し起伏が無くなった浜を歩き、ギョキョーの隣の階段を上がる。

 階段を上がった先は広場になる。広場の西の端に東屋が作られ、ベンチが置かれているんだが……。


「ナギサではないか! こっちに来るが良い」


 長老達が、『コ』の字型に並べられたベンチに座って入り江を眺めていたようだ。

 4人いるから、全員ってことだな。丁度良かったからそのまま長老達の座るベンチに向かい、1日との長老が腕を伸ばした先のベンチに腰を下ろす。

 その前にしっかりとお辞儀をしたから礼儀的には問題はないはずだ。


「だいぶ獲物を運んできたようじゃな。次はどの船団に入るかと、数人集まるとその話になるようじゃ。ナギサが伴わなくとも、自分の腕を磨くべきじゃと思うのじゃがのう」

「安易に考えるようでは、龍神様の御利益も半減するに違いない。いつ龍神様の前に出ても恥ずかしくないようにせねばならんというのに……」


 氏族の漁の腕が、まだまだだと思っているのかな?

 その筆頭は俺になるんじゃないかと思うんだけどなぁ。


「ナギサにおもしろい文が届いた。宛先は我等じゃが、願いはナギサとの協議とあるぞ」

「それが知りたくて長老を訪ねようとしていました。誰と会うのか、協議の中身は何か……、内容次第ではシドラ氏族だけでなくニライカナイにも係わるかと」


 俺の言葉に、4人が顔を見合わせて笑みを浮かべている。

 予想通りということかな?


「約定を修正した時にやってきたジハール王国のマルーアン様からじゃ。どうやら次の祭司長に就任するらしい。神亀を通して龍神様に、その報告したいとのことじゃ。現祭司長も同行するという事じゃが、遥か西の国からやってくる客人に対して神亀は現れるじゃろうか? 現れずとも、ナギサの聖姿を見るだけで満足できるとあるが……」


 なるほど、それならシドラ氏族はもちろんニライカナイ全体に何ら関わらない。

 俺に会うのが目的なら、俺に直接文を届けてくれた方が良かったな。

 ニライカナイが各氏族の長老による合議政治を取っていることから、俺の属するシドラ氏族の長老宛てに文を届けたということのようだ。


「会うだけなら問題は無さそうですね。それで日程はどのように?」

「次の満月じゃ。今は半月を過ぎたところ。2日ほど体を休めてサイカ氏族の島に向かうが良いぞ」

「俺個人に関わることならその場で対応しますが、氏族やニライカナイに関わる事になれば、持ち帰るということにします。場合によっては水の魔石の優先取引を提案してくる可能性があります。同じように龍神を崇める神殿であるなら、中級魔石3個ほどなら個人的に対応したいと思います。今回の来訪に、まったく土産を持たせないというのも考える次第。競りに出さずにおいた上級魔石が何個かありますから、それを土産とします」


「個人的になら問題あるまい。とはいえ、散財させてしまうのう」

「これぐらいは俺の矜持ということで」



 とはいえ、単なる就任の挨拶ということではないかもしれないな。

 まぁ、あまり詮索しても仕方がない。

 それに、俺の都合を聞かずに一方的な来訪だからなぁ。無理強いされるようなことはないだろう。


 長老達に、次の漁には向かわずサイカ氏族に向かうことを告げたところで、カタマランに戻ろうとしたんだが、せっかくここまで来たんだからなぁ。

 カヌイのお婆さん達にも挨拶して行こう。


 広場から小道を東に向かって進む。

 少し上り坂ではあるんだが、広場から20m程高台にログハウスを作ったからなぁ。

 小さなせせらぎにかかった石橋を渡ると直ぐにカヌイのお婆さん達の住むログハウスがある。

 3軒の建物が小さな広場の北に建てられ、広場からさらに東に小道が延びている。小道の先にあるのは祈りの台座だ。

 そこでお婆さん達が祈ると、たまに神亀が現れるらしい。シドラ氏族に住む小母さん達もたまにやって来て祈るとトーレさんが教えてくれた。


 カヌイのお婆さん達がいる建屋の前で、立ち止まる。

 たまに顔を見せろと言われてはいるんだけど、あまり男性が訪ねることは無いからなぁ。

 「さすがに、遊びに来ました!」とは言えないからねぇ。

 躊躇していると、突然扉が開き世話役のお婆さんが俺を手招きする。


「全く……。何時までもそこに立っていないで、さっさと入るにゃ。皆が待ってるにゃ」

 

 気配で分かったのだろうか?

 不思議なお婆さん達だからなぁ。

 言われるままに中に入ると、カヌイのお婆さんの1人が小さな囲炉裏を挟んだ真向いの席に座るよう腕を伸ばして教えてくれた。

 縄をぐるぐる巻いたような座席に腰を下ろして、先ずはあまり顔を出さない非礼を詫びる。


「もう少し頻度を上げて欲しいところじゃな。もっとも、ナギサは訪ねてくれるがカルダスは1度も姿を見せぬ。子供の頃にワシ等に怒られたことが、身に染みているに違いない」

「言葉だけでなく棒で叩いたからじゃないかえ。大泣きしとったぞ」


 カルダスさんの黒歴史ってことかな?

 となると、バゼルさんもそうかもしれないな。ネコ族の女性はお転婆揃いだからなぁ。悪いことをした時は、年上のお姉さん達がしっかりと躾けたに違いない。


「実は……」と、大陸の水の神殿の祭司長と会うことになった事を告げる。

 うんうんと笑みを浮かべて俺の話を聞いてくれたけど、あまり不思議に思っていないんだよなぁ。


「それで、近ごろ神亀様が頻繁に姿を見せてくれたのじゃろう。何かあるかと思っていたのじゃが、水の神を崇める神殿であれば遠い仲間であることは確かじゃからな」

「大陸の龍神様とニライカナイの龍神様が同じ龍神様とは思えぬが、縁戚であることは間違いなかろう。祭司長ともなれば巫女を束ねる存在じゃが、ナギサは龍神より聖姿を授かった者じゃ。祭司長よりも位階が上と判断したのかもしれんのう」


 そんな話でカヌイのお婆さん達が盛り上がっているんだよなぁ。

 とりあえず、会うことに問題は無さそうだ。


「それより、エミルはどうじゃ?」

「少しお腹が大きくなってきました。トーレさんの話では雨期には生まれるとの事です」


「それは楽しみじゃな。2人目の女の子じゃが、既に名を決めておるぞ。後は生まれるのを待つばかりじゃ」


 俺達よりもカヌイのお婆さん達の方が、二女の生まれるのを心待ちにしているようだ。

 それにしても、すでに名を決めたとはなぁ……。もしも長男だったらどうするんだろう?

 


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