表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
640/654

P-254 いつもの3割増しらしい


 日が傾き始めたところで、素潜り漁を終える。

 夜釣りに向けて竿と仕掛けを準備し、今日使った銛を真水で洗い先端を研ぎ軽く油を塗っておく。

 屋形の屋根裏に仕舞う前に、乾いた布で油をしっかりと拭き取ることも大切だ。

 俺達の暮らしを支える大事な銛だからなぁ。

 タツミちゃん達は午後の獲物を捌き終えたところでマナミをあやしながら夕食を作り始めた。

 マナミが籠から出たがっているから、ヨイショ! と抱き上げて、タツミちゃん達の邪魔にならないように甲板に座ってグンテ人形で遊んであげる。

 やはり動くのが面白いんだろうな。キャッキャッと声を上げて喜んでくれる。

 しばらく遊んであげているとやはり飽きてくるのかな? 今度は俺を見上げてるんだよなぁ。

 それならと、タツミちゃんがくれた紐を使ってアヤトリを見せてあげる。

 1本の輪が色んな形に変わるから目を大きくして見てるんだけど、さすがにマナミにはまだ教えても無駄なんだろうな。

 もう少し大きくなったら、教えてあげよう。


 スープの鍋をカマドに掛けたところで、タツミちゃんがマナミを抱き上げる。

 途端に嬉しそうな顔をしてマナミが抱き着いている。

 まだまだお母さんが一番なんだろうな。

 

「夜釣りの準備は、出来たのかにゃ?」


「ああ、終わったよ。竿は昨夜と一緒で2本だけど、下針と上針の間が開いているから、シーブルの群れが来たら直ぐに分かるんじゃないかな。その時は仕掛けを変えるからね。それと、シメノン用の竿も用意してあるよ」


 シメノン用のリールは横に回転する代物だ。これを作ったのは海人さんに違いない。

 俺の時代では既に使われなくなったけど、お祖父ちゃんがこれと似たリールを見せてくれた。最初は安物の横軸リールだと思っていたんだが、リールを持ってグイッと回すと90度回転するのを見た時には目を見開いたんだよなぁ。

 誰が考えたかは知らないけれど、その工夫によって50m以上沖に仕掛けを投げることが出来るようになったらしい。

 竿は底物用の竿より細身だし、道糸も細いからなぁ。仕掛けを餌木に帰るだけなら良いんだけど、そうもいかないようだ。

 バゼルさん達は竿を使わずに道糸に餌木を結んで釣っている。その方がシメノンの群れに出会っても直ぐに使えるからだろう。

 俺も一度やってみたんだけど、上手く釣れなかったからなぁ。それに凝りて、今では竿仕掛けで通している。


 夜釣りを初めて1時間ほど過ぎた時だった。

「シメノンにゃ!」のエメルちゃんの声を聴いて直ぐに竿を畳み、シメノン用の竿を持つ。

 シメノン釣りは時間との勝負だ。

 30mほど沖に投げて、5つ数えて餌木を躍らせるようにして道糸を巻きとる。

 直ぐに、グン! と竿に重みが加わってきた。

 道糸を緩めないようにリールを巻き取り、最後はゴボウ抜きだ。

 甲板に降ろした衝撃で餌木からシメノンが外れる。マナミを籠に入れてあやしていたタツミちゃんが、シメノンを回収して桶に入れてくれた。


「大きいにゃ。今度はエメルちゃんにゃ!」


「まだまだ釣れそうだ!」


 再び餌木を置きに投げ込む。

 あまり強い引きをするわけではないから、案外短調な釣りだ。

 だけど、シメノンは高額で引き取ってくれるし、何といっても俺達の好物だからね。

 大きいから1匹あれば、やいて美味しく頂ける。

 焼けたシメノンに魚醤を掛けて2度焼きした代物は、酒の肴としても重宝される。

 沢山獲れたら、バゼルさん達にもお裾分けしないといけないからなぁ……。


 1時間もしない内にシメノンの辺りがピタリと止まった。

 群れが去ったようだな。

 竿を畳み、再び底物を釣ることにした。


 時間経過は時計では無く、月や星の動きで見ることになる。

 1時間で星は15度動くからね。明るい星の位置を見ればおおよその時間経過を知ることが出来る。

 目印にしていた星が中天になったところで、竿を畳むことにした。

 釣り上げた獲物を捌いて、浅く手広い笊に干さないといけない。

 俺が夜釣りで使った道具の手入れを終える頃には終わるだろう。マナミは何時の間にか籠の中で丸くなって寝ていたようだ。

 タツミちゃんが屋形の中に運んで行ったから、パイプを取り出し一服しながら道具の手入れを行う。


「シメノンが16匹にゃ。明日も釣れると良いにゃ」


「5匹は手元に置いて欲しいな。たまには長老やカヌイのお婆さん達にも分けてあげたいからね」


「魚も20匹を超えてるにゃ。明日もシメノンが釣れたら、もっと手元に置いとくにゃ」


 寝る前に、小さな真鍮のカップでワインを頂く。

 今日1日の出来事やこれからの事を3人で話すのはいつもの事だ。

 他のカタマランでもやっているんだろうな。

 釣果を肴にココナッツ酒を飲みながら、ガリムさん達家族も話をしているに違いない。


 3日間続けた漁で、保冷庫にはたっぷりと一夜干しがため込んである。

 獲物が多いということで、保冷庫の中にある仕切り用の横板を外して広げたぐらいだからなぁ。

 氷が足りないということで、俺も魔法で氷を作ることになったぐらいだ。

 明日は帰島という夕刻に、ガリムさんがザバンで様子を確認しにやってきた。

 甲板に上がって貰いココナッツ酒を勧めたんだが、エメルちゃんが注ぐ酒をカップに三分の一ほどのところで断るんだよなぁ。

 珍しいというより、どこか具合でも悪いのかと考えてしまった。


「そんなに心配しないでくれよ。これから2隻まわらないといけないからなぁ。酔ってザバンをひっくり返しでもしたなら、良い笑い者になってしまう」


 そう言って笑っているけど、カルダスさんに知れたら拳骨が降ってきそうだ。

 さすがはこの船団の筆頭だけのことはある。自分なりに危機管理が出来ているみたいだな。


「やはりナギサのおかげだろうな。今までまわってきたカタマランの保冷庫には、たっぷりと一夜干しが入っていたよ。少なくとも3割増し以上だろうな」

「シーブルとシメノンの群れが2度ありましたからね。昨夜のシーブルの群れにはグルリンが混じっていましたよ」


「本当か! 群れを上手く見つけられるんだから何時でも筆頭として船団を率いられると思うぞ。シメノンは分かったが、昨夜のシーブルは気が付かなかったな」


 仕掛けを変えるということはあまりしないんだろうな。

 シーブルを上手く見つける為に、上針と下針の間隔が1.5mほど開いているのが俺の仕掛けだ。

 タツミちゃん達の仕掛けは間を50cmほどにしているんだが、それでもブラドやバヌトスは同じように釣れるからなぁ。


「ハリオはいなかったようだが、皆もフルンネを突いていたよ。俺も4匹突いたからなぁ。帰ったなら自慢できそうだ」

「ナギサは8匹突いたにゃ。大きのは4FLを超えてるにゃ」


「見せて貰ったよ。あれは確かに大きいなぁ。俺は3FLを超えたぐらいだ。他の連中も似たり寄ったりだな。だが、1つの船団でフルンネの数が30匹に迫ってるんだから、親父も少しは喜んでくれるだろう。それじゃぁ、明日は出発だからな。準備が出来たなら黄色の旗を掲げてくれよ」


 俺達に手を振ってガリムさんがザバンを漕いでいく。

 今までも、ココナッツ酒を飲まされてきたんだろうな。何と無くザバンの動きが怪しく見えるんだよね。


「やはり聖姿の御利益は大きいにゃ。そうなると次は別の船団に入ることになりそうにゃ」

「長老達が決めてくれるだろうから、それに従うことになるだろうね。まだまだ雨期は遠いからなぁ。ガリムさん達ともそれまでに何度か一緒になるんじゃないかな」


 明日は帰島の日だから、夜釣りは行わずに早めにハンモックに入る。

 マナミはまだタツミちゃんと一緒にハンモックで寝てるんだけど、そろそろ小さなハンモックを用意しないといけないだろうな。

                 ・

                 ・

                 ・

 何事も無く2日間カタマランを走らせてオラクルに帰ってきた。

 ガリムさんの指示に従い、石の桟橋にカタマランを横付けする。一夜干しを保冷庫から背負い籠に移してタツミちゃん達が桟橋近くのギョキョーへと運ぶ。

 そこまで行うのが俺達の役目だ。後はオラクルに住んでいる小母さん達が計量して、燻製小屋前の仕分け小屋へとモノレールで運んでくれる。


 面白いのは、暇な漁師達が俺達の獲物を検分してるんだよなぁ。

 男性達は桟橋先端の6m四方もある小さな広場で見るんだけど、女性達はギョキョーの秤の前の台を取り囲んでいる。

 桟橋にカルダスさんが混じっていたんだが、直ぐに俺のカタマランに乗り込んできた。

 エメルちゃんからココナッツ酒の入ったカップを嬉しそうに受け取って、保冷庫から籠に移している獲物を眺めている。


「だいぶ獲れたな。ガリムはまだ海の上だが、他の連中はどうなんだ?」

「ガリムさんの話ではいつもの3割増しだそうです。2晩続けてシメノンの群れに遭遇しましたよ」


「それだけでも大したものだが、だいぶシーブルも多いようだ」

「シーブルの群れも2度ありました。夜釣りですから、これは船で違いが出ていると思います。少しグルリンが混じってましたよ」


 うんうんとカルダスさんが頷いている。

 夜釣りの基本は底釣りだからなぁ。シーブルは上物だから、底釣りの仕掛けに掛かり事はそれほど多くない。

 シーブルが掛かったことで、慌てて仕掛けを交換することが多いそうだ。


 保冷庫が空になったところで、次のカタマランに場所を譲る。

 カルダスさんを乗せたまま、いつもの桟橋へと移動するとバゼルさんが桟橋で俺達を待っていてくれた。

 舫を投げて固定をお願いしたところで、船首に向かい錨を下ろす。

 結構面倒なんだけど、これぐらい動かないと俺達男の矜持が保てない。


 屋形を通って甲板に戻ってくると、バゼルさんとカルダスさんがココナッツ酒を飲んでいた。

 タツミちゃんからカップを受け取って甲板に座ると、今度はトーレさんが乗り込んで来る。

 トーレさんの目当てはマナミだな。ヨシヨシと言いながら抱きかかえると、タープの下に置いたベンチに腰を下ろして俺達の話を聞いてるんだよなぁ。

 特に問題行動はしなかったはずだ。

 自問自答したところで、バゼルさん達の話を聞くことにした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ