P-250 漁果が多いのは俺達が頑張っているからだと思いたい
夕食は近くの島で採る予定だったんだが、ゾルバさんの嫁さんが今夜は夜釣りをすると連絡してくれたそうだ。
この漁場にシーブルが回遊してきたらしい。
結構良い値が付くからね。シーブルが回ってくるなら、シメノンも期待できそうだ。
タツミちゃん達が早めに夕食を作り始めるのを見ながら、俺は夜釣りの準備だ。
マナミはバゼルさんが作ってくれた大きな籠に入れているんだけど、この世界のベビーサークルということになるんだろう。
さすがにカマド付近は危ないから俺の傍にいるんだけど、夜釣り用の仕掛けには釣針が付いているからなぁ。
仕掛けを道糸に付けるのは、船尾に向かって行った。
準備が出来た竿は船尾の竿掛けに差してあるから、籠に入ったマナミが手を伸ばしても届かない。
準備が終わったところで、マナミにグンテを使って人形を作ってあげる。
顔には口も目もないんだけど、マナミが大喜びで受け取って抱いているんだよなぁ。
ちゃんとした人形を買ってあげようかな。
商船に人形は売っているんだろうか? 陳列棚に無い時には、トーレさんに手伝って貰おう。
銛が腹に抜けたバルタックの身を解して作った炊き込みご飯。それに焼いたロデニルが今夜の夕食だ。やはりバルタックはタイだけに美味さが違うんだよなぁ。
頭と骨はぶつ切りにしてスープの出汁になっている。
未熟性のメロンの一夜漬けが添えられているから、栄養価に問題はないだろう。食後はココナッツを2個割って3人で分けて頂く。
「エメルちゃんはマナミを見ていてくれないか。俺とタツミちゃんで釣るよ」
「たまには代わるにゃ。あまり海に潜らなければ良いと、母さんが教えてくれたにゃ」
動いていた方が良いってことかな?
とはいえ無理な仕事は負担になるだろう。タツミちゃんが自分の時を思い出して協力してくれるだろうから、あまり口出ししない方が良いのかもしれない。
夕日が沈むと、すっかり辺りが暗くなる。
半月が空にあるから真っ暗ではないんだが、光球を作ってランタンに入れるとタープで作った屋根の横木に下げる。もう1つ作って、操船櫓の後ろから突き出した柱に吊るした。
船の位置が直ぐに分かるようにとのことだけど、無くとも結構見えるんだよなぁ。
バゼルさんにその疑問を確認したら、雨の時に必要だと教えてくれた。
あの豪雨だからなぁ。昼でも50m程先の船が見えなくなるんだからなぁ。
ココナッツジュースを飲み終えたところで、夜釣りが始まる。
2本の枝針を付けた胴付き仕掛けだ。枝針の間隔を1.5m程にしてあるから、シーブルが回遊してきたら掛かってくれるだろう。
釣針に、短冊にしたカマルの切り身を付けると、仕掛けを下ろす。
錘代わりに付けた小石が海底に着いたところで50cmほど棚を切る。
後は竿先を揺らしながら待てば良い。
パイプを咥えながらのんびり竿先を動かしていると、突然強い当たりが腕に伝わってきた。
グングンと言う感じで下に引いている。
大きいけど、この引きはバヌトスかな? 素潜りしている時に沢山見掛けたからなぁ。
リールを巻き上げ、最後は乾パンにゴボウ抜き。
バタバタと甲板を叩いている魚体に、エメルちゃんが棍棒を振りかざす。
ボクッ! と、良い音を立てたところで魚は大人しくなった。
「外したにゃ! バッシェが最初なら、今夜は期待できそうにゃ」
マナミは籠の中でこっちを見ている。
籠からは出られないようだけど、たまに見ていないと心配だな。
餌を付け直して、再び仕掛けを投げ込む。
竿先を揺らしながら、マナミに顔を向けて手を振ると笑みを浮かべるんだよなぁ。
まだ話は出来ないけど、意味不明の言葉を出すようになったから次の雨期が過ぎる頃には片言の言葉で話せるようになるかもしれない。
再び、当りが来た。少し離れて竿を握っているタツミちゃんにも掛かったようだ。エメルちゃんがタモ網を持って待機している。
これもゴボウ抜きにした方が良さそうだ。さっきとは引きが少し異なるから、今度はバヌトスじゃないかな?
3時間ほど夜釣りを続けたところで竿を畳む。
結構いろんな魚が釣れたけど、生憎とシーブルとシメノンはやって来なかった。
これだけ汐通しが良くても来ないんでは、別の海域を回遊しているんだろう。
ちょっと残念だったけど、最後に3人でワインを頂く。
翌日は午前中で素潜り漁を終えると、午後は五目釣りを行う。
始めて1時間ほど過ぎた頃にシーブルの群れがやってきた。
3匹目を釣り上げたところで、仕掛けを上物釣り用に換えてシーブルを釣る。
たまにグルリンが混じるんだよなぁ。
グルリンだけの群れってあるんだろうかと考えていると、突然当りが止まった。
群れが過ぎたに違いない。再び五目釣り用の仕掛けに戻してブラドを釣り上げる。
夕食は近くの浜にカタマランを泊めて、浜で焚火を作り皆で漁果を披露する。
どうにか1番の漁果を得たようだけど、皆の認識では背中の聖姿におかげということになるらしい。
俺やタツミちゃん達も頑張ったからの結果だと思うんだけどねぇ……。
「やはり聖姿は偉大じゃな。おかげでワシ等も普段より漁果が延びておるぞ!」
「マデルはブラドが殆どじゃないのか? 俺はフルンネを2匹突いたぞ!」
「それを言うなら、ワシはバルタックを6匹だからな。今夜はクオのスープを久しぶりに味わったな。若者達がたまに突いてくれると良いんじゃが」
「大物は漁協に持っていくからなぁ。ナギサの突いたぐらいが丁度良い。大きいが、ケオとしては小さいからのう」
俺と同行するということで大漁は予想していたんだろうが、思った以上に漁果が延びたようだ。
それだけ競ったということなんだろう。まだまだ若いと小母さん達も旦那さんを評価してくれたに違いない。
それを感じているのだろうか、焚火を囲む老人達が嬉しそうにココナッツ酒を酌み交わしている。
手に持つココナッツの椀の酒が半分ほどになると、目ざとく見つけて注いでくれるんだけど……。俺にとっては有難迷惑うがいの何物でもない。
とはいえ、ご機嫌な連中ばかりだからなぁ。断って水を差すことも出来ない状況だ。
「全く聖姿のおかげで、これほどの御利益があるんじゃからなぁ。リードル漁前までに、もう2、3回は同行して貰おう」
「さすがに何時も、というわけにはいかんだろう。だがそれぐらいは長老達も許してくれんじゃないか」
バゼルさん達も『たまには同行してやれ』と言っていたからなぁ。笑みを浮かべて俺が頷くと、たっぷりとココナッツ酒をカップに注がれてしまった。
まぁ、明日は帰島だからね。
ハンモックに寝ながら、マナミのハンモックを揺らして1日が過ぎて行きそうな気がする。
ふらふらしながらどうにかカタマランに戻り、ハンモックで横になろうとしたらタツミちゃんから『待った!』掛かった。
船尾にベンチに腰を下ろしたんだが、体が揺れるんだよなぁ。
心配そうに俺を見ているエミルちゃんとマナミに、苦笑いを浮かべて手を振っていると、タツミちゃんが例のお茶を出してくれた。
「そんなに飲んでいると、カルダスさんみたいになってしまうにゃ。これを飲んで直ぐに横になるにゃ!」
案外カルダスさんも、こんな状況を繰り返したことで今があるのかもしれない。
それを考えると悪い事とも思えないんだが、元々酒に弱い体質のようだ。
将来肝臓を悪くするようなことがあれば、医療体制が整っていない世界だからなぁ。
やはりほどほどにしておかないと。長生きは出来ないことになりそうだ。
「そうだね。ほどほどにしておくよ」
苦いお茶をどうにか飲み終えて、ハンモックに収まった。
世界が揺れているのは、カタマランが揺れているだけではないんだろうな。
目を閉じても体が揺れているような、回っているような感じがするけど、アルコールのおかげで直ぐに眠りに落ちる……。
翌日、目が覚めて周りを見渡すと誰もいない。
カタマランの波切音が聞こえるから、すでに漁場から帰る途中なんだろうな。
二日酔いで痛む頭を押さえながらハンモックを降りて、甲板に出るとエメルちゃんが籠に入ったマナミと遊んでいた。
「ようやく起きたにゃ。顔を洗ったらココナッツジュースをあげるにゃ。もう直ぐお昼だから、朝食は無しにゃ」
お腹が空いているのは、ひるちかくまで寝ていたからという事らしい。
言われるままに顔を洗い、布で拭き取って船尾のベンチに腰を下ろすと、笑みを浮かべたエメルちゃんがココナッツジュースと一緒に、蒸かしたバナナを渡してくれた。
蒸かすと、サツマイモのように食べられるんだよね。
お腹が空いていたから、すぐに食べ終えるとココナッツジュースで喉を潤す。
「ありがとう。蒸かしたバナナは久しぶりだね」
「小母さんから貰ったにゃ。飲んだ翌朝はこれが一番と言ってたにゃ」
昨夜深酒をした連中も、今頃は蒸かしたバナナを食べながら苦いお茶を飲んでいるに違いない。
ジュースを飲み終えたところで、マナミのお守りを代わる。
エメルちゃんは昼食作りのようだ。
といっても、昼食は先ほど頂いた蒸かしたバナナと簡単な野菜スープのようだな。
出来上がったところで、真鍮製の密閉容器にスープを入れて、蒸かしたバナナを2本入れた籠を持つと操船櫓に上がって行った。
直ぐにタツミちゃんが降りてきたから、操船を交代したのだろう。
俺と一緒に昼食を取ることになったんだが、先程食べたばかりだからなぁ。
バナナ1本とスープにして貰い。早めに食べてマナミに蒸かしたバナナを食べさせる。
スプーンで小さく切り取ったバナナを食べさせてココナッツジュースを飲ませるんだけど、ココナッツジュースは一度沸かしてあるみたいだな。
「だいぶ早く離乳が出来たね。こんなに食べられるんだから直ぐに大きくなるんじゃないかな」
「大きくなると籠から出てしまうにゃ。そうなると危ないから、甲板を網で囲むにゃ」
落ちたりしたら確かに大変だ。
だけど、たまに子供が落ちることがあると聞いた事もあるんだよなぁ。
前の島で渚で遊んでいた小さな子供達が、腰に延縄用の浮きを付けていたのを思い出した。
オラクルに戻ったら、炭焼きの老人たちのところで1つ手に入れてこよう。
籠の中にココナッツの繊維を詰めて、籠に布を巻いて塗料を塗ると簡単な浮きができる。軽い割には浮力があるから、あれを付けていれば泳げなくとも溺れることはないだろう。




