P-246 来客はタツミちゃんの御両親
桟橋を歩いていくと、俺達の船に来客があるみたいだ。
タツミちゃん達と数人の男女の談笑する声が聞こえてくる。
誰だろうと思いながら足を速めて、甲板に乗り込むと皆が俺に顔を向ける。
「今晩は。タツミちゃん、お茶では無くワインが良いんじゃないか?」
「しばらくだな。白い船を見てやってきたんだが、生憎とナギサが長老のところに行っていると聞いたんで待っていたんだ」
タツミちゃんの両親と兄夫婦だった。本来なら俺達が訪ねるのが筋なんだけどなぁ。
失念していたことを頭を掻きながら詫びたんだけど、そんな俺にマイネを抱いたレイネさんが笑みを浮かべている。
「マナミも大きくなったにゃ。早く2番目3番目を作るにゃ。そうしたら、1人はトウハ氏族に嫁に貰うにゃ!」
トーレさんが姉さんと呼ぶレイネさんだけに、性格が似てるんだよなぁ。苦笑いを浮かべるしかない。
顔を赤くしたタツミちゃん達がワインのカップを俺達に運んでくれた。
レイネさんの隣の男性はタツミの父であるコネルさんだ。その隣に2人目の妻であるメイデルさんが座っている。
その外に俺より少し年上の男女3人がいるんだけど、それはタツミの兄のアケルさんとその妻のタニアさんとポーリンさんに違いない。ポーリンさんの横で俺を見ている女の子が2人いる。
マナミをコネルさん達に見せるためにこの島にやってきた時には軽く挨拶しただけだから、今夜はゆっくり話せそうだな。
とりあえずテーブル代わりの箱の一角に座って、エメルちゃんが渡してくれたカップを受け取った。
「ナギサが来たと聞いて、あちこちで色々と噂が立っているんだが、何かあったのか?」
「いや、そうではないんです。トウハ氏族の長老に教えを受けにやってきただけですよ。シドラ士族の筆頭達に大きな魚がいると聞きましたので、何とか1度漁をしてみようかと考えた次第。マーリルという魚らしいんですが、その漁の仕方ならトウハ氏族の長老が一番詳しいと聞きましたので……」
「マーリルか! ……アケル。お前は、それを聞いてどう思う?」
俺の言葉に頷くと、アケルさんに問い掛けた。
急に話を振られたから、ちょっと驚いているんだよなぁ。
「俺には無理だ。少なくとも10日ほど漁を休むことになる。それに、必ずしも釣れるものではないからなぁ。アオイ様のように銛で突くのは、ニライカナイで銛を自慢する男達でも尻込みするに違いない」
あの集会場にあった銛だからなぁ。俺でもどうにかだろう。
それに突きんぼ漁はカジキの動きに合わせての操船が出来ないとマーリルを追うことが出来ない。
このカタマランの速度はかなり出るんだが、繊細な操船はかなり難しいとタツミちゃんも言っていた。
やはり流し釣り一択だな。
「俺もやったことが無いからなぁ。長老がたまに嘆いているよ。それで長老達は?」
「しっかりと教えて頂けました。しかし、あの吻を見た時には震えが来ましたね。さすがはアオイ様だと感心しましたが、真ん中の吻は当時の筆頭達が釣り上げたと聞きました。やはりトウハ氏族だけのことはあると……」
俺の言葉を聞いて、自分の事のようにコネルさんとアケルさんが笑みを浮かべて頷いている。
「昔はそうだったかもしれないけど、今はそんな自負を持った漁師がいないにゃ。アケルも情けないにゃ。自分の身長ぐらいのマーリルなら釣れると思うにゃ」
「マーリルは手を出しませんけど、ガルナックなら1匹仕留めましたよ。6YMほどの大きさでしたけど」
「ナギサもガルナックは突いたにゃ。あまり大きいんでリードル漁の銛を使ったにゃ」
「やはりな……。アオイ様も同じ事をしたらしいぞ。その場に応じて最適な手段を講じる。口で言うのは簡単だが、中々できることではない。アケルはその大きさのガルナックに使った銛が4本だからなぁ。ナギサ殿は?」
「2本です。最初の銛はリードル漁の銛でしたが、鰓の右上です。2本目は中型を突く銛を使い、鰓から頭に向かって突き通しました」
「カイト様は口から突いて、アオイ様はやはり鰓から突いたと長老が離してくれた。
ガルナックを仕留めるのは数本の銛を使う。それを2本とはなぁ……。アケルよ。精進しないと、トウハの銛を自慢できなくなるぞ」
コネルさんの言葉に、アケルさんが下を向いてしまった。
ちょっとかわいそうだな。
「俺に銛を指導してくれたのはバゼルさんですし、トーレさんには今でも俺が銛を使うとおかずが増えると言われています。銛は奥が深いですからねぇ」
「トーレも仕方ないにゃ。今度会ったら、少し言い聞かせてあげるにゃ」
レイネさんがおかしそうに俺を見てるんだよなぁ。ちょっと顔が似ているから、トーレさんに見えてしまう。
「本当の事にゃ。今でも焚火の話題に上がるにゃ。それだから子供用の銛を持って島の入り江でおかずを獲っていたにゃ」
エニルちゃんの援護射撃が心に痛い。
まぁ本当の事だ出しオラクルの入り江で続けたいところなんだが、まだおかずになりそうな魚が戻ってないんだよなぁ。
「初心を忘れずにということだろう。若い連中にも話して聞かせねばなるまい。聖姿を背中に持っても、銛の練習を今でも続けているとな。これは長老達にも知らせておこう。単に銛を誇るのでは、いずれ他の氏族に銛の腕を自慢できなくなるとな」
そこまでの事かなぁ。俺の場合は、本当に銛打ちが下手なだけなんだけどねぇ……。
「料理が出来たにゃ! 皆で頂くにゃ」
保冷庫の魚で炊き込みご飯を作ったようだ。
簡単なお持て成しになってしまったけど、実の子の料理だからね。昔と比べるとトーレさんの指導が続いているから、近ごろはトーレさん並みの味付けに迫っている。
一口食べたアケルさんが驚いているぐらいだ。
「ほう、だいぶ調理の腕を上げたな」
「トーレさんが教えてくれたにゃ。そして、いま食べてるお米はシドラ士族で採れたお米にゃ」
「何だと!」
かなり驚いたんだろう。目を見開いたコレルさんが俺に顔を向けてきた。
「そんなに驚かないでください。シドラ士族の島はトウハ氏族の島よりもかなり大きいんです。どうにか米を作れましたが、さすがにシドラ士族全員が消費する量に届きません」
コレルさんが、ジッと真鍮の皿に乗った炊き込みご飯を見ている。
アオイさん達が望んでも出来なかった米だからなぁ。
ある意味、ネコ族の悲願でもあるのだろう。
「長老は知っているのだろうか?」
「一応、長老会議で話をしています。コレルさん達に伝えられなかったのは、俺達が作った米を他の氏族に流通させるだけの量では無かったからでしょう」
「俺達が米を作れるということは、大きな意味があるということを知っているのか?」
「それを知っているからこそ、少しでも米を収穫できるようにしたんです。それに、大陸にはシドラ士族の島の位置は知られておりません」
ニヤリとコレルさんが笑みを浮かべる。
コレルさんはトウハ氏族の長老達と近い存在なのかもしれない。
自給できなくとも米を得る手段があるというのは、大陸からの圧力に対する大きなカードだと分かっているに違いない。
「コメの付いたバナナスープか……。アオイ殿の悲願はナギサ殿が実現してくれたのだな」
さぞかし残念だったに違いない。
トウハ氏族の島は大きいけれど、田を作るのには無理がある。精々実験的な田圃になってしまうだろう。収穫量が10㎏程度ではニライカナイのネコ族全体に配るにはあまりにも少なすぎる。
オラクルに作った田は、棚田にすることで今より数倍以上に拡大できそうだ。
10kgの米袋で30袋程収穫出来たから、最終的には150袋前後に収穫量を拡大できるだろう。6つの氏族に30袋ずつ分配できるなら、確かにバナナの周囲に米の付いたスープを作ることが出来る。
それがかつてのネコ族の食事風景だったと皆が行っているところを見ると、できるということに違いない。
だけどなぁ……。さすがにそんな食事を続けるのも考えものだ。
サツマ芋やカボチャなら畑で作れそうだから、島の小母さん達に試して貰おうかな。
夕食が終わり、皆で今度はココナッツ酒を酌み交わす。
だいぶ夜も更けたところで、コレルさん達が俺達の船を後にした。
タツミちゃんがレイネさん達が見えなくなるまで桟橋で見送っていたのを見て、来年も来ようとエミルちゃんと顔を見合わせて頷く。
翌日。アケルさんのたっての願いで、アケルさんの友人達と共にトウハ氏族の漁場で銛漁をする。
中1日の漁だったけど、良い型のフルンネを4匹突いたから、どうにか俺の矜持を保つことが出来た。
漁果はアケルさんの方が多かったんだよなぁ。さすが銛を自慢するだけの氏族だと感心してしまった。
浜辺で俺の獲物を焼いて皆で頂く。
酒のビンを手に飛び入りが何人も加わるのは何処も同じなんだな。
どうにか自分のカタマランに戻れたけど、だいぶ飲まされてしまった。明日は、1日ハンモックの中で寝ることになりそうだ。
トウハ氏族の島で4日を過ごし、コレルさん達の見送りを受けながらオラクルに向けて船を出す。
どうにかハンモックを離れて甲板に立っていたんだが、島を離れたところでハンモックで横になる。
頭がガンガンするし、体もふらつくんだよなぁ。
隣のハンモックにマナミが寝ているんだけど、何時まで寝ていてくれるか。
目が覚めたら、相手をしないといけないんだよね。エミルちゃんも操船櫓に上っている。
やはり最後の1杯が効いてる感じだ。苦いお茶を飲んだから、昼頃には少しはマシになるとは思うんだけど……。




