P-242 さあ、宴会だ
昼過ぎに漁を終えると、すぐにオラクルへと帰島する。
大漁だったからカタマランの船足が速く感じるな。
都合、ハリオとフルンネが1匹ずつで残りはバルタックが4匹だ。これならトーレさんも満足してくれるに違いない。
ガリムさんが笑みを浮かべて俺に手を振っていたところを見ると、ガリムさんもかなりの数を上げたんだろうな。
ガリムさん達の漁の腕はかなり上がっているんだから、カルダスさん達もそろそろ若手扱いを止めて欲しいところだけどね。
たまにタツミちゃんが操船櫓からマナミを抱いている俺の様子を眺めるのは、マナミを泣かせているんじゃないかと心配しているのかな?
ちゃんと膝に抱っこして一緒に周囲の島を眺めているから、今のところは問題がない。
すでにオムツは取れたようだからこのまま島に到着するまでは父親をしっかりとやっておかないとね。
バゼルさんに言わせると、少し過保護に思えるようだ。だけど親を見て子供は育つとお爺さんも言っていたからなぁ。一緒にいられるときは一緒にいてあげるべきだろう。
「見えてきたにゃ! 浜で焚火をしているにゃ!」
「まだ獲物は届いてないんだけどなぁ。大漁だったから良かったけど、俺達全体で数匹だけだったカルダスさんから雷が落ちるところだったね」
「トーレさん達にも文句を言われるにゃ。私達がしっかりしないとダメだって言われるにゃ」
トーレさんの指導は中々厳しいようだ。俺やマナミにはそんな顔を見せないんだけど、同じ女性同士だからだろうな。ネコ族の女性としての在り方をしっかりと指導してくれている。
桟橋の反対側にカタマランを泊める俺達は、トーレさんにとっていつまでも手間がかかる子供の様に思えるのかもしれないな。
それだけ俺達の面倒を見てくれているんだから、ありがたいと思わないといけないだろう。
「ハリオを持ち込むんだから、トーレさんも満足してくれるよ。出来ればグルリンも欲しかったけど、さすがに半日では無理だね」
案外3日も漁をしたならグルリンさえ突けたかもしれない。延縄を流せば確実かもしれないな。
小さな漁場だが、いろんな漁を楽しめそうな場所だった。
同じような漁場を雨季に探してみるか。さすがに今回の漁場では数隻がやっとだ。10隻以上で漁が可能な岩礁を探しながら漁をしてみよう。
カタマランが速度を落とし桟橋に近づくと、すぐにタツミちゃんが下りてきた。タツミちゃんにマナミを預けると、船尾の係留ロープをベンチに取り出して船首に向かう。
すでにトーレさん達が桟橋で待ち構えているんだよなぁ。
停船に手間取るようなことはしたくないところだ。
「お願いします!」
魔道機関が停まったと同時に、船首の係留ロープをバゼルさんに投げると、アンカーを下ろす。
アンカーのロープを結んだところで、桟橋のバゼルさんに漁の報告をしているとカゴを担いだトーレさんが笑みを浮かべて俺達の隣を通り過ぎた。
背中にカゴからハリオの尻尾がしっかりと飛び出している。
「突いたのか?」
「ガリムさんが選んだ漁場は穴場でしたよ。ハリオとフルンネが1匹ずつです」
少し遅れて俺達の隣を通り過ぎたタツミちゃんのカゴからはフルンネの頭が見えている。
それを見たのだろう、バゼルさんが笑みを浮かべると俺の背中をポンと叩いてカタマランにいざなってくれた。
サディさんが俺達にココナッツ酒の入ったカップを渡すと、俺のカタマランに足を運ぶ。マナミと遊んでくれるのかな?
「あれはカルダスだろう。どうやら息子を褒めているらしいな。ガリム達も、それなりの漁をしたということだ」
北に2つほど離れた桟橋で数人の男達が話し込んでいる。
確かにカルダスさんだな。桟橋からギョキョウに向かってカゴを背負った女性はガリムさんの嫁さんに違いない。数人ほどで運んでいるから俺達と一緒に出掛けた船の嫁さんも一緒なんだろう。
「祝いの魚を用意するのは結構難しいですね。ガリムさんがいなかったらこれだけの漁はできませんでした」
「それが、カルダスが褒める理由でもある。長老がたまにそんな依頼を俺達にするからなぁ。そのたびにカルダスが船団を率いる連中の技量を確かめている。場合によっては満足できない場合もあるだろう。今回だって、別の中堅に依頼をしているんだぞ」
保険みたいな感じだな。
確かに、漁場によってはそれだけの釣果を得られない場合だってあるだろうし、魚種が目的と異なる場合だってありそうだ。
2人でパイプを楽しんでいると、甲板にカルダスさんが乗り込んできた。一緒にいる壮年の男性はバゼルさん達と同年代だから昔からの友人に違いない。
「ハリオを突いたって聞いたぞ! さすがは聖姿を背負うだけのことはある。ガリム達も頑張っていたようだが、数人でフルンネを2匹だからなぁ」
「運が良いだけですよ。それにブラドを突いてきたらカルダスさん達に文句を言われそうでしたから……。それで皆が頑張ったと思います。俺もその1人ですからね」
笑いながら俺の肩をドン!と叩くと甲板に座り込んでバゼルさんからココナッツ酒のカップを受け取っている。
「確かに文句は言うだろうなぁ。だが、それにお前達は応えてくれた。長老も喜んでくれるだろうよ」
「北に向かった連中はまだ帰って来んが、ガリム達を超えるとは思えんなぁ」
「まぁ、ブラドもうまい魚だ。たっぷり突いてくれば良いんだがな」
誰が向かったんだろう? ちょっと気にはなるけど、今は日暮れから始まる宴会を心待ちにしていれば十分らしい。
「それにしても……、今から飲んでるのはどうかと思うんですが?」
「なんだぁ? 腕の良い漁師は酒が飲めるものだぞ! ほれ、カップを出せ」
言わなければ良かった……。カルダスさんに並々と注がれたココナッツ酒を恨めし気に見ながらちょっとだけ口に含む。
「前の島に比べれば畑は数倍の規模だ。それに米まで取れるんだからなぁ。周りの海には獲物がわんさかだ。ニライカナイで一番の島かもしれねぇぞ」
「難点は、真水ですね。小さな流れが貯水池に注いでいますが、あの水量が数倍あればと考えてしまいます」
「その内に水量は増えると長老が言っていたな。貯水池だって乾季に干上がることはないんだ。あまり心配はないと思うぞ」
酒が入っているからだろう。かなり楽観した考えだ。
となると残りの課題は、この島がニライカナイの一番東に位置していることから生じる物流経路だけになりそうだ。
生鮮野菜はどうにか生産できるようになってきたし、そもそもニライカナイにたくさんある島々には野生の果物が豊富だからなぁ。
唯一自生していない米については、大陸からやってくる商会ギルドの船から購入しているが、湿気なければ長期保存が可能だ。
サイカ氏族の島にやってくる商船からギョキョウを通して購入すれば十分だ。
俺達の産業である漁業で得た魚は全て燻製にしているから、日持ちの点では問題ないということになる。
魔石は新たなリードル漁場を見つけたし、上級魔石の購入順番が決まっているから争いになることもないだろう。
「これで、どうにか自立した暮らしの目安が立ちそうですね」
「全くだ。大陸に全てを依存しなくて済むだけでもありがたい話だ。魔石と魚を得るための魔道機関を搭載した船と漁具は必要だろうが、大陸で大きな異変があったとしても直ぐに困ることがないだろう。魔道機関が手に入らなければ、風任せの船で漁をすればいい。銛は自分達で鍛えれば数十年は使えるだろう」
さすがに釣り針は無理だろうな。だが、大陸の文化を考える魔道機関全盛にも思える。
例え大陸で大きな戦争が起こったとしても、商船はニライカナイにやってくるに違いない。
シドラ氏族の将来について話をしていると、ガリムさんが宴会の始まりを告げに来た。
西を見ると、確かに夕暮れ間近になっている。
「俺達が揃わんと始まらねぇか。まだ長老はきてないだろうな?」
俺達が腰を上げると、カルダスさんが確認している。さすがに長老より遅くなるのは問題らしい。
ガリムさんの返事を聞いて、笑みを浮かべているところを見ると、まだ長老は来ていないようだな。
さて。俺も腰を上げるか!
カルダスさん達の後からガリムさんと肩を並べて歩き始めた。
「ハリオを突いたって聞いたぞ! 俺はフルンネを1匹だったが、よく突けたものだ」
「フルンネの群れに混じっていたようです。獲物も確かめずに銛を打ったんですが、それがハリオだったんです」
俺の話に、ガリムさんが俺の肩をポン! と叩いた。
「運も実力ってことだ。親父が良く言ってたよ。『腕の良い漁師は、銛を扱うだけでは慣れねぇ』とね」
その運はどこから来るのだろう?
そんな話をカルダスさん達にすれば、背中の聖姿ってことになりそうだ。
だとすれば、やはり竜神にいろいろと助けてもらっているってことになる。
次に漁に出る時には、海に祈りを捧げてみようかな。
浜は凸凹した磯をハンマーで砕いて平らにした感じだ。ここにも砂を敷けと言われそうだけど、まだ砂浜作りの最中だからなぁ。丸太を2本横に並べた簡単なベンチを焚火の周りに並べて座っている。
俺達が座った隣のベンチが空いているのは長老が座るのかな?
しばらく焚火を見ながらパイプを使っていると、長老達が下りてきた。
長老の短い挨拶は、米作りが無事に終えたことに対する竜神への短い謝辞だった。
「ニライカナイで初めて取れた米じゃ。ナギサを始め皆が協力したのじゃからなぁ。ありがたく頂くことにしようぞ!」
長老の乾杯の合図で、俺達がカップを西の入り江に向かって捧げる。
直ぐに料理が運ばれて、大宴会になってしまった。
タツミちゃん達も近くに作られた女性だけが囲む焚火でカヌイのお婆さん達と一緒に料理を食べているに違いない。
変なところで男女を区分けしているんだよね。
昔からのしきたりなんだろうけど、いつも変に思ってしまう。男女同権という考えはネコ族にはないのかもしれないな。それとも、大陸で戦に明け暮れていた時代の名残なのかもしれない。
戦場では、こうやって戦士である男だけで食事を取っていたに違いない。




