P-238 稲の収穫
翌日は朝早くから皆が田圃に集まった。
竹で三脚を組んでオダを作り終えたころには200人を超えるシドラ氏族の人達が田圃の周りに溢れている。
長老やカヌイのお婆さん達もいるようだ。
「そろそろ始めねぇと、周りが煩くてしょうがねぇ。どんな感じに刈り取るんだ?」
「俺も実際にやるのは初めてなんで、あまり期待して貰っても困るんですが……。こんな感じですね」
カルダスさんに急かされた俺が、田圃の端の方から稲を鎌で刈り取ると、それまで騒がしかった周囲が急に静かになった。
どうにか片手で持てるだけの量に刈り取った稲を、用意しておいた紐で括りオダに掛ける。
2束目を刈り取ったところでカルダスさんに顔を向けると、要領が分かったのか周囲の男達とともに鎌持って田圃に向かった。
「後は任せとけ! これだけ広い田圃だ。皆に手伝ってもらうさ」
「よろしくお願いします」
鎌を近くの男性に預けると笑みを浮かべて、カルダスさん達の後に続いて田圃に入っていく。やはりやってみたかったに違いない。
手に持った稲束はオダに掛けずにカヌイのお婆さんのところに持って行った。
「ニライカナイで初めて収穫した稲です。龍神様にお供えして感謝を伝えてください」
「さすがはナギサにゃ。ちゃんと世の中の道理をわきまえているにゃ。ありがたく預かるにゃ」
「確かに龍神様に感謝は必要じゃな。この先もいろいろとあるようじゃが、全てが終わった時には改めて龍神様に感謝せねばなるまい」
「その時は、皆で祝うにゃ。浜が賑わうにゃ」
今日は長老達とカヌイのお婆さん達も仲が良いようだ。
一緒にお茶を頂きながら田圃の様子を眺めていると、すでにカルダスさんは鎌を他に譲って皆に指図をしながら借り入れを見守っていた。
「バゼル、オダの長さが全然足りんぞ。まだまだ稲束が運ばれるからなぁ」
「ザネリ達が、向こうに立て始めた。こっちに全て掛け終えたなら、向こうに掛ければ問題ない。……ザネリ! そっちが終われば、向こうの田圃の傍にも作るんだぞ」
バゼルさんの大声が聞こえてくる。
少し人数が減ったように見えるのは、小母さん達が昼食の準備に向かったためだろう。
タツミちゃん達も一緒になって、わいわいと賑やかに料理をしているんだろうな。
「だいぶ取れたように思えるが?」
「そうですね。収穫した米を入れる麻袋は20袋を用意しているんですが、どうやら豊作のようですから足りなくなるかもしれません」
「それは嬉しい誤算じゃな。ギョキョウに言えばすぐに用意してくれるじゃろう。余っていると言っておったぞ」
「藁を使って敷物や簡単なサンダルも作れます。でもさすがにリードル漁には使えないでしょうが、島の中を歩くには十分でしょう」
「革のサンダルよりは良さそうじゃな。炭焼きをやっておる者達に頼んでみるか。上手く行けば彼らのタバコ代にはなるじゃろう」
「ココナッツの葉を織るようにすれば良いのかにゃ? それなら敷物は私らが作ってみるにゃ。島暮らしの女子の良い手仕事になりそうにゃ」
副産物を利用しての収入なら、誰からも喜ばれるに違いない。上手く行けば他の島にも売れそうだ。
どんどん刈り取られて、稲束がオダに掛けられていく。
それを見ている皆の顔に笑みが零れるのは、収穫を嬉しく思っての事だろう。
だけど、この後を考えるとなぁ。
直ぐに米が食べられると思っているんだろうか?
刈り取りを終えたところで、少し早い昼食になる。
タツミちゃん達も小母さん達に混じって一緒に作ったに違いない。バナナの炊き込みご飯と野菜と炙った一夜干しの切り身が入ったスープは何時になく美味しく感じる。
「ほら、飯など後で良いだろう。先ずは飲め!」
理不尽な言い方だけど、カルダスさんは嬉しそうだな。
ココナッツのカップに注いで貰った酒をとりあえず一口飲んで、急いでご飯を食べることにした。
なるほど、男達の多くは車座になって酒を酌み交わしている。
あの中に加わらないといけないみたいだな。
「やっと来たか! これで刈入れまで終わったが、次は10日後だったな?」
「そうなります。かなり面倒な仕事ですから、昼過ぎまで掛かるかもしれません。俺も、これほど収穫できるとは思ってませんでしたから」
「良いことじゃねぇか! やはり龍神様のご利益に違いねぇな。ナギサが不慣れでも、龍神様が手を貸してくれればそれなりに豊作ってことだ」
カルダスさんの思いは、トーレさん以上に前向きだ。
確かにそんな気もするけど、そうなると米作りを他の氏族に教えることになるかもしれないな。
「あの鉄の釘を並べた物を使うということだな。ナギサが作ったのは1つだけだから、交代しながら作業をすることになりそうだ。確か籾と藁を分けるということだったな」
「そうです。藁も利用価値がありますから、一か所に纏めてバナナの葉を乗せれば雨で湿らせることもないでしょう。籾はゴザを広げてさらに乾燥させます」
「藁を補完する小屋を作っても良さそうだな。そんな大したものでもなさそうだから、薪小屋のようなものでも十分だろう。ザネリ達に作らせるか……。ザネリ! こっちに来い」
仲間と飲んでいたザネリさんをカルダスさんが呼ぶと、すぐに小屋作りを指示している。
うんうんと頷きながら神妙な顔で聞いているのを見ると、飲兵衛にしか見えないカルダスさんが氏族の筆頭漁師であることを感じるしだいだ。
「それほど大きくなくても良さそうだ。どんな利用方法があるか、それを試すための保管場所ぐらいに考えてくれればいい」
「10日後までには何とかします。場所は……、今ある薪小屋の近くで良いですか?」
カルダスさんが笑みを浮かべて大きく頷くと、ザネリさんの肩をポン! と叩いた。
仲間たちの下に走っていくザネリさんを見ながら、バゼルさんに顔を向ける。
「良い息子じゃねぇか。次の筆頭候補の中では1歩抜きんでてるぞ」
「本人の前で、言うんじゃないぞ。直ぐに慢心するからな」
そんな返事をしているバゼルさんも笑みを浮かべているということは、長男の技量をそれなりに評価しているに違いない。
「ナギサは長老達の相談相手でもあるが、ザネリ達の相談相手にもなってやってくれ。あいつらも迷うことはあるだろう。長老に相談ともなれば奴らの事だだからなぁ。気後れしてそのまま行動するやもしれん。後で後悔することになるとも限らねぇ」
「お前の若いころと同じだろう? 未だに後悔してるのか?」
「たまにだな……。今思えば無茶ばかりしていたようだ」
自覚しているってことだから、かなりいろいろやったに違いない。
その内誰かに聞いてみよう。きっと喜んで教えてくれるんじゃないかな。
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刈入れを終えて2回目の漁が終わると、いよいよ脱穀になる。
田圃の近くにゴザを広げてセンバコキを乗せると大きなザルを櫛歯のすぐ下に置いて、先ずは見本を示すことになった。
稲の束を両手でしっかりと握り、櫛歯に引っ掛けるようにして手前に引く。
ザザッ! と音を立てて籾が下のザルに落ちる。
手首を捻るようにして数回引くと、ほとんどの籾を取ることができた。
手作り品の割には上手くできたな。満足げに笑みを浮かべて、見守っているカルダスさん達に顔を向けた。
「こんな感じで行うんです。しっかり握って手前に引く。5回もやれば籾を取ることができますよ」
「分かった。先ずは俺からだな……」
オダから集めてきた稲の束が、トーレさん達によってどんどん近くゴザに積みあげられている。その稲の束を1つ掴んで、俺の真似をしてセンバコキを使う。
俺より腕の力があるようだ。3回ほどで綺麗に籾を落としてるけど、言われるままに5回行うと、次の稲束を受け取り作業を続ける。
脱穀が終わった藁束の穂の部分を小母さん達が棍棒で叩いているのが見えた。まだ残っている籾を落としてくれてるんだろう。
小母さん達の作業が終わった稲束が、一か所に集めて束ねられていく。あの束を新しく作った屋根だけの小屋に保管するのだろう。
「次は俺だな!」
男達が次々と作業を替わって脱穀が進んでいく。
5人目が作業を終えたところで、下のザルを交換する。籾が山になっているから、新たなゴザを近くに敷いて、その上に籾を広げた。
「ゴザが足りなくなるんじゃねぇか? 何枚用意したんだ……。10枚だと! さらに10枚集めてこい。足りないなら炭焼きの爺様に言って、古いゴザを借りてくるんだ!」
カルダスさんが広げられた籾と次々と積まれる稲の束を見て、指示を出してくれる。
10枚で十分だと思ったんだが、見込みが甘かったようだ。
「済みません。これほど実っているとは思いませんでした」
「なぁに、ナギサが気にすることはねぇ。それだけ豊作ってことなんだろうよ。最初から豊作なんだから龍神様に感謝すれば良いさ。ゴザが足りないときには、船から運んでくればいい」
確かに船にはゴザが積んである。
屋形の中に敷いてあるんだが、あれを供出したら、板がむき出しになるんだよなぁ。
バゼルさんになぜゴザを敷くのか昔聞いてみたら、カイトさんが現れるまではハンモックを使っていなかったらしい。
マットレスのように使っていたらしいけど、ハンモックをカイトさんが作ってくれたことで、ネコ族の間に爆発的に広がったということだ。
「その時の逸話がいまだに伝わっているんだが、カイト様はハンモックからよく落ちていたらしいぞ。作った本人が落ちるんだからなぁ。落ちても痛くないようにと一番床に近い場所にハンモックを張っていたらしい」
俺がハンモックから落ちた話を聞いて教えてくれたんだよなぁ。カイトさんだけでなくアオイさんもそうだったらしいから、やはりあっちからやって来た俺達の共通点ってことなんだろう。
1時間ほど経ったところで2枚のゴザが改めて敷かれると、カルダスさん達がそれに座って若手の作業を見守りながらお茶を飲み始めた。
ひとまず休憩ってことなんだろう。
トーレさん達はオダを片付けて竹竿を括って、どこかに運んでいる。次も使うと言っておいたから薪にするようなことはないだろうけど、どこに運んでいくんだろう?
カルダスさんが手招きしているから、隣に行ってみるといきなりココナッツのカップが渡された。
中身は……、ココナッツ酒じゃないか!
お茶を飲んでいると思ってたけど、すでに酒宴を始めていたみたいだ。




