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P-237 明日にでも始めよう


 漁から戻ってくると、マナミをタープの下であやしながらタツミちゃん達がギョキョウへ漁果を背負いカゴで運ぶのを見送った。

 どうやら3カゴ近い漁果だったようだ。

 上手くシーブルの群れに当たったのが良かったんだろう。ガリムさんに感謝だな。

 

「手伝うにゃ!」


 甲板に乗り込んできたトーレさんが保冷庫から良型のシーブルを無造作にカゴに放り込んで担いでいった。

 カゴの上にシーブルの頭が飛び出してるけど、途中で落とさないのかな?


「マナミ! こっちにゃ!」


 サディさんがかがんで両手を広げると、俺の手元から立ち上がってサディさんのところに歩いていく。

 近づいて来たマナミを拾い上げると、大きく空に向かって高い高いをやっているから

「キャッ、キャッ」と嬉しそうな声を上げている。たまに何か言ってるんだけど、まだ言葉にならないんだよね。可愛い声だけどその内にうるさくなるほど話をするに違いない。


「ナギサが戻ったら、長老のところに来るようにとバゼルが言ってたにゃ。マナミは私がみてるから行ってくるにゃ」

「ありがとうございます。それじゃあ、後をよろしくお願いします」


 なんだろう?

 何かトラブルでもあったんだろうか? 気になることは早めに済ませたほうが良いからな。

 サディさんに頭を下げると、桟橋を歩き出した。

 

 長い桟橋には10隻近いカタマランが停泊している。そんなカタマランの甲板で一服を楽しんでいる男達が俺に手を振るたびに、頭を下げて手をふる。

 互いに手を振るのがネコ族の挨拶らしいが、俺が頭を下げるのを見てバゼルさんが初めの頃は首を傾げていたんだよなぁ。

 俺が元住んでいた世界の風習なので、気にしないで下さいと言ったのだが、長老はギルドの連中が同じように挨拶するのを見たことがあるらしい。目を細めて頷いてくれただけだった。

 トーレさんとタツミちゃんにギョキョウで合うと、サディさんにマナミを預けてきたことを告げる。


「サディさんならナギサよりも安心にゃ。もうすぐ私達の漁果がリフトに乗るから、それを手伝って選別場に向かうにゃ」

「俺は長老のところに行ってくるよ。呼ばれているみたいだからね」


「きっと田圃の収穫の事にゃ。黄色くなってるにゃ。枯れてしまったのかにゃ?」

「収穫に合わせて田圃の水を抜いたんです。それで色付いてるんでしょう。問題ないですよ」

 

 枯れた物を収穫するというのは初めてなんだろうな。枯れたとは言わないんだが、傍目で見るとそう見えるのかもしれないな。

 3人に手を振って、高台への階段を上り長老の住むログハウスへと足を運ぶ。

 この高台にある休憩所に立つと、西に長く伸びた入り江が良く見える。

 ベンチが作られ小さなテーブルまで置いてあるから、たまに長老達がここでお茶を飲むんだろう。頭上には大きな木の枝が伸びているから日差しも避けられるようだ。

 さて、そろそろ入ってみるか……。


「失礼します」と言いながら頭を下げる。

 俺の席だと、散々言い聞かされた長老の右手にある縄を巻いたような敷物の上に胡坐をかいて座った。


「やってきたな。漁の腕はだいぶ上がっておるようじゃな。やがてはカルダスを越えそうじゃ」

「その時には、カルダスさんの腕がもっと上がっていますよ。漁を止めない限り追いつくことはできません」


 俺の言葉に、男達が腕を組んで頷いているし、長老はしわだらけの顔に笑みを浮かべている。


「漁を続ける限り、漁の腕を磨けるということじゃな。確かにその通りではあるが……、お前らもその言葉を胸に刻むことじゃな。とはいえ、そこに大きな壁があることも確かじゃ。ナギサはその壁を越えておるが、中には超えられん者もおるじゃろう。日々精進……、良い言葉じゃな。ところで、ナギサが始めた米作りじゃが……」


 やはりこれからどうするのかを知りたいってことだな。


「漁に出掛ける前に水門を閉じましたから、泥がかなり乾いているでしょう。いよいよ刈り取りを行い、乾燥させることになります。前の砂運びの際、大量に竹を切り出してきましたから、このような形で竹を組み横に渡した竹竿に刈り取った稲を束ねて吊り下げます。さらに乾燥させるのが目的ですが、乾季ですから10日もあれば十分だろうと考えています」


 俺が手渡したメモに描いた簡単な絵を見て、うんうんと頷いている。


「さすがに面倒じゃが、我等にもできることではある。カルダス、確か鎌を買い込んでくれたな?」

「畑の草取り用に10丁を買い込んでいるぞ。すでにギョキョウに渡している」


「なら、10人ほどでナギサの指導の下に稲を刈って、このように下げて欲しい。10日ということだから、さらに次の作業もあるのじゃろう。それも考えねばなるまい」


「刈り取って、10日後に稲を藁と籾に分けることになります。籾は次の田植えに使えますし、藁も軽く木槌で叩いて編み込むとロープの代用にもなりますし、ゴザのような敷物にも使えますよ。余れば田んぼで燃やして肥料にもできます」

「なるほど、稲は全てを使うことができるのじゃな」


 オダガケして乾燥させた次の作業を簡単に教えることになった。いよいよ自作のセンバコキの出番だ。ちゃんと脱穀できれば良いんだけどね。

 脱穀したのちは、籾をゴザに広げてさらに乾燥させる。これは籾を潰して米の状態を見ながら行う必要もあるだろうけど、最低でも3日は必要だろうな。

 その後は、臼による精米だ。

 軽く臼で突けば、籾と籾が擦れ合うことで籾から米が分離できる。

 これも状況を見ながらの作業になるだろう。

 ある程度米が分離したところでトウミを使って玄米と籾を分離する。これを繰り返せば玄米を作ることができるはずだ。

 その後の白米には、お爺ちゃんから聞いた話を参考にしよう。

 ビール瓶に玄米を入れて棒で突けば白米になると言ってたからなぁ。戦争中の体験をお爺ちゃんは父親から聞いたと言っていたが、似たようなことをテレビでも見たことがあるからね。

 この世界にもビールはあるんだろうが、生憎とビール瓶はないようだ。

 結局は玄米同士を強くこすり合わせれば良いはずだから、精米と同じように臼で突けば理屈では精米できることになる。

 ダメ元でやってみるしかないな。失敗しても玄米ご飯は食べられそうだからね。


「なるほど、面倒ではあるが筋は通っておるのう。さすがに最初から白い米とも行かぬだろうが、手間を掛ければよいものができることは我等にも分かっておる。カルダス、頼んだぞ。上手くいけばリードル漁の前に全てを終わらせられるじゃろう」

「了解だ。我らだけというわけにもいくまい。出来るだけ若手に仕事をさせるつもりだ」


「面倒な仕事だから、きちんと仕事の順序を覚えられるような人物を選ぶのじゃぞ。上手く米が作れたなら我等はいつでも大陸と手を切ることができるのじゃからな」


 さすがに手を切ることはできないだろうが、魔石以外のカードを手にすることができるはずだ。

 食料の禁輸措置で一番困るのが米だからなぁ。

 曲がりなりにも俺達で作れるとなれば、少しは交渉時に強気で出られるはずだ。

 水の魔石と内陸の騎馬民族が崇拝する水の神殿、それに元戦闘民族であったネコ族……。これにニライカナイでの米作りの実績が加われば沿岸の王国はニライカナイに軍船を進めることはないだろう。


「俺達が平和に暮らしたくとも、やはり大陸の争いごとに巻き込まれかねませんね」

「それをカイト様もアオイ様達も憂いておられたそうじゃ。国が小さければしょうがないとナツミ様の言葉がカヌイの婆さん達に残されておる。我等には国大小が国力の差としか思えんのじゃが、ナツミ様はそれだけではないとも言っておったそうじゃよ」


 自活能力が乏しいと思っていたんだろうな。

 神とともに暮らす民が俺達なんだが、その暮らしは漁業で成り立っている。魔石や魚を大陸の商船に売ることで、漁船や漁具、それに食料を買っているんだからなぁ。

 自分達で切り出した丸太から船を作ることなどないし、カタマランに搭載している魔道機関だって俺達には作れない。生活必需品のほとんどが商船から買い込んでいる。

 それらを作り出せる職人になれるだけの人材というか、人を割り振れるほどの人口母体が無いってことなんだろう。

 確かに国が小さいってことに違いないな。

 とはいえ、ニライカナイは海洋国家でもある。その領地いや領海は大陸の王国をはるかに上回るに違いない。

 その中でネコ族の住む島は7つだけだし、各氏族の人口を全て加えても数万人というところだろう。

 俺達シドラ氏族でさえ、5千人に達していないぐらいだからね。

 今後増えるかもしれないけど、ネコ族の平均寿命は人間族よりも短いらしいから、増加率はそれほど多くはないだろう。

 やはり大陸の王国と事を構えることは、できるだけ避けねばなるまい。

 大陸で覇を争った時代は、遥か昔の事だからね。

 

「大陸に再び返り咲こうという考えはやめた方がよろしいかと……。ネコ族は、かつては誰もが認める戦闘民族であったということですが、再び大陸に足を踏み入れ万が一にも敗退した時に、龍神は俺達を迎えてくれるでしょうか?

 龍神の庇護を受けて、どうにかここまでネコ族を大きくしたのですから、ニライカナイを我等の手で守るのが、龍神への恩返しにもなるはずです」

「確かにその通りじゃ。米を作ることで大陸の干渉を撥ね退け、あわよくば大陸に足を延ばそうという輩もおるようじゃが、ナギサの言葉をよくよく考えることじゃな。我等はニライカナイという大きな国を作っておる。この国を守ることこそ、竜神様に仕える我らネコ族の使命と考えねばなるまい」


「ニライカナイは大きいということか?」

「かつてアオイ様は海面を浮き上がるカタマランを使って東の端を見に行ったそうじゃ。我等のカタマランの2倍を超える速度でも、トウハ氏族の島から10日を要したとトウハ氏族の長老から聞いたことがある。我等の船では20日以上掛かるじゃろうよ。北と南は未だに分からんわい」


 長老が笑みを浮かべているから、その内に誰かが試してみるかもしれないな。

 とは言っても、それだけ大きいということなんだからまだ見ぬ島もたくさんあるに違いない。オラクルと同じぐらい大きな島だってきっとあるに違いない。


「ナギサの考えは、長老会議でもそれなりの言葉になる。我等は完全に自立することはニライカナイに住む限りできんじゃろう。だが、大陸の王国と対等に話をすることはできるじゃろうな。我等を甘く見る輩は手酷い目に合うじゃろう。それができる状況にすることが大切じゃ」


 防衛体制を万全にしておくということになるだろう。

 それについては、この間の約定である程度の方向性が見えている。

 ニライカナイ内の航行は自由ではなく、その航路をある程度指定できるし、常時ニライカナイの領海内を航行する商船の数も制限された。

 生活必需品の売買はギョキョウを通して、別に行うことができるのも嬉しい限りだ。

 これでニライカナイの状況を、詳しく知ることができなくなる。

 その裏で、ネコ族による海軍の立ち上げを行うことになるんじゃないかな。


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